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気がつくと、見知らぬ場所にいた。辺り一面真っ白で妙に無機質な構造物で埋め尽くされていて、その中のひときわ高い場所に俺はフヨフヨと浮いていた。(…浮いていた!?) 体を確認しようとして、目線を降ろすが、そこにあるはずの足がない。そもそも胴体がない。もっと言えば周りの景色を目で見ている感覚ではないし、もっと、剥き出しな感じがする。裸よりももっと中身が丸見えな感じが。……言ってて気分が悪くなってきた。なんだ、じゃあ今の俺は脳みそだけなのか。んなわけあるか。なら、ただの夢か、あるいは、
「死んだのか、俺」
自然と口に出ていた。妙にストンとくるものがあった。なるほど、死というものはこんなにあっけないものなのか。そりゃあ、みんな生きた証を残そうと躍起になるわけだ。ということは、ここは死後の世界なのか? だとしたら、本当に味気ない場所だ。描いた絵に色を塗り忘れたような、生命の息吹はなく、ただ息が切れるほど壮大な世界が広がっているだけだ。
「あああああーーーー!! 見つけたああああああーーーーー!」
突然の爆音。体全体が震えるんじゃないか、ともすれば吹き飛ばされるんじゃないか、と思うほどの甲高い声が俺のあるかも分からない耳をつんざいた。
「困りますよ!勝手に変な場所に入り込まれちゃ!」
いつの間に近づいてきていたのか、次に聞こえた声は妙に近くから聞こえた。心臓が飛び出るかと思った。俺の心臓はとっくに止まってるはずなんだがな。
そちらへ目を移すと、そこにいたのは、かろうじて天使なんだろうなあ、と分かるモンスターじみた生き物だった。人間の背から羽が生えているところは知っている天使と同じなんだが、その羽は所々骨がはみ出てるし、白や茶色、黒のさまざまな色、種類の羽が一対の翼を構成している。良くある天使の輪っかは頭から生えている血管みたいなものにつながっているし、人間本体の方も、所々皮膚が透明になって血管と骨が見えていてなかなか不気味な見てくれだ。何よりも下半身がなく、それがあるはずの場所には、本体と天使の輪を繋いでいる血管のようなものと同じものが渦巻いている。
「あれ? どうしたんです? あなた、そんなに寡黙な方でしたっけ?」
思いもしない姿形に恐怖さえも覚えている俺に対し、天使は無遠慮にもその、色素の薄い少女のような顔を近づける。顔だけ見れば可愛い女の子なんだけどなあ、と思った。
「何をしている、706」
また突然、別の方向から声が聞こえてきた。そこにいたのは、女の天使よりも人間の原型をとどめているが、顔の上半分がなく、女の下半身と同じように血管のようなものが渦巻いている男の天使だ。
「いい加減、自分の姿が異様なことを自覚しろ」
低い、ともすれば穏やかとも取れる声だった。
「え!? もう死んだ人がそんなこと気にするんですか? 人間って、死んでもそこら辺、寛容になれないんですね」
心底呆れたように女の天使が言う。なかなか過酷な事を言う天使だ。いや、天使だからこそのこの鬼畜さなのか? これでも俺は大事件に遭遇したこともないタダの日本男児なんだ。こんなザ・クリーチャーって感じのものをリアルに見れば恐怖を覚えるに決まっている。つまり、俺はどう見ても怪物にしか見えない二人に囲まれて、声も出せずに成り行きを見守るしか無くなっている、と言うことだ。こんな冷静そうに状況説明をしているのは、パニックが行きすぎた結果なんだと思う。
「706。試験の内容を忘れたか?」
ため息まじりに男の天使がいった。こっちは女の天使よりよっぽど俺の常識が通じる気がする。
「な、なあ」
意を決して声を出した。どこから声を出しているかも分からないが。向かい合って何かしら言い合っていた天使たちが揃ってこちらを向いた。男の方が再度ため息を吐き、促すように女を見る。
「あ、そうでした! そうですよね、まずは、なぜあなたがこんなところに呼び出されたかからお話ししましょうか」
花が舞って見えるほどの満面の笑みを浮かべ、女の天使が言う。
「つまるところですね、あなた、相馬さんは選ばれたんです! そう! 誉高き異世界転生者に!」
…………うん、そうだな。うん。言いそうだと思ったよ。なんか、そういうことができそうなザ・上位存在だもんな。天使って。てか、創作の中の話じゃなかったんだな、それ。
うん、異世界転生者っていやあ、やっぱあれだよな?
「じゃあ、いわゆるチート能力、てのをもらえるのか?」
「なんです? それ」
「無敵の力みたいな……」
「あのですねえ、アナタ、自分がその世界で完全に異邦人だってこと、失念してません? その世界の常識もルールも知らない存在が、大きな力を与えられて調子に乗って大暴れしたらどうするんですか。そんな危険なこと、できませんよ!」
…………そうか、そんな虫のいい話はないか。だろうな。ものすごく納得してしまった。確かに最善のリスクヘッジだろうな。
「で、俺はなんで異世界転生者に選ばれたんだ? 俺は何か役割を課せられるのか?」
「いい質問ですね! 大丈夫ですよ、あなたにぴったりの役目です。あ、ちゃーんと報酬もありますよ」
そう言って女の天使は勿体ぶったような可愛らしい仕草をするが、見た目は羽のついたテケテケなのでそこまで可愛いとは思わない。
「報酬って、なんだ」
「報酬って言っても、物じゃありませんよ? まあ、単純に言えば、生き返る権利を与えられるんです」
「……ああ」
「うっすい反応ですねえ! 嫌ならさっさと輪廻の輪の中に飛ばして差し上げますよ」
どうなんだろうか。思い残すことはなかったと思うが、こういうところで「生き返りたいわけじゃない」と答えるのも少し違う感じがするな。
「……何をすればいいんだ?」
そう問えば、天使はパッと顔を輝かせて胸を張った。
「あなたにやってもらいたいのは、そう! 『縁結び』です!」
その言葉に、「はあ?」と返さなかったのは褒めてほしい。
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