ようこそ立川へ!
翌日のこと。
JR立川駅の改札を抜けた俺は、浮かれた足取りで北口へと繰り出した。
立川駅前は北口も南口も、いずれも高架型のペデストリアンデッキとなっており、ほとんど地面に降りることなく駅前周辺を散策することができる。
天井と柵がガラス張りとなっている空中回廊――
頭上から響くのは軽快な走行音。
見上げると、オレンジの塗装がされた銀色の車両が走っていく。
立川の北と南を貫く多摩モノレールだ。
見慣れた光景ではある。
それでも、ふと立ち止まると――
現実離れした近未来的な風景であることを意識する。
「(アニメのロケ地によく使われるのも、うなずけるって感じだ……)」
高島屋方面へと続くその通路の天井は、ガラス越しに快晴の青空を映していた。
通り過ぎて行き交う人々のざわめきを背に受ける。
空中回廊を降りた俺は、歩きざまに立川シネマシティに目をやった。
正面口のウィンドウに並ぶ映画タイトル。
まだ午前中なのに映画館に足を運ぶ人たちもいる。
「(お目当ては『午前十時の映画祭』かな? なにか面白そうな新作あったっけ)」
さらに足を進めると――
グリーンスプリングスの開放的なスペースが目に飛び込んできた。
以前は一面の原っぱに除草用のヤギが何匹も放し飼いにされていた牧歌的な空間だったが……ここ数年で、あれよあれよという間に再開発が進み、現在では緑とガラスの融合したモダンなデザインの建物が並び、活気あふれる大型商業施設となっている。
やがてIKEAの青い外壁が視界に入ったところで、俺は足を止めた。
「あそこを左折すれば、もう少しだな」
と、小さく息をつく。
再び歩き出す。
しばらくすると、中央分離帯を挟んだ片道二車線の大きな通りに出た。
この通りは「中央南北線」と呼ばれており、自衛隊・消防・警察といった防災関連のあらゆる機能を集中した「立川広域防災基地」を縦断している。
西側に広がるのは陸上自衛隊の立川駐屯地。
隣接する「昭和記念公園」は、その広大な面積を活かして災害時には緊急避難場所としても機能するようになっているのだ。
近年では、ある有名な怪獣映画の劇中にて――
首都の機能が壊滅し、内閣府の機能を立川の『災害対策本部予備施設』に移設して、緊急対策本部を立ち上げるという展開があったが――その施設も、この「立川広域防災基地」周辺の一帯に実在する。
市役所がある北側に足を運ぶと目的地が見えてきた。
地味なグレーの外壁が周囲に埋もれがちなそのビルは、しかし東京都下に住む冒険者たちにとっては目指すべき場所であり、スタート地点でもある。
「ダンジョン公社、立川支部。
駅から遠いのが難点だよなー」
ぶつくさ言いながらも俺はビルに足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。冒険者の方でしょうか?」
「はい。レベルアップと昇格の手続きで来ました」
愛想のいい受付嬢のお姉さんに促されて、俺は『メイズポータル』のアプリを起動して二次元コードをスキャナーに読み取らせた。
データを確認した受付嬢さんは「ブフッ」と変な声を出した。
どうしたんだろう。
「……? 何かデータに不備でもありました?」
「い、いえ何も!
ええと、イ……イモータル・リュウ様ですね」
ダンジョン公社でのやり取りはDネームが基本となる。
本名も登録はされているものの、プライバシー保護の観点からも、このように口頭での呼び出しは全てDネームで処理されるようになっているのだ。
「はい! イモータル・リュウで間違いないです」
「か……かしこまりました。イモータル……ぷふっ……リュウ様。8番で呼び出しますので、おかけになってお待ちください」
受付嬢さんはお腹を押さえている。
まだ早い時間なのに体調が悪いんだろうか……?
「(やっぱり、働くって大変なんだなぁ)」
(そして、待つこと10分……)
ピンポーン。
8番の番号札が呼び出されたので、俺は強化室へ向かった。
「よし、まずはレベルアップからだぜ」
強化室へ入ると、そこには馴染みのある人がいた。
きっちりと手入れが行き届いているのが一目でわかる、絹のような黒髪を伸ばした端正な顔立ちの美人だ。
すらりとした手足にフィットした紺色のタイトスカートと白色のブラウス、上に羽織ったジャケットが取りなすシルエットは、控えめだが洗練された印象を受ける。
年の頃は20代の前半くらいだろうか。
年齢以上に落ち着いた神秘的で大人びたオーラがある……
ただし、決して近寄りがたいようなところはない。
むしろ、穏やかで安心感を感じさせる印象を持っている女性だ。
俺はその人に話しかけた。
「新川さん!」
「イモータル・リュウさん、お疲れ様です」
上品に軽く会釈したその人は新川 真由さん。
ダンジョン公社に務める職員の方で、俺が最初に冒険者登録をしたときや、初めて強化室を使用する際のレクチャーをしてくれた人だ。
「どうして新川さんが? 俺、もう強化室ぐらいなら一人で使えますよ」
「今回はイモータル・リュウさんが大量に経験値を消費すると聞いたので付き添いに来ました。それと他にも別件が一つあるんです」
「別件?」
「うふふ、それは後程。
まずは経験値の確認をしますね」
新川さんは手元のタブレットを操作した。
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獲得経験値一覧:
【ポップスライム】
□
【ポップスライム】
□
【コボルドウォリアー】
□□
【ポップスライム】
□
【グリーンドラゴン(U)】
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トントン、と画面をタッチしながら新川さんは言った。
「これだけの経験値だと一度に変換できないので、何度か小分けにしながら消費する必要があります。上限を超えていますので……良ければ、私が装置を操作しますね」
「お願いします。
それと新川さん、一つ聞いてもいいっすか?」
「はい、よろこんで」と、新川さんは微笑んだ。
「俺、今まで経験値って□しか見たことなかったんです。でも、グリーンドラゴンの項目は黒い■がいっぱいあるんですよね。これってなんなのかなって」
「これはアプリケーション上での表示の都合です。□が1000個分で■が1個分になる……要するに、桁が一つ上がったようなものだと思ってください」
「1000個……ですか!?」
■一つ一つがスライム1000体分……合計でいくつになるんだ。
新川さんは強化室の設備を操作しながら云う。
「イモータル・リュウさんは『蚊柱』をご存知ですか?」
「か、かばしら……!?」
新川さんのような綺麗な女性から出てくる
「ええと、『蚊柱』……って、虫の蚊が空中に集まって出来るやつですよね。そういえば、以前に家族や幼馴染と一緒に夏祭りに行ったときに見たことがあるな」
「夏の夕暮れ時によく見られる現象です。ちなみに『蚊柱』を作るユスリカは見た目こそ蚊に似ていますが、実際には蚊ではなくハエの仲間なんですよ♪」
それは知らなかった。
新川さんによると、ユスリカには蚊のような吸血行動は無いらしい。
それどころか、多くのユスリカは成虫となると餌を取ることができず、数日で命を落としてしまう――という。
「繁殖期になったユスリカは『蚊柱』を作ることで単独行動をしているメスにアピールするんです。うふふ、面白い生態ですよね」
「それはわかったんですが。なんで急に虫の話を?」
「え、だって……似てません?」
新川さんはタブレット画面の「■■■■…」を見せた。
「ほら、『蚊柱』」
全然似てないぞ。
閑話休題――
新川さんが強化室のカプセルに経験値をセットして起動すると、コードで接続された筋肉がビクンと動き、そのたびに身体が引き締まっていくような感覚を感じる。
冒険者が全力を発揮できるのはダンジョンの内部に限られるが、基礎的な身体能力の向上や健康の維持といった恩恵はダンジョン外でも得ることができるのだ。
「(母さんが若々しいのも、ひょっとしたらそのためなのかもな)」
そうやって、強化された俺のステータスは……!
・before
レベル:3
HP:52
MP:49
・after
レベル:75
HP:1150
MP:1020
「う、うーん。ステータスの伸びは、やっぱり俺の素質じゃこんなもんか」
幼馴染の「あいつ」なら、レベル50時点でHPが5000を超えていたと聞いた。
ステータスに関しては才能がモノを言う世界なのが現実。
とはいえ、レベル75という数値はデカい。
「普通の冒険者ならレベル70に到達するには早くても5年はかかるって話だしな。それに、レベル70以上になればC級昇格が受けられる……!」
レベルアップによるボーナスに加えて、D級・C級昇格で得られるポイントも職業(クラス)スキルや汎用スキルに振り分けることができるし、配分次第では低級職から派生する上級クラスへのアップグレードも可能になるはずだ。
ユニークスキルの強化ツリーも解放できるかもしれない。
これからどうやって自分のスキルをビルディングしていくか――
ワクワクする俺に新川さんが言う。
「はい、これでイモータル・リュウさんはC級冒険者に昇格ができます。手続きも私が担当できますよ。それと――」
新川さんは他にも書類を取り出した。
「A級冒険者の星羽ミハルさんからパーティ申請が届いています。契約内容を確認して問題なければ、こちらの手続きも進めますか?」
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(注)作者より
今回と次回のエピソードに登場する「新川 真由」は、作者の別作品である『デュエリストしかいない乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったのだけれど「カードゲームではよくあること」よね!?』の主人公キャラクターです。
ぜひ、そちらも読んでみてくださいね!
※ちなみに新川さんは「非攻略対象」です!
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