第9話
昭和四十四年の三月に健一は高宮薬科大学を卒業した。入社する会社も決まったので、入社式まではのんびりできる。その間、しばらく、上城井の田舎に帰る事にした。田舎には祖父母と両親の四人が暮らしていた。今迄も年に一度は帰省していたのだが、二日か三日の短い滞在期間だった。今回は半月ほど居てみようと思っている。
小学生の時以来、上城井村では継続して暮らしてなかったので、どうしても同級生たちと疎遠になってしまっていた。
帰省している間、健一は実家の裏の城井川で、魚釣りをしたり、奥地にある宇都宮城址に従兄弟たちと一緒に遊びにいったりして、何者にも束縛されない日々を過ごすことが出来た。
祖父の荒太郎は脳溢血で倒れて以来、ほとんど寝たきりの状態であった。祖母のケイは祖父の介護で一日を過ごしている毎日だったが、関節リウマチが悪化して、手足の関節が変形して、祖父の介護も容易では無かった。父は現在は役場を退職して、農業と日雇い仕事で一家の生計を賄っていた。米作だけの収入では経済的に苦しい。役場を辞めなければ、もう少し、潤ったであろうが、本人の我儘を通したための結果であった。過去には友人と共同で、二棟の豚舎を建て、豚を二十頭ほど飼育して養豚業をやっていたこともあったが、どうも失敗したらしい。詳しい経緯は健一には解らなかった。
代々深瀬家には勝負師的な血が続いているようだ。今は寝たきりになっている祖父の荒太郎にしても、まだ、村に電気が通っていないころ、川から水を引いて水車で発電して、村に電気を送電する事業に取り組んだり、県の水産試験場と共同で、
結果的には、いずれも失敗であったが、健一はそんな深瀬家に受け継がれているDNAが好きであった。祖父はその事業資金の為に、所有していた山林や田畑を売却したのであった。過去の遺産として、水車小屋、四つの池、二棟の豚舎はまだ存在している。
健一自身も何か起業したい気持ちは持っている。でも、当分は地道にコツコツと生きて行こうと思っている。
十五日間の帰省休暇の最終日の三月三十一日に、上城井小学校のある下本庄で、小学校の同級生三人と飲み会を行った。小野君は高校卒業後、城井役場の上城井支所に勤務していた。係長になっていた。長野君は九州工業大学を卒業して、日産自動車に就職が内定しているとの事であった。健一も自分の進路を伝えた。また、再会することを約束して、十一時過ぎに解散した。
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