宇部ジュリアは、強さの意味と果てを知りたい
宇部の家は護国護民の防人である。
力なきものを守護する為に我らの力はある。
幼い頃から、そう教わりジュリアは育ってきた。
古来より、小さな異世界ゲートから這い出てくる怪物たちと戦い続けてきた、宇部の一族の家長である父と、異世界からの迷い人である母の間にジュリアは生まれた。
上には大好きな姉と、兄という名のでっかいゴリラが3匹いる。さらに2つ下の大好きな妹と、大好きな両親、大好きな祖父と出雲の山奥で、修行を生活の中心として暮らしていた。
宇部の一族は皆んな体が大きい。
直系はもとより分家の人々も皆大きい。
体が大きい者を一族に取り入れてきたから必然ではあるが、それでもこの国では珍しいくらい恵まれた体を持っている。
90歳になった祖父が身長2メートルを超え140キロのはち切れそうな筋肉を維持し、山の間伐をしていると、たまに訪れるハイキングをしている人たちにUMAと間違えられたりする。
父は50歳になったがこちらも2メートル120キロの鍛え抜かれた体を維持し、政府からの要請があれば、巨大な槍を携えてデーモン狩りに、当主という立場でありながら自ら出陣している。
異世界からの小規模ゲートに巻き込まれ、こちらに来た迷い人であり、父とラブラブである母も身長が190センチもあり、鮮やかな銀髪と滑らかな金褐色の肌を持ち、美しくしなやかな筋肉を全身にまとった美女である。
母譲りの銀髪を受け継いだ強く美しい姉と、3匹のゴリラたちも190センチを超える体躯を有しており、高校を卒業してすぐに自衛軍に入り活躍している。
ねえさまねえさまとジュリアにまとわりついてくる妹でさえ、12歳の時に170センチを超えていた。
そんな家族の中、ジュリアだけは小さかった。
父譲りの美しい赤茶色の髪と漆黒の左目。
母譲りの美しい金褐色の肌と青い右目。
両親の血を色濃く継いでいるのは、見た目からはっきり分かる容姿だが、ジュリアがどんなに努力をしても、小学校を卒業してから身長が一切伸びなくなった。
家族と同じものを腹一杯に食べて、過酷な修行を内弟子10人、門下生300人と一緒にこなして、さらに腹一杯食べても、体は細いままで筋肉がついても華奢なままであり、食べてすぐに眠る力士みたいな生活をしても、身長が155センチから伸びることはなかった。
「155はなくね?」
「ないよな」
「うんない」
高校3年生の秋に、卒業したら自衛軍に入るんだと居間で履歴書を書いていたら、休暇で戻ってきていたデリカシーのかけらもないゴリラどもが指摘をしてくる。
「ねえさまは小さくて可愛いのです!にいさま達にはそれが分からんのです!」
ジュリアの隣で学校の宿題をこなしていた妹が憤慨する。ちなみに妹は16歳で180センチを超えている。
「いや可愛いと思っている」
「ちっちゃいけどな」
「うん小さい」
これにはジュリアの苛立ちも頂点に達する。
「どっかいけ!ゴリラども!」
それから暫くたち、学校で自衛軍の集団採用試験と面接があった。
体力テストでは圧倒的な成績を残し、体術テストでは試験官に怪我をさせないように倒し、学力テストは何とか上手く行ったと思う。
面接には何故か自衛軍のお偉方が何人かいて、祖父や父と母によろしくお伝えくださいと、頭を下げられて、無事に試験は終わった。
そして、2週間後に届いた薄い封書には、身長が規定に達せず、不採用と記されていた。
奥の間に祖父、両親、姉が揃っていて、項垂れたジュリアを労わるように言葉をかける。
「むぅ、、、ジュリアちゃんは妻に似たのだろう。アレも細く小さかったからのう。気にすることはない」
祖父は優しい声で言ってくれるが、写真の中で優しく微笑む祖母は祖父の胸辺りに頭がある。確実に190センチを超えている。
「しかし、身長とは盲点だったな。ジュリアの強さなら問題ないのだが」
そんな父に母も同調する
「ジュリアちゃんの可愛さと強さが分からないなんて、自衛軍は大丈夫かしらね?」
ため息をつき、優しく頭を撫でてくれるが、可愛さは関係ないのではとジュリア不満に思う。
可愛いより母みたいなカッコいい体になりたいと思う。
「自衛軍には体格規定があります。異世界常駐軍志望の場合、22歳以下の女子は165センチ以上ないと採用されません」
休暇で戻ってきていた姉の言葉に皆んな驚き、それで不採用なのかと納得する。
応募要項にはしっかり記載されているが、皆んなきちんと読んでいなかった。
両親も上の4人があっさり合格したものだから、そんな規定があることすら知らなかった。
宇部の一族は細かいことは気にしない脳筋の一族でもある。
「ジュリアが異世界で戦いたいなら2つの方法があります」
姉の言葉に項垂れていたジュリアは顔を上げる。
「まず、大学に進み22歳まで待ってから試験を受ける。これは一番確実な方法です。但し、訓練期間もありますから、最短であと6年かかります」
6年はあまりにも長い。
間に合わないと、ジュリアの中の何かが囁く。
「もうひとつは、民間に委託しているという体裁を取っている志願制度の利用です。こちらなら、2週間の訓練で異世界に行けます」
その言葉に目を輝かせるジュリア。
「ただし、正規のような訓練期間はありませんし、身分も保証されません。同じ部隊に配属されるのは素人が大半です。ジュリアの力でも危険ですよ」
大好きな姉が心から心配をしていてくれるのは分かった。出来るなら正規の訓練を積んで欲しいと思っているのも分かった。
それでも、体から吹き出るような何かがジュリアを急かせる。
「お姉ちゃま!ボクはその志願制度を使います!待っている時間はないような気がします!やらなければならないと思います!」
その言葉を聞いた姉に強く抱き締められる。
「ジュリア、、、あなたが私より強いことは知っています。手合わせで私に気を遣い、手を抜いていたことも、、、ジュリアはとても強い。だからこそ、何よりも自分の命を最優先して。お姉ちゃまの一生のお願いよ」
大好きな姉の大きな胸に包まれ、金木犀のような甘い香りを吸い込みながら、深い愛情が込められた言葉にジュリアは体から吹き出す思いが、さらに強くなるのを感じた。
これなら、まだ間に合うと何かが囁いていた。
「はい!お姉ちゃま!ボクは必ず生きて戻ってきます!」
翌日、登校したジュリアはすぐさま退学の手続きを申し出た。
年が明ければ、あと3か月で卒業というのに何を言い出すのかと、担任をはじめ教員達は狼狽していたし、友達達は呆れていたが、ジュリアは特に気にせずに挨拶をして職業安定所に向かった。
そして、姉に教わったとおりに志願して、説明を受けた。担当した綺麗なお姉さんは真っ青な顔をしていたが、断る理由が一切存在しない為、マニュアル通りに対処する事になった。
家に戻り、家族と門下生達に祝われて、ジュリアの武運を祈る宴会が2日間に渡り開かれた。
3日目の朝、祖父と両親、泣きじゃくる妹、自宅前の山門にある階段に並んだ門下生達の大声援を受けて、ジュリアは異世界ゲートがある人口島に旅立った。
己の強さの果てと意味を知る為に。
翌日、宇部家の麒麟児が民間志願制度を利用したという、あり得ない報告が上がってきた自衛軍はパニックに陥る。
将来の自衛軍異世界駐留部隊の中核を担う人材として、10年をかけて大切に育てたいと思っていた存在である。
まさか、民間志願制度を利用するなど、想像すらしていなかった。
慌てて宇部家に連絡を取るも、身内の祝い事の最中であると電話番の門下生に取り次ぎを拒否され、幹部が出雲に向かうも、山の上にある宇部家に続く巨大な山門は固く閉ざされ、ようやく接触が出来たのはジュリアが人工島に着いてからだ。
当主をはじめ一族に翻意させるように必死に頼み込むが、娘の選んだ道であると、一切応じて貰えず、慌てて志願兵の育成に定評のある敷島スバルの訓練隊へと捩じ込むのが精一杯だった。
10年後、過去最大のデーモン大侵攻の際、大量のグレーターデーモンを引き連れ、デーモンの支配層と推察されているアークデーモンが数多く確認された。
重機関銃ですら倒しきれないグレーターデーモンを鎧袖一触蹴散らし、人類の生存圏を単体で脅かす脅威であるアークデーモンを単独撃破。
まるでお伽噺のような獅子奮迅の戦果を上げた、その女性兵士が撃退したアークデーモンの数は、公式に記されているだけでも250体を超え、彼女の姿が戦場に現れただけで、デーモンどもが恐慌をきたすようになる存在。
魔王とも称された巨大で強大な存在と1か月にも及ぶ激闘を繰り広げ、苛立った魔王が使ったのは星落としと呼ばれる巨大な隕石を召喚するものだった。
異世界の有史以来、古い古い神話の時代の書物にのみ記されていた、実現不可能とされた大魔法。
その巨大な隕石を消滅させる一撃を繰り出し、その衝撃にて魔王を異界に追い返し『星砕きの女神』と称えられた女性。
その姿は小さく細く、まるで少女のようだったという。
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