課外授業はダージリンの香り

沙月Q

試験は終わった……

「また赤点とったのかよ……」


 隣の席でリンが顔をしかめた。

 彼女の名前はリン・カンバータ。

 黒髪に褐色の肌。

 額には赤い星のようなビンディ。

 メガネの奥で光る瞳は少し青みがかっている。

 うちの高校では数学の成績No.1の秀才だ。

 そして俺は剣道部の部活にかまけて、数学では赤点以外取ったことのない凡才だ……


「うるせーな、ダージリンはよ……」

「ダージリンて呼ぶな!」

 小さな拳がコツンと俺の頭を叩く。

 日系インド人のリンは、出身地と本名を掛け合わせたあだ名で呼ばれている。

 頭をかく手から落ちた俺の中間テストの答案を、リンはひったくった。

「だいたい、なんだよこれ。二項定理とか全然わかってないんじゃね?」

「にこ……なんだっけ?それ」

「あーもー、呆れてものも言えない! 今日の放課後から特訓な!」

「特訓!? 数学の? なんでお前に教わんなきゃなんないんだよ!」

「数学の伊野先生に頼まれたんだよ。お前の面倒見てくれってさ」


 かくして俺はリンの課外授業の生徒になった。


 先生が信任するだけあって、リンの教え方は上手だった。

 俺はジリジリとではあったが少しずつ理解を深め、期末テストではなんとか赤点を脱した。

 俺はリンに、素直に謝意を示した。

「恐れ入りました。さすが数学の民、ダージリン。インド人の血を引いてるだけのことはあるな」

「バカ!」

 リンは本気で怒っていた。

「そんなのは俗説だ! インド人だから数学に強いんじゃない! お前は日本人だから剣道やってるのか! あたしだって最初は苦手だったんだ! だから一生懸命勉強したんだよ!」

 見るとリンの瞳には涙がにじんでいた。

 それを見た俺は、彼女の努力がどれだけ苦く大きいものだったか悟った。

「……ごめん」

 

 リンのおかげで俺は補習を受けることなく、剣道の稽古に集中できた。

 一つの疑念を抱きながら。

 

 俺は、リンが数学でしたほどの努力をしているだろうか?


 対抗試合のある夏休みの直前、俺は意外な事実を知った。

 伊野先生はリンに俺の個人授業など頼んでいなかったのだ。

 彼女は自主的に講師を引き受けていた……なぜ……


 俺はファミレスのドリンクバーでダージリンのティーバッグをむきながら考えた。

 こんなものを飲んでわかるはずもないのに……

 しかし、ちょっとでもリンの気持ちに近づけるかもという思いで、俺はダージリンに口をつけた。

 苦いようでさわやかな香りが俺の鼻孔をくすぐる。

 もしかしたら……

 

 モヤモヤした思いを抱えながら、対抗試合に臨んだ俺は、先鋒として初戦に臨んだ。

 竹刀を構えて立ちあがろうとしたその時、俺は正面の観覧席にリンがいることに気づいた。

 こっちを向いて何か叫んでいる。

 俺はモヤモヤを吹っ切って決めた。

 とにかく一本取る!

 そして彼女に聞くのだ。

 なぜ俺に課外授業をしてくれたのか。


 もし、俺の思った通りなら……


 審判の声が響いた。


「はじめ!」



 完

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課外授業はダージリンの香り 沙月Q @Satsuki_Q

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