VSグリーンドラゴン(前編)
ほわん ほわん ほわん〜〜〜
時は少し巻き戻り、昨夜のダンジョンにて。
☆☆☆
「か……!」
母さん、と言いかけた俺の口を「星羽ミハル」がふさいだ。
「!?」
一応、ミハル――と呼んでおくか。
ミハルは俺の口をふさぎながら、自分の横に浮遊するドローンカメラの方を指差した。あのカメラは配信画面に繋がっているはず。となると――
「(俺たちが親子だとバレたくない、ってことか)」
意図はわからないけど、ミハルの意思は理解した。
そのことを悠長に話している場合じゃないのも確かだ。
現在の状況――
ダンジョンの奥、
円形状になっている洞窟の一室。
グリーンドラゴンが目を光らせている。
俺たちが隠れている岩陰は室内では数少ない死角の一つだが、敵にこの場所がバレるのは時間の問題だろう。
出入口は一つだけ。
徘徊するグリーンドラゴンを挟んで、岩陰とはちょうど反対側に位置する。
本当ならドラゴンの隙を突いたときにミハルを連れ出したかったが、方角的に無理があったので仕方ない。結局、この岩陰に隠れるのが精いっぱいだったんだ。
状況を整理しているところに耳元で声が響いた。
:お兄ちゃん!
:はやく ミハルちゃん連れて
:逃げて1!!!
配信のコメント欄に妹のアキが書き込んでいるようだ。
確かに、逃げたいのは山々だが……!
「そう簡単にはいかねえよ――」
グリーンドラゴンは巨体かつ俊敏。
低ステータスの
俺のユニークスキルである【
さっき上手くいったのは、あくまで初見殺しだろう。
奴の目が「慣れた」今は通用しない可能性が高い。
「それに【
さっきのグリーンドラゴンは一撃で俺の影人形を破壊した。
HPの上限分だけダメージが発生し、その半分がフィードバックした――つまり、これで俺のHPは残り半分ってこと。
何度も乱発すれば俺のHPは風前の灯になる。
:え、じゃあ
:助からないの?
:やだよ お兄ちゃん おねがい
:ミハルちゃん助けてよ
調子外れの人工音声を通して、
モニターの前にいるアキの悲壮な表情が浮かんだ。
くやしい。自分の無力が、弱さが憎い。
「俺だって、助けたいに決まってる……!」
俺の隣で、はぁはぁと息を荒くするミハル。
バッドステータスの毒を受けて、身体中に傷を受けて、まさに瀕死の状態にあるミハルの姿を見て、俺はくやしさに歯噛みをする。
HPがゼロになった冒険者は
そのとき、直近で取得した経験値やレベルアップは無効となり、さらに装備品も全て消失する――このデメリットは、高レベルの冒険者であればあるほど重くなる。
ミハルの装備品は、どれも高級なものだ。
手にしたグレートソードも、強力な防御魔法が施されているであろう白銀に輝く軽装鎧も、桃色のツインテールの根元に被さる天使の翼のような羽飾りも、腰に付けた可愛らしい魔法のポシェットも――
これらを手に入れるのに、どれだけの時間をかけたんだろうか。
ダンジョンでのみ機能する魔法のアイテムは、現代の最新科学でも再現することはできないのだ。
ダンジョン内で直接ドロップするか、ダンジョンから回収した
「(錬金術の技術は、ダンジョン公社と業務提携しているザイオン社が独占してるしな……)」
これらのアイテムが全て失われてしまったら、
ミハルは配信者としては再起不能も同然だ。
だからこそ、ミハルは必死に助けを求めたんだ。
誰かに届けと、少ない可能性に賭けて、精一杯に声を張り上げて。
俺は――その、助けに応えたんだろう!?
なのに、このザマだ!
「(この子は……ミハルは……母さんだと思う)」
さっきの反応からしても確信はしている。
だけど、この瞬間に限ればそのことはどうでもいい。
ミハルが何者であろうと、俺は助ける。
それが、おせっかいにも、身の程知らずにも、
飛び込んで助けに来た馬鹿のする最低限のけじめだ。
そのくらいの意地、張れずにどうする……!
「最悪の最悪だが……俺はHPが尽きてもいいか」
そう呟くと、ミハルはビクリと肩を震わせた。
「え……?」
「俺の装備品は安物ばかりだし、レベルもたかが知れてるからさ。どちらかしか助からないなら、生き残るべきはミハルさんだ。そうだろ?」
俺は人差し指と中指を揃えると、しゃがみこんで自らの影に指を当てた。
「俺の残りMPを全て消費すれば、影人形は二体まで作れる。一体目の影人形のHPは今の俺と同じ数値――最大HPの1/2になるから、一体倒されても俺へのフィードバックは最大HPの1/4に収まる。で、一体目の影人形が倒された時点で、もう一体を生成すれば今度の影人形のHPは最大HPの1/4だ。そいつが倒されても俺が受けるダメージは最大HPの1/8で、まだ動ける。で、最後は……俺自身が行く」
この方法なら、影人形Aと影人形B、最後に俺自身で三回の陽動が使える。
どうせ一撃でやられるなら、影人形のHPに意味は無いってことだ。
俺は室内の天井を見上げた。
おぼろげに密集する発光ゴケが明かり代わりとなっている。
ちょうど光源の関係で影は二つに分かれていた。
この場所なら一度に二体出すこともできるが――
あえて一体ずつ投入していく。
「(戦力の逐次投入は愚策、とはいうけどな……)」
同時に投入した場合にはダメージのフィードバックによって俺が即死しかねないんだから、この方法しか取ることができない。
一体ずつ送り込んでいく、それが最適解だ。
「三人分の俺がオトリになってるあいだにミハルさんが逃げるんだ。それで、少なくともミハルさんだけは助かる……」
「それじゃ、お兄さんがドラゴンにボコボコにされちゃう」
「オトリだからな。覚悟の上だ」
「
「いいんだよ。どうせ俺なんて大した冒険者じゃない。配信者としても底辺だしな……もっと、上手くやれるもんだと思ってたけど。ミハルさんはいっぱいファンがいるんだろ? 俺よりもずっと価値がある。だったら、ここは生き延びないとさ」
「価値は、あるよ」
ミハルはぎゅっ、と俺の手を握った。
「私にとってはキミが大事。
だから――そんなことを言わないで」
その目を見て、俺は確信する。
「(やっぱり……母さん、なんだよな?)」
この人が「初対面の女の子」なわけがない。
俺にとって母さんが大事なように。
母さんにとっては、アキや俺のことが――
「グオオオオオオオオオ!!!」
咆哮をあげるグリーンドラゴンが、いよいよ向かってくる。
隠れ場所に勘づかれたようだ。
「もう考えてる時間は無いッ!」
俺がスキルを発動しようとしたところで――
ミハルは「待って、待って!」と静止した。
「お兄さんのユニークスキルって……
ひょっとして、お兄さん以外の影にも使える?」
それは――
「使える。
使えるんだが、実際には使えないようなもんで……」
「要点ッ!」
「俺のステータスの問題だ。【
それに加えて【
たとえばミハルのような強力な冒険者の影を操ろうとした場合、高ステータスによって増加した消費MPに対して、更に「自分以外を対象」にしたことで倍増する計算となってしまい、収拾がつかなくなるわけだ。
「だから事実上、このスキルでは俺の影を操ることしか出来ない」
「きゃはっ。それなら大・大丈夫だよ、おにーさん!」
MPならいっぱいあるの――と、ミハルは言う。
「ミハルの
思うままに殴り、全部ぶっ壊すだけ!
MPの使い道はほとんど無いから、たまたま取ってたんだ♪
汎用スキル、【MP
【MP
それがあるなら、話は変わる。
早速、簡易パーティを組んでステータスを共有し――俺は驚いた。
「レベル126……HP13500、MP5800だと!?」
参考までに並べるなら、俺のMPは50に届くか届かないくらいだ。
それと比較すれば、正に歩く魔力タンク……!
汲めども尽きぬエネルギーの源泉。
これだけの量のMPがあるなら、話は変わる!
グオオオオオ…………!!!
と、唸り声をあげながらグリーンドラゴンが現れた。
死の匂いを振りまく恐怖の存在――
A級モンスター。
今の俺にとってはコイツは「実験台」でしかない。
俺はずっと考えてたんだ。
もしも、俺のステータスが充分に高ければ――存分に俺のユニークスキルを、無制限に振るうことができたなら――この力をどう応用するかを!
――毎日、布団で寝る前にな。
その経験が活きるときが来たってわけだ……!
「ミハルさん、作戦変更だ。
このドラゴン野郎、ぶっ倒してやろうぜッ!」
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