第2話 風紀委員長

 どうやって家に帰ったのかわからない。

 気づいたら家にいた。


 パジャマ姿でベットにいることから、シャワーを浴び、着替えたことだけはわかる。


 習慣とは恐ろしいものだ。

 意識がない中でも体が動くのだから。


 幸か、不幸か、俺は一人暮らしをしている。

 家族に落ち込んでいる姿を見られる心配はない。


 親に頼み込み、生活費は自分で稼ぐ約束で一人暮らしを始めた。


 明澄華あすかとの生活を考えてのことだったが、結果は虚しいものだった。


 明澄華あすかとは半同棲状態だったが、あれ以来、当然と言うべきか、明澄華あすかが俺の家に来ることはなかった。


 室内をよくよく見てみれば明澄華あすかの私物はすでになく、ザ・独り身の部屋と化していた。


 唯一、残されていたのは中学卒業記念でふたりで購入したペアのブレスレットだが、俺が捨てた。いらないから置いていったんだろうからな。


 これから明澄華あすかなしの生活が続くのかと思うと胸が締め付けられる思いだ。


 ――ピンポーン!


 呼び鈴が鳴らされた。

 出る気になれない。


 無断で学校をサボり、着信すら無視しているからそのせいだろう。


 ――ピンポーン!


 無視だ、無視、無視。


 ――ピンポーン!

 ――ピンポーン!

 ――ピンポーン!


「やかましい!」

「どうも、あなたが九条くじょう史識ふみのりね」

「どうも……」


 あまりにも見当違いな人物がそこにいて、度肝を抜かれた。


 来るとすれば、親か、教師か、クラスメイトか……そこら辺だと思っていたが、来たのは上級生。リボンの色からして3年生か。


「私は風紀委員長の西城さいじょう可蓮かれん……お邪魔してもよろしいかしら?」

「風紀委員長の西城さいじょう可蓮かれん? ……あ、はい……」

「失礼するわ」


 風紀委員長がなぜ俺の家に?

 そんな疑問はあるも、疑問はそれだけではない。


 俺が通う高校は自由な校風で髪色だって何でもありだ。

 だから別に腰まで伸びた長い髪を金色に染めていても不思議ではない。

 化粧だってギャル仕様だ。


 問題はその人物が風紀委員長だと言うことだ。

 見た目と口調がミスマッチなのも気になる。


 見た目はギャルなのに、口調は清楚だ。背筋だってスラっと伸びていてどこぞのお嬢様のようだ。


 違和感しかない。

 西城さいじょうをローテーブルがある居間に通してから問う。


「地毛、ではないですよね?」

「見た目で人を判断するのかしら? 九条くじょうくんは」

「いや、いえ……すみません」

「まぁいいわ。単刀直入に言うわよ。あなたが学校に来なくなった原因はいけ会長?」

「あ、はい……」


 思い出したくもない人物の名を聞き、胸糞悪くなる。


「そう、やはりね」

「やはり?」

「最近多いのよ。突然、学校に来なくなった原因がいけ会長であること」

「そうなんですか!?」


 被害者は俺だけではないらしい。

 不謹慎だが、心の荷が軽くなるのを感じた。


「なんとしてでも証拠を掴んでとっちめてやりたいところだけど、やり方が巧妙で、なかなか尻尾を掴めずにいるのよ」


 万策尽きたと言わんばかりの困り顔を披露する。


「そこで、なんだけど……」


 嫌な予感がする。


「あなたに手伝ってもらいたいの」


 やはりと言うべきか、面倒な頼み事だ。

 すぐに断るのも失礼な気がして熟考する素振りをみせる。


 ぐっ〜!


「お腹が空いているのかしら?」

「そういえば随分と食事を摂ってない気がする」

「なにか作りましょうか?」

「いや、いい。どうせそれを理由に断りづらくするつもりだろ」

「そんなことしないわよ。それと、これとは話が別ですもの。いけ会長に傷つけられた結果の空腹だってことも理解してるわ」


 そう言われればそうか。


「なら、お願いしようかな」


 何日も食事を摂ってないことを考えていたら、急に全身に力が入らなくなってきた。


 変に気張るより、人を頼った方がいいと判断した俺は目の前の人物に頼ることにした。


「それじゃ、台所を借りるわね」

「ああ、でも――」


 材料がないと言おうとしたが、お見舞いよろしくどこからか、たまねぎやら、にんじんやら、材料が出てくる。


 他にも被害者がいると話していたあたり、今回が初めてではなく、何人も見舞いをしているのだろう。


 材料はおろか、調理器具まで揃えていた。

 どこから取り出したのかと見てみれば、キャリーバッグからだ。


 精神的なショックと、空腹からか、彼女がキャリーバッグを持ってきていることすら気づいていなかったんだ。


 その事実を知って、なお一層の疲労を感じる。


「どうかしたのかしら?」

「……いや」


 大人しく待っていると、とろとろ卵のオムライスが提供された。

 ケチャップで「願」と書かれていた。

 圧がすごい。


「冷めないうちに食べたら?」

「いただきます」


 書かれた文字は気にせず食べることにする。ケチャップであることに変わりはないからな。


 何日も食事を摂っていなかったからだろう。

 今まで食べたどんな料理よりもおいしく感じた。


「ごちそうさま」

「食べたわね。それじゃ私の言う事を聞いてもらおうかしら」

「それはないんじゃなかったのか?」

「冗談よ。でも、考えてもらえるかしら? こうしている間にも被害者が増えてるの」

「そうだな。俺になにができるのかわからないが考えとく」

「そう。いい返事を期待しているわ」


 そう言いつつ、連絡先が記載された名刺をローテーブルに滑らせ、差し出してくる。


 名刺まで作ってあるとは。

 いっちょ前に社会人気取りか?


「あなたが協力してくれたら解決したも当然だから」

「買いかぶり過ぎだろ」

「それじゃ、今日は失礼するわね」


 俺が協力する理由はない。


 たとえ、いけに仕返しできたとしても、明澄華あすかにフラれ、傷付けられた事実は変わらない。


 得られる報酬――お金だってない。

 引き受ける理由がない。


 モニター3台設置された仕事部屋に移動し、西城システムズから依頼された仕事に取り掛かる。


 プログラマーとしての仕事だ。

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