第3話
健一には妻の育美との間に三人の娘がいた。長女が花江で、今年四十三歳。次女の薫が四十歳、末っ子の由美子は三十七歳だった。それぞれ三歳違いで、進学の時は大変であった。三人とも大学は卒業させた。花江は九州国際大学、薫は西南学院大学、由美子は熊本大学だった。娘たち三人はいずれも嫁いでいるのだが、まずは、一緒に生活している妻の育美に自分の決心を告げる事にした。
「今年の暮れで仕事を辞めるから」
「えっ、
「いや、そうじゃないけど」
「じゃあ、何?」
「もう歳だし、身体きついし!」
「でも、八十歳すぎても、バリバリ仕事をしている人はいくらもいるよ」
「
育美はなかなか厳しい。健一は説明することを諦めた。でも、でも、仕事を辞める決心は変わらなかった。
現在勤めている調剤薬局は月の締めが二十日だった。金曜日の明日が丁度二十日だった。健一は明日を最終出勤日に決めていたのだった。そして、社長にその旨伝えたのである。いきなりだったので、社長も驚いた様であったが、以前から、今年中と
連絡していたので、快く了承して呉れた。
翌日の金曜日の仕事も
健一は五十年の働き人生から解放されたのである。一抹の寂しさを感じたが、開放感で胸が一杯であった。
さて、次は長女の花江の番である。大晦日の夕方、旦那さんと二人で恒例の年末年始の挨拶にやってきた。彼女には、どのタイミングで切り出すかを迷った。
大晦日の今日言うか、それとも明日の元旦に話すか迷ったのである。妻の育美は何も娘たちには喋っていない様だった。育美は彼が二十一日からずっと家に居て、仕事に行かないのに何も言わない。まさか、年末年始の休みに入ったとでも思っているのか?いや、そんなことは無いだろう。辞めたことは解っているが訊かないだけだろう。 そんな女だ!健一は思案の上、元旦の「おめでとう!」の挨拶の時に言う事にしたのである。
年が明けて元旦の朝が来た。寒気はそれほだ厳しくなく、雪も降っていない。令和三年の幕開けだ。
朝の九時には四人全員が食卓に揃った。健一、育美、花江、花江の旦那の八尋雄一さんの四人だ。雄一さんは子供のころから柔道をやっていて、大学時代には、全日本大会や国際大会にも出場していた
健一は屠蘇の盃を取り、毎年恒例の儀式を行った。健一の愛猫のレトロもテーブルの下にチョコンと座って、皆と一緒に正月を祝っていた。
雄一さんから順番に盃を回して、「おめでとうございます!本年もよろしくお願いいたします」と挨拶をした。その後、全員で復唱した。そして、健一は一気に宣言したのである。
「お父さんは、昨年の暮れで仕事をリタイアしました。これからは趣味に生き、今迄やりたかったが、やれなかった事をやって、シルバ-人生を楽しみます」
長女の花江は
「えっ!そうなんだ。永い間どうもお疲れさまでした」と微笑みながら応じて呉れたのである。雄一さんも「どうもお疲れさまでした」と生真面目に応えて呉れたのだった。彼はもともと寡黙な柔道家なのだ。ただ、微笑んで様子を見ているだけだった。育美も黙って微笑んでいるだけだった。
健一は一息ついた。でも、気分は良かった。テレビではお笑い芸人たちが賑やかに騒いでいた。でも観ている四人は例年と違った元旦を感じていたのである。
昨年は『コロナ』の三文字が日本人すべてに伝播して、世界を席巻した。その行方は今後どうなっていくのか?神のみぞ知る事である。人間に対しての警告かも知れない。
長女の花江達夫婦は、今日は泊まりなので階下の部屋で
育美は天神へ買い物に出かけた。健一は久し振りに一人に成れたので、尺八の練習をすることにした。今日は童謡と演歌を練習した。(月の砂漠)と北島三郎の(祭り)を練習した。なかなか上手く吹けない。三時間程練習して、昼食にした。その後はおせち料理を
昼寝から目覚めて、小説を書き始めた。これも目標に掲げている項目なので、頑張って取り組まなければと気合を入れて、パソコンの前に座った。
一日の目標枚数を十枚と決めて書き始めた。
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