伊知地セイラは、狙った獲物を逃さない

 もういいかな楽しく生きたしと、笑顔で友達と記念写真を撮りながら、高校の卒業式の日にセイラはそう思う。

 

 セイラの母が亡くなったのは5歳の時だ。

 仲間と作ったベンチャー企業である伊知地ファクトリーにて異世界の素材を使った商品を開発し、自衛軍に売り込み会社を急成長させた父は、巨大企業一族の末娘たる母と結婚した。

 とあるパーティで父に一目惚れをした16歳の母が祖父に頼み込み、お見合い結婚。

 当時、父には結婚を約束した幼馴染みの女性がいたが、家の権力を使い母が図々しくも割り込んできたと、母が亡くなった後、酒にひどく酔った父に一度だけ罵られた。


 ま、どっちもどっちだよねと、幼いセイラは特に傷つくことすらせずにそう思った記憶がある。

 父は母の葬式の次の日に、幼馴染みの女性を家に入れた。しかも、セイラのひとつ下の娘も一緒に。

 母は母で夢見がちの少女だった。父に恋する自分に恋していたような人で、セイラの育児もベビーシッター任せで毎日遊び歩いていた。

 まあ、どっちもなかなかアレだよねと、当時を思い返すと苦笑いが浮かんでくる。


 新しい義母と義妹が来てから、セイラは大きな自宅から遠く離れたマンションに移された。

 伊知地家の家族という枠から弾かれたが、幼い頃からベビーシッターとして働いていた女性が同居し、本当の子どものように育ててくれたし、金銭はしっかりと渡されていて裕福な暮らしだった。

 幼いながらも達観していたセイラは特にさびしいとも思わずに成長した。


 母方の祖母からの隔世遺伝であるという、鮮やかな金色の髪と、整った顔立ちに透き通るような青い目。

 人当たりの良さと柔らかな笑顔、のんびりとした口調。人の機微に敏感なセイラは小学生から大人気だった。

 幼稚舎から高校までの一貫教育の名門校で、教師や同級生から好かれていたし、多くの友達と楽しく過ごせていた。

 小学生から始めたアーチェリーと乗馬は、ジュニアオリンピックで金メダルを取るレベルで、その華やかな姿はますます人の注目を集めた。

 ちょい目立ち過ぎたかなとは、後から考えると反省した事もある。妬みというのは軽ければ可愛らしいものだが、育てば悪意になる事もある。


 義妹もアーチェリーを習っていた事は知らなかった。後から聞けば、そこそこのレベルで、将来はプロになりたいと思っていたが、どれだけ練習してもそこそこのレベルにしかならなかったらしい。

 しかし、周囲の人間は義妹を持ち上げる。伊知地の家の利権に群がるような人間に囲まれて、自意識を肥大させて歪んでしまったのだろうと思う。

 セイラに対して、憎悪を抱くようになるほどに歪んでしまった。


 12年間、ほぼ連絡のなかった父から、都内のホテルに呼び出されたのは高校3年生の夏休みだった。

 趣味の悪い妙に露出が激しい青のサマードレスが送られてきており、それを着てくるようにと一方的に連絡が来た。

 ホテルに着いたセイラの姿を見て、父は鼻で笑いながらなかなかじゃないかと言い、義母は無表情だったが憎しみを感じた。

 義妹は悪意に染まった顔で、ニタニタと笑っていた。


 お見合いだろうなとは思っていたが、まさか相手が50歳で、離婚歴が3度もあるおじさんとは想像すらしていなかった。

 自慢話がとにかくウザかったが、それよりもセイラの顔や体を、会食中もずっとギラついた視線で舐め回すように見てきた事が、気持ち悪くて仕方なかった。


 会食終わりに父は卒業式の日に嫁入りだとだけ告げ、義母はすっきりしたような笑顔で、ようやく家族が出来ますねとだけ話しかけて去った。

 

 義妹は嬉しそうに叫んだ。


「良かったね!家族が出来るんだよ!ぼっちのアンタに家族が出来るようにパパとママに頼んで上げたんだよ!今日はアンタの誕生日だからね!最高の誕生日プレゼントでしょ!おめでとう!お姉さま!」


 その、あまりにも悪意に塗れて、醜く歪んだ顔に憐れみを覚えた。

 この子がいつか憎しみの呪縛から救われますようにと、何かに祈りながらセイラは答えた。


「そう、ありがとね〜ユイカ。じゃあ元気で〜」


 負の感情の全くない、お日様のような笑顔のセイラに呆然とした義妹と会ったのは、それが最期だった。


 自宅マンションに戻ると、ベビーシッターとして同居して、幼い頃からセイラを母のように姉のように育ててくれた、須藤アイナが誕生日を祝ってくれた。

 彼女はセイラが高校卒業と同時にクビだと連絡があったと笑い、ひどいお見合いを強制されようとしているセイラにどうしたいかを聞いてきた。

 母方の実家を頼る事も提案されたが、母の葬式にすら使いの者を寄越すような家には頼りたくはなかった。


 これまで無駄遣いしないようにして貯めてきたお金を、父に取り上げられないように、新しく口座を作りそちらに移した。

 この6200万があれば、家から逃げ出して、きちんと大学を出て生活基盤を作れますと、アイナはそう言ってくれた。


 穏やかに賑やかに、残りの高校生活をセイラは楽しんだ。

 そして迎えた卒業式前夜。アイナとお祝いパーティを楽しんだあと、涙ぐむ彼女と一緒にお風呂に入り、抱きしめ合いながら眠った。

 朝、目覚めるとアイナの姿はなかった。長い長い手紙を読み、作ってくれていた朝食を食べ、相変わらず美味しいなと笑顔になり、シャワーを浴びて身嗜みを整えて制服を着る。


 友達と写真を撮り合い、抱きしめ合い、ずっと友達でいようねと誓い合い、もういっかなとセイラは思う。

 友達と分かれて、誰も居なくなった教室で着替える。セイラの制服のリボンは、アーチェリー部と乗馬部の部長同士が殴り合いの決闘の末、乱入した新生徒会長がかっさらって行った。

 仲良くね〜と苦笑いしながら贈った言葉に、胸がすくような笑顔で声を揃えて、はい!と答えた後輩たちが可愛くて涙が出そうになった。


 心残りはない。生活基盤にと用意した6200万は弁護士に依頼して、アイナの通帳に振り込んである事を確認してある。

 自分を育ててくれた退職金代わりだ。

 でも怒るだろうなとも思うから、ごめんねお母さんと呟く。



 どこで最期を迎えようかと、歩きながら考えていたら、思い詰めたような表情の少女にぶつかった。

 あ、ごめんなさいと真っ直ぐに目を見て謝罪する少女に、セイラの世界が変わった。




 最期を迎えるなんてとんでもない。この子と生きる為に、この世に生まれてきたのだと思った。


 職業安定所に向かう青山サキの真っ直ぐな目に一目惚れしてしまった。

 ふらふらと後をついていき、サキに話しかけ、事情を聞き出し、そのまま志願兵となる。


 伊知地セイラ18歳の春。これが彼女の初恋であり最期の恋となる。









 5年後、巨大な天使を自称するエネミーの大群が現れる。人の愚かさを嘆き、浄化を主張する強大な存在を超長距離から狙撃し、1万体を超える指揮個体を撃ち抜いたスナイパー。

 『天を堕とす魔弾の射手』と呼ばれた彼女は、狙った獲物を逃す事は絶対になかった。

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