営業しましょう、そうしましょう!

「星羽ミハル」の――母さんの恋人になれと!?


あまりにも唐突な提案。

その瞬間、俺の脳裏にとんでもない想像が走る――



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「リョウちゃん、今日もお疲れ様♪

 ほら、目を閉じて?」


こ、こうか?


「んーっ――」


ちゅっ。


「これはご褒美、ね?」


母さんはドローンカメラに流し目を送る。


「あらあら、リスナーはもっと期待してるみたい。

 じゃあ……もう少し……する?」

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――はっ!?


「そんなの、出来るわけないだろーーーッ!」


俺は慌てて拒否する。

その様子を見て、母さんは小首をかしげた。


「出来るわけない、って……どうして?」


「俺たちは、親と子供だぞ!?」


「本当に恋人になるわけじゃないのよ?

 あくまで、お芝居で……」


母さん、正気なのか?

いくら母さんの外見が若いからって……


「(見た目には俺と同年代くらいに見えたとしても!)」


そんなこと、法律が許さないだろう。

いいや、違う。

たとえ法律が許しても、この俺が許すものか……!


――そもそもの話。


「事務所の人が、って言ってたけど……俺と母さんが実の親子だってこと、事務所の人は知ってるのかよ?」


「さっきまで、そのことで話してきたわ。

 身内なら恋人営業も頼みやすいだろうって」


「恋人営業……!?」


「カップル営業、とも言うわね。配信中に二人で仲良くイチャイチャすることで、カップル人気を取りに行くのよ。上手くいったらリョウちゃんのチャンネルの方も人気になって、収益化できるかもしれないわ。そうしたら、私のチャンネルと合わせて我が家の家計もウハウハよ!」


「それを親子でやらせるのはおかしいだろ!? どういう倫理観してんだよ、母さんの所属してる事務所は!?」


「リョウちゃん。これも、リョウちゃんの人柄を見込んでのことなの」


母さんは真面目な顔をして言った。


「恋人営業はリターンは大きい反面、トラブルも起こりやすいわ。たとえば本当は仲良くないのに恋人営業をしてる配信者の場合、配信中にお互いの素の顔が出てしまってギスギスしたり、解散してから暴露配信をしたりとか、そういう良くないことが業界ではいっぱい起きてるのよ……!」


「言われてみれば、そういう話はありそうだな」


「その点、私とリョウちゃんなら仲良しだから大丈夫♪」


そりゃ、そうだけどさ。


「逆に、本当に熱愛しているカップルの場合もリスクがあるわ。たとえば、配信中にイチャイチャがつい行き過ぎてしまって、ほ、放送できないようなことを……しちゃったり、とか。最悪の場合には……配信サイトが定めた倫理規定に違反したことで、せっかくの動画がBANされちゃうの」


「なるほどな――」



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ちゅっ♪


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「だから、ほっぺだったのか」


「ほっぺ?」


「あ……いや、なんでもないッ!」


俺はブンブンと手を振って、妄想を振り払った。


「つまり……恋人役、って言ってもあくまで芝居だし……動画サイトの方にも倫理規定があるから、公序良俗に反するような真似はしないってことか」


「だから――お願い、リョウちゃん!」


母さんは手を合わせて俺に頭を下げた。


「これはチャンスなの。本当のところを言うと「星羽ミハル」の人気も少しずつ落ちてきて……初々しい中学生だった頃は良かったけど、高校生にもなったら、可愛い配信者なんて周りにいくらでもいるものね」


「本当は中学生でも高校生でも無いけどな」


「生き馬の目を抜くこの配信戦国時代を勝ち抜くには、武器が必要なのよ!」


「いや、そう言われてもなぁ……」


他ならぬ、母さんの頼み――

普段なら断ることはありえない。


だけど、今回は場合が場合だ。


「(恋人営業……!)」


カメラの前で母さんと正体を隠してイチャつき、その様子を全世界に向けて配信する……想像しただけでも、最悪の最悪としか言いようがない状況だ。


もしも実の親子という正体がバレたら……

いや、たとえバレなくても。

そんなこと、やっちゃいけないのでは――


「リョウちゃん。お願い。

 お母さんを助けると思って、ね?」


「…………っ!」


逡巡する思いは――

母さんの懇願する目を見た瞬間に、砕け散った。



ダメだ。この人には、敵わない……!



「わかったよ」


気づいたら、俺はしぶしぶと頷いていた。


パアッ、と母さんは花のような笑顔を見せる。


「ありがとう、リョウちゃん!」


素直に言うことを聞くのが悔しくて、俺は憎まれ口を叩いてしまう。


「言っとくけど、戦闘面では力になれるか保証しないぞ。この前の戦いでわかっただろうけど……パーティを組むとなったら、俺は母さんの足手まといになる」


優れた資質による恵まれたステータスを、長年のソロ攻略で培った戦闘経験で引き上げた母さん――「星羽ミハル」は優秀な冒険者だ。


それに引き換え――

つい最近、冒険者になったばかりで――職業(クラス)も初期ランクのまま、ステータスも低い俺なんかは、とても並び立てるような存在じゃない。


俺がそう言うと、母さんは驚いた声をあげた。



「何言ってるのよ! グリーンドラゴンを倒せたのは、リョウちゃんのおかげじゃない!」


A級モンスター討伐……

成果だけを見れば立派なものだけど。


「母さんがいなければ無理だったよ。俺のスキルと、あいつとの相性が良かっただけさ」



俺たちは昨日の激戦を回想することになった。


(次回はバトル回です!)

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