異世界ゲート通過による、能力向上とギフテッド付与について
何がギフテッドだ、単なる呪いじゃないか
そう思いながら、敷島スバルはスコッチを飲み干す。
スモーキーな香りと喉を焼き胃を温める感触に、消える事のない虚無感と怒りが少しだけ小さくなるような気がする。
酒は好きだが、家では一切飲まない。自分が酒好きだと知っている夫は、気晴らしに飲んだらと勧めてくれるが、息子の前で飲んで酔っ払う姿を見られる事が、なんとなく嫌で外でしか飲まないようになった。
「珍しいね、スバルがこんな時間に呑んでいるなんて」
柔らかな金木犀のような香りをまとう、巨大な肉食獣のようにしなやかな気配が、隣のカウンターチェアに腰かけた。
「戻っていたのかウルスラ、、、チビは夫と一緒に実家に遊びに行った。わたしは彼の両親によく思われていないから。今夜は久しぶりに飲み放題だ。彼女にワイルドターキーのレアブレードをロックで。それとわたしにはボウモワ25年をハーフロックで」
自衛軍駐屯地すぐ近くにある、国が運営する自衛軍関係者専用ビル。その中にある小さなバーでスバルは戦友と再会した。
「大戦の英雄も嫁姑問題には無力なのかな、、、私は妹が心配でね。余りすぎている休暇を取って戻ってきたんだ。あの子はちゃんとやれている?内弟子たちと修行していたから、集団生活は大丈夫だと思うけれど」
自衛軍異世界常駐部隊にて、25歳という若さで補給部隊護衛中隊を率いる宇部ウルスラ。
護国護民を旨とする宇部家直系の長女であり、スバルの訓練隊に所属する宇部ジュリアの姉である。
ウルスラはナッツがぎっしり詰まったクッキーをツマミに、強いバーボンを美味そうに飲み干し、とろけるような笑顔でおかわりを注文する。
「ジュリアか、、、最初は意味不明だったよ。雲の上のお偉方達から呼び出されて、宇部家の秘蔵っ子が志願兵になるから訓練を施すように命令された時は」
スバルがウルスラと出会ったのは戦場だ。
異世界で記録上4つとなっているギフテッドを授かった当時23歳だったスバルは、現地精鋭部隊と自衛軍の合同特殊作戦群に偵察兵として配属された。
その作戦群にまだ10代だったウルスラがいた。見上げるような大きさの獣人族や、暴力的な魔法を駆使するエルフ族の精鋭で構成された戦闘部隊に所属し、莫大な戦果を上げていた。
装甲は感覚が鈍ると、薄い特殊ゴムで作られた戦闘服のみを身にまとい、両腕に特殊合金で作られた巨大な金棒を持ち、デーモンの群れに突っ込み、銀髪を振り乱し暴れ回る姿は恐ろしくも美しかった。
なんとなくウマがあったスバルとウルスラは、歳の差がありながらも過酷な戦場を共に駆け抜けるうちに、親友とまでいえる関係になった。
今はもういないエルフ族の女性を含めて、休息時間はいつも3人で過ごしていた。
そんな親友がよく話してくれたのが、小さくて可愛くて可愛いくて仕方ない妹の事だった。
「あの子は、、、とても強いな、、、どう考えても強すぎる。今日の午後に少し手合わせをしたが、4つ全てを発動させた私の拳を軽くいなした。しかも怪我をさせないように、優しく手加減してな」
ギフテッドについては情報規制がかけられている事から、当たり障りのない内容のみが世間に広く知られている。
異世界に行けば、10代なら約30%の確率でギフテッドを授かり、加齢とともにその確率は下がるというものだ。
だが、これは若者の英雄願望を煽り、自衛軍志願者を増やすプロパガンダに過ぎない。
異世界ゲートの半径1キロメートル以内で240時間以上過ごせば、ほぼ100%の確率で0.3%から12%の身体能力の向上が確認されている。
さらには若干の加齢停滞も確認された事が、世界中の富裕層の投資と移住を促進させて、軍の予算を確保する事が出来たのだ。
その上、異世界に行くことにより、約50%の確率でさらに1%から40%の身体能力向上があり、ギフテッドと呼ばれる大半は、この身体能力向上の事を指している。
しかし、スバルが授かったのはそれではない。
本物のギフテッドは、異世界ゲートを潜った人間の約0.3%にしか与えられない、付与条件が一切不明の異能である。
人類を超越した能力は、人を救うといえば聞こえはいいが、単なる化け物ではないのかとスバルは思う。こんな異常な能力、デーモンどもと何が違、、、
「スバル、その力が私たち3人を結んでくれたんでしょ」
昏く深くまで沈みそうになる意識を、優しい声が引き戻してくれた。もう戻る事のない、あの黄金のように輝いていた時間。
あの日々があったから、今もまだ生きていられるとスバルは思う。
「そうだな、この力があったからわたしたちは生き残れたし出逢えた」
強張っていた全身の力が抜けたスバルに、ウルスラは先程の質問に答えてくれた。
「私たちの母が異世界の迷い人なのは、以前に話したよね?あの人の血が一番強く出たのは、私という事にはなっているけど、本当はジュリアに一番濃く出ているの」
異世界でも伝説のひとつになっている邪龍狩りのダークエルフの巫女の物語。
その伝説の娘が目の前にいる親友であり、その妹である。
「ジュリアには危険な目に遭ってほしくはなかったけど、家に生まれた以上、戦場に行くのは仕方ないこと。だから、ゆっくり育ててあげたかった」
では、どうして志願制度など利用したのか。
「間に合わないって言っていたのよ。戦闘を司る古い神の巫女である母の血が一番濃く出たジュリアが、6年後だと『間に合わない』って確信しているようだった」
つまり、、、
「6年以内にあの時以上の何かが起こるって言いたいのか?」
それは悪夢だった。あの大侵攻でさえ、莫大な犠牲者を出した上で、紙一重の勝利だったのだ。
「すでに何かが始まっている事は、なんとなく分かっているでしょ」
自衛軍の異様なまでの戦力拡大と、民間委託に偽装した非人道的な志願制度の推進。
そこまでしなければならない予兆があるのだ。
「宇部も覚悟を決めた。来年の春、本家に祖父と末の妹、分家をひとつ残して、全戦力を異世界に投入する。補給も含めて、全面的にあちらの世界と協力体制を構築すると、当主である父が決めた」
あの大侵攻を超える何かに、自分に何が出来るのかと思う。結局、逃げただけの自分に。
「家族がいる貴女にこんな事は頼みたくない、、、それでも、貴女の力が必要なの、、、スバル、私の側で一緒に戦って。返事は来年の春でいいから」
スバルは返事が出来なかった。
たった1人の親友なのに、返事が出来なかった。
「またね、スバル」
後ろから優しく抱きしめられ、親愛のキスをしてくれた親友が去っても、スバルは動けなかった。
涙なんかとっくに枯れ果てているのに、自分はまだ臆病者なんだと泣きたくなった。
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