VSグリーンドラゴン(後編)

俺が生み出した「二体目の影人形」は――


「深淵に眠りし双児の竜よ――漆黒の底から、その幽玄たる姿を現し――我が盾にして悪しき竜を穿つ牙となれ! 煉黒竜ファヴニール・デュプリケート!」


そう、新たな戦力とは「もう一体のグリーンドラゴンの複製」である。



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俺は室内の天井を見上げた。

おぼろげに密集する発光ゴケが明かり代わりとなっている。


ちょうど光源の関係で影は二つに分かれていた。

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この場所でなら、同じ対象から影人形を二体まで生むことができる。


俺の頭の中には布団で寝る前に練り上げたシミュレーションが大量にストックされている――今のような状況も、シミュレーションの一つだ。


唯一、足りなかったのは俺のステータスだけ。

ミハルの【MP交換スワップ】によって課題もクリアされた。


俺とミハルを守るように、盾となる二体の漆黒竜。

眼前のグリーンドラゴンが放つブレス攻撃を煉黒竜ファヴニールと煉黒竜ファヴニール・デュプリケートが受け止めた!



「グアアアアアアアアアッッッ!!!?」



轟く悲鳴。

地を揺るがすような苦痛の嘆きの主は――

グリーンドラゴン。攻撃をした本人だった。


二体の漆黒竜はブレス攻撃を受けて毒に染まる。

魔法攻撃によって大量にHPを削られた上に、毒のバッドステータスによってあっという間にファヴニールたちのHPは減っていく。

そして、HPが減るたびにグリーンドラゴンは悶えて苦しんだ。


予想外であろう光景に、ミハルは息を呑んだ。


「な、何が起きてるのーっ!?」



これが俺の【影下分身シャドウメーカー】の真の力だ。



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「【影下分身シャドウメーカー】で実体化した影人形へのダメージは、影の持ち主である俺自身にもフィードバックするしな……半分だけだが」

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「【影下分身シャドウメーカー】によって実体化した影へのダメージは影の持ち主へとフィードバックするんだ。つまり――」


「ブレス攻撃のダメージも……付与された毒によるスリップダメージも……全部、影の持ち主であるグリーンドラゴン自身が受けるってこと!? それが二体の黒いドラゴンを盾にした意味……!」


「煉黒竜ファヴニールと、煉黒竜ファヴニール・デュプリケートな」


「すごい……! だからお兄さん、スキルを使うときに盾とか牙とかごちゃごちゃ言ってたんだねっ!」


「俺が無意味に口上を述べているとでも思っていたのか?」


そして、これで「詰み」だ。


「グ……グオオオオオオオーーーッ!」


グリーンドラゴンは何度もブレスを吐き、爪を振るう。

全ては悪あがきだ。

巨体と俊敏さ、そして物理攻撃に対する無敵性――グリーンドラゴン自身の強みをコピーしたファヴニールたちによって、奴の俺たちへの攻撃は一度も通らない。


「グ……グアアア………ッ!」


そして、ダメージのフィードバック。

影下分身シャドウメーカー】の影人形へのダメージは、影の持ち主へとフィードバックする――その比率は受けたダメージの半分となる。



「つまりだ。ファヴニールが二体いて、その二体が同時にダメージを受けている場合――1/2のダメージが2回与えられるから、本体が受けるダメージの合計は1/1となるわけだ。煉黒竜ファヴニールと煉黒竜ファヴニール・デュプリケートのHPがゼロになる瞬間、それは――グリーンドラゴン自身の死を意味する」



もはや奴には打つ手は無いし、逃げようとしても無駄だ。


影と本体は繋がっている。

影人形が動かないかぎり、影の本体も影が伸びる範囲までしか移動できないのだから。


竜と竜を地面に繋ぎ止める影は拘束する鎖の如く。


グリーンドラゴンは、もはや部屋から逃げ出すことも叶わず、たとえ攻撃を止めたとしても、既に受けた毒によるスリップダメージは止まらない……!


「グ…………!?」


「最悪の、最悪……だろ?

 できることなら、そんな目には遭いたくないもんだな」


「……………………ッ!」


二体の煉黒竜は限界を迎える。


あたかもまるで――その場には最初から何も無かったかのように影は雲散霧消して――煉黒竜ファヴニールと煉黒竜ファヴニール・デュプリケートは、グリーンドラゴンの足元に伸びる影法師へと戻った。


それは終わりの合図。


グリーンドラゴンは力尽きる。

轟音を響かせながら、巨体は地に倒れ伏した。


――やった。


「A級モンスター、討伐、か……」


張りつめていた緊張の糸が途切れる。


本当なら、ハイタッチでもして喜び合いたいところだけど。

気力を使い果たして、俺はその場に座り込んでしまった。


「お兄さん!?」


ミハルが慌てて俺の肩を支えた。


「お兄さん、本当はダメージを受けてたの!?」


「いや……これはダメージじゃなく……単に、疲れただけ」


そのままズルズルと体重を預ける。


「……っ!」


気づくと、ミハルに膝枕してもらう形になった。

――懐かしい、感触。

子供の頃はよく母さんに、こうして耳掃除をしてもらってたな。


後頭部を包み込む柔らかな感触。

このまま、まどろみに落ちたいところに――


耳元に合成音声が鳴り響く。


:ミハルちゃんに膝枕!

:お兄ちゃん、役得ぅ!

:おつかれさま

:すごい、勝った勝った


これは……コメント欄の読み上げか。

いつも過疎ってる俺のチャンネル。


配信を見てくれるのは、妹のアキだけ――


ピロン。ピロン。ピロン。


「……ん?」


次々と通知音がしたので、俺は起き上がってスマホを見た。


「これって……接続数が増えてる?」



:うらやま けしからん

:ミハぴを助けてくれてありがとう!

:煉獄龍とは

:あんな強いユニークスキル初めて見た

:息ぴったりだったね

:登録者数6人で草

:登録します

:おもしれー奴

:ミハぴ、よかったね~

:カードゲームとか好きそう

:よくやった!

:エンゼルを代表して感謝いたします

:なんかプラムのとき思い出したわ

:俺も登録しとこ

:ファブニールと煉獄って関係なくね?

:うんうん

:伸びるぞ、こいつ

:おつかれー

:ちょっとイケボで笑う



チャンネルの登録者数も、リアルタイムで増えていく。


「これが、バズってやつなのか?」


欲しくて欲しくてたまらなかった、念願のバズり。

こんなに同接数が増えるなんて……!


スマホを手にしながら、思わず顔がにやける。

横にいたミハルも俺のスマホの画面を覗き込んだ。


「ミハルのエンゼル(リスナー)が来てるみたいだね。みんな、ありがとって言ってるよっ!」


「そうか……バズるって、良いもんだなぁ」


普段、日の目を見ない俺にとって、注目されることは快感だ。

それが良いことでバズってるなら尚更のこと。


「(まぁ、それ以前に――)」



人に感謝されるのって、嬉しいもんだよな。



☆☆☆


スマホの画面に夢中になってる息子の横で――

「星羽ミハル」は、こっそりと呟いた。


「リョウちゃん……本当にカッコよかったわ」


かつて、愛した人が逝ったときに「」は誓った。

リョウちゃんとアキちゃん――子供たちを立派に育てると。


あの人の忘れ形見――

グリーンドラゴンに対峙する息子を見たときに感じた、高まるような胸のときめき。


その横顔は、愛した人にとても良く似ていて。


「……って」


春子は思わず口元を手で抑えた。


「(な、何を考えてるのよ、春子! リョウちゃんは大切な息子じゃない! そんな……男として、見るなんて……!)」


そんな春子の思いも知らずに、リョウは「星羽ミハル」に話しかける。


「ミハルさん、余裕があるうちに出口まで戻ろうか」


「あっ、その前に……配信終わるから、締めの挨拶するね☆」


ふっと湧いた邪な想いを振り払うようにして――

春子は再び「星羽ミハル」へと戻っていった。


☆☆☆



――とまぁ。

そんなこんなで、これがグリーンドラゴン戦の顛末なのだった。



(バトル回、おしまい!)

(次回からは日常に戻ります!)

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