阿部-河童の話

 教育学部三年の阿部です。


 私、小学校の夏休みの自由研究で河童のこと調べてたんですよ。

 たぶん今みなさんが頭に思い浮かべてるそれで合ってます。頭に皿があって相撲取るやつです。きゅうりをむしゃむしゃ食べるあれです。


 きっかけは祖父の家に預けられた時に、近くの山にも河童がいたっていう話を聞いたことですね。どっちかっていうと負の側面というか、あまりいいことじゃないみたいな感じだけど、うちの周りにも河童いるなぁって、ぽつりと呟くことがあって。

 それ以上深く聞こうにも答えてくれないし、なんでしょう、タブーじゃないけど自分から言いたくはない、みたいな曖昧な濁しだったのが余計に興味を惹かれました。

 それで、興味もあったし調べたのをまとめれば宿題も片付くから一石二鳥だと思いまして。近くの図書館とかで郷土史とか漁ったりして調べつくしました。なにぶん田舎で特にやることもなかったので。


 最初は妖怪の特徴まとめみたいな感じをベースに構成を考えていたんですけど、この地域での目撃時期を見るとどうも近くで戦があったのと同じあたり。そして夜に祖父と一緒に見た時代劇に出ていた髷を解いたお侍さんの髪型を見て、点と点が線になったような感じがありました。


 皿があったのではなく頭頂部を剃っていたのではないか。

 甲羅があったのではなく鎧がそう見えただけではないか。

 くちばしがあったというのは瘦せこけた顔がそう見えたのではないか。

 きゅうりを好むというのは水分が取れてなおかつ持ち運びがしやすく潜伏の邪魔にならないからではないか。

 相撲を取っていたのではなく、落ち武者が村に寄り付かないように大人たちが追い出して押している姿だったのではないか。

 祖父が渋っていたのはそれがうちの家系にまつわるなにかだったりするからではないか。

 話したがらないけど否定もしない態度は、子供には聞かせられない話で、将来的には聞かされる話だからではないだろうか。

 次々と自分の中で納得がいく理由が見つかっていき、根拠も何もないのにこれが真実だと決めつけてはしゃいでいました。


 そんな風に文献からある程度の知見を得て、あとはフィールドワークだと山に入って川辺を見て回りました。あわよくば鎧の欠片とか落ちてないかなって。もちろん、数百年前のものが落ちてるわけもなくて、散策に飽きてからは川でぱちゃぱちゃ水遊びしたり、水切りしたりして遊ぶのがメインになってましたね。子供の興味なんてそんなものです。

 空がだいぶ橙色になってきて、もう帰らなきゃなって思ったとき、急に違和感を覚えたんですね。周囲がやけに静かなんです。蝉の鳴き声も、他の虫の鳴き声も、なんにもしないんです。

 だから、おかしいな、と立ち上がって、ふっと、川の向こう側に目をやったんです。


 緑の人影がありました。


 でも、河童じゃないって思ったんです。

 河童や、鎧武者は目に焼き付くぐらい熱中してたので、それなら見間違えるわけがないんです。

 木でも草でもなくて、緑の人影としか言えないような何かでした。

 頭があって、胴体があって、そこから手足が生えてる。不自然なのは色合いと大きさだけでした。たぶん私と同じぐらいの背丈、小学生と同じぐらいの体格で、頭と手足が少し大きい、胴体だけサイズを間違えたようなもので、顔はさらに濃い緑で塗りつぶされたようになってて。


 そこまで考えて、ようやく、こんな風に観察してる暇ないって逃げ出そうとしました。山に入る前に熊とか動物とかに会ったら、刺激しないように背後を確認しながら後ろ歩きで離れろと祖父に言われていたので、その通りにしたんです。

 背後を確認して、もう一度正面を見たら。


 眼前に、いました。

 目の前が緑に埋め尽くされて、気を失いました。


 ……気が付いたら家で布団に寝かされてました。夜になっても帰ってこない私を探しに来た祖父が川の近くで倒れていたのを見つけてくれたそうです。熱中症も疑われましたが気絶してる以外は健康そのもの、怪我もなかったみたいです。

 だから、そのまま祖父に聞いたんです。緑の変なものを見たって。

 そしたら、不思議そうな顔をして祖父は言いました。


「河童だろ?あれは河童だよ」って。


 怖かったんです。

 なんで、そんなわざとらしくとぼけたような言い方をしているのか。

 なんで、何かに怯えるように周囲を見渡しているのか。

 なんで、周囲から蛙の鳴き声も、何の音もしないのか。

 それが、なんとなく、わかってしまったから。

 たぶん、いるんだ、ってわかったから。


 うん、そうだね。あれは河童だった。


 そう言った瞬間、蛙の鳴き声が聞こえてきて、祖父の顔も安堵で緩んで、二人で抱き合って、河童だ、あれは河童だって言い続けてました。


 自由研究は結局河童の特徴や生態を紹介する内容に変えました。

 だって、河童だってことにすれば許してくれてるんだから。落ち武者って扱ったら、どうなるかわからないから。

 祖父のあの態度にも合点がいきました。危険性は伝えなければいけないが、それを破ったら大変なことになるのなら、実際に行き会うまで黙っていた方がいい。匂わせる程度にして、あれを河童だと扱うようにした方がいい。そうだと納得したので、私はそれ以上追求しないことにしました。


 以上、河童……河童の、話です。


 次の方、どうぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る