変わりゆく土地

春の陽気が日に日に増していく中、村では新しい徴税制度の導入が始まっていた。エドマンドは領主の館の執務室で、羊皮紙に書かれた記録を見つめていた。エレーヌは窓際に立ち、外の畑で働く農民たちを観察している。


「この四軒は、まだ新しい査定額を納められていない」エドマンドは静かに告げた。「ジョンの家は、母が病気で薬代がかさんでいます。ウィリアムは、種まきの時期に工具が壊れて...」


「個々の事情は理解できる」エレーヌは振り返って言った。「しかし、制度は全ての者に平等でなければならない。例外を作れば、すべてが崩れてしまう」


その時、執務室の扉が開き、マチルダが慌ただしく入ってきた。「エレーヌ様、村の南側で揉め事が」


三人が現場に着いたとき、そこには小さな群衆が集まっていた。中心には、年老いた農夫と若い徴税吏が対峙している。


「何が起きている?」エレーヌが問いかけた。


「この老人が、新しい納付期限を守らないと言うのです」若い徴税吏が答える。「規則では、今週中の納付が...」


「待ってください」エドマンドが老人の方に向き直った。「アルフレッド、どうしたんです?」


「若様」老人の声は震えていた。「私の畑は北斜面にあって、他より雪解けが遅い。まだ種まきもできていないのに、どうして今の時期に...」


エレーヌは黙って老人の言葉に耳を傾けていた。その青い目に、何かの理解の色が浮かんだように見えた。


「マチルダ」彼女は侍女を呼んだ。「この地域の土地台帳を持ってきてくれ」


台帳が届くと、エレーヌはエドマンドと共にそれを広げた。そこには、代々の領主が記録してきた、各農地の特徴が細かく書き込まれていた。


「北斜面の畑...」エレーヌは記録に目を走らせる。「確かに、ここには春の耕作開始が通常より二週間遅れると書かれている」


彼女は若い徴税吏の方を向いた。「新制度には、土地の特性に応じた納付時期の調整項目を設けることにしよう」


エドマンドは驚いて彼女を見た。エレーヌは続ける。「効率的な制度とは、現実に即して機能するものでなければならない。これまでの記録には、その知恵が詰まっているのかもしれない」


老人の表情が和らいだ。群衆からもほっとしたため息が漏れる。


「エドマンド」エレーヌが声をかけた。「明日から、古い記録と新しい制度を照らし合わせる作業を手伝ってくれないか。お前の土地についての知識が必要だ」


夕暮れの光の中、人々は静かに散っていった。エドマンドは立ち去るエレーヌの後ろ姿を見つめながら、変化は必ずしも破壊を意味するわけではないのかもしれないと考えていた。


新しい秩序と古い知恵。その二つは、おそらく相容れないものではない。それを証明できるかどうかは、これからの彼らの努力にかかっているのだ。


修道院の写本室は、静謐な空気に包まれていた。朝日が高い窓から差し込み、机上に広げられた羊皮紙を柔らかく照らしている。エドマンドとエレーヌは、一つの写本を挟んで向かい合っていた。


「この『動脈について』という箇所ですが」エドマンドがラテン語の文章に指を置く。「心臓から血が送り出されると書かれています」


「ああ」エレーヌが身を乗り出す。「サレルノの医師たちは、血の流れについて新しい説を唱えています。心臓は、水車のように血を送り出すのだと」


エドマンドは興味深そうに顔を上げた。「水車のように?」


「ええ」エレーヌは手元の羊皮紙に簡単な図を描き始めた。「見てください。水車が水を汲み上げるように、心臓は血を送り出す。その血は体中を巡って...」


彼女の説明は途中で途切れた。エドマンドが別の写本を取り出していたのだ。


「これは」エドマンドは古い写本を開く。「五十年前に、この修道院で記録された薬草医の観察記録です。ここに、傷を負った兵士の脈が、潮の満ち引きのように規則正しく打っていた、という記述があります」


「潮の満ち引き...」エレーヌは考え込むように言葉を繰り返した。「同じ現象を、異なる方法で理解しようとしていたのですね」


二人は、しばらく沈黙して写本を見つめた。部屋の中には、羊皮紙の香りと、遠くで聞こえる聖歌の響きだけが漂っていた。


「私の故郷の修道院では」エレーヌが静かに語り始めた。「アラビアの医学書を、必死で翻訳していました。新しい知識を得ようと」


「この修道院でも」エドマンドが応じる。「長年の観察と経験を、丹念に記録してきました。人々の命を救うために」


「知識は、時として異なる道を通ってくる...」エレーヌはブライアン神父の言葉を思い出したように呟いた。


その時、一陣の風が窓から吹き込み、机上の羊皮紙をめくった。現れたページには、美しい装飾文字で書かれた祈りの言葉があった。


「これは」エレーヌが目を細める。「なんと美しい文字でしょう」


「この写本を作ったのは」エドマンドが懐かしむように言った。「私の師匠です。彼は常々、美しい文字には魂が宿ると...」


「そうですね」エレーヌは装飾文字を見つめながら言った。「知識を伝えることは、単なる情報の移動ではない。そこには、書き手の祈りや願いが込められている」


エドマンドは、彼女の横顔に浮かぶ柔らかな表情に、新たな一面を見る思いがした。戦場で鍛えられた騎士の中に、こうして静かに美を愛でる心が息づいている。


「次のページを」エレーヌが言った。「一緒に読んでみましょう」


陽光は次第に高くなり、写本室の空気はますます明るく澄んでいった。二人の間で交わされる言葉は、もはや単なる翻訳作業の域を超え、互いの文化と知識を分かち合う対話となっていた。それは、新しい何かが生まれる予感を孕んでいた。


夕暮れ時の村は、普段なら穏やかな帰路につく人々の姿で満ちる時間だった。しかし、この日は違っていた。市場の広場に集まった村人たちの声が、次第に大きくなっていた。


「なぜ市場の場所を変えなければならないのだ?」

「代々使ってきた場所だぞ!」

「新しい場所は不便すぎる!」


怒号が飛び交う中、エドマンドは事態を見守りながら、エレーヌを待っていた。彼女は領主の館で緊急の評議を終えたところだった。


ロベールを従えて現れたエレーヌの表情は厳しかったが、その青い目には疲れの色も見えた。「状況は?」


「市場の移転に反対する人々が集まっています」エドマンドが説明する。「特に、川沿いの古い市場を使ってきた商人たちが...」


「新しい場所の方が、管理がしやすい」エレーヌが言った。「税の徴収も効率的になる」


「しかし」エドマンドは慎重に言葉を選んだ。「古い市場には、もっと深い意味があるのです」


その時、群衆の中から一人の老婆が進み出た。エドマンドは彼女を認めた。村で最も古い織物商の一人、メアリーだった。


「若様」メアリーがエドマンドに向かって声を上げた。「あなたなら分かるはず。あの市場は、私たちの母や祖母の代から...」


エレーヌが制止しようとしたが、エドマンドは静かに手を上げて老婆の言葉を遮らなかった。


「あの場所では」メアリーは続けた。「春には花売りが集まり、夏には漁師たちが新鮮な魚を、秋には...」


「季節ごとの市の様子を」エドマンドがエレーヌに向かって説明を始めた。「詳しく聞いてみませんか?」


エレーヌは一瞬躊躇したが、やがてうなずいた。その判断の速さに、エドマンドは内心で感心した。


「皆さん」エドマンドが声を上げる。「市場について、領主様にお話ししていただけませんか?特に、季節ごとの市の特徴を」


最初は遠慮がちだった声も、次第に活発になっていった。春の花市、夏の魚市、秋の収穫市...それぞれの季節の市が持つ意味が、次々と語られる。


エレーヌは黙って話を聞いていたが、やがて目を輝かせた。「分かった。市場は移転せず、拡張することにしよう」


群衆から驚きの声が上がる。


「古い市場は季節の市に使い」エレーヌは続けた。「新しい場所は、日々の取引に。二つの場所を使い分けることで、伝統も効率も、両方を守れるはずだ」


メアリーの顔に安堵の表情が広がった。他の村人たちからも、同意を示すようなつぶやきが聞こえ始める。


「ただし」エレーヌは付け加えた。「新しい管理方法は導入させてもらう。エドマンド、商人たちへの説明を手伝ってくれるか」


「はい」エドマンドは頷いた。彼は、エレーヌの解決策の巧みさに感心していた。それは単なる妥協ではなく、新しい可能性を開くものだった。


夜の帳が降りる頃、広場はようやく静けさを取り戻した。月明かりの下、エドマンドとエレーヌは並んで立っていた。


「今日は、良い解決策を見つけられましたね」エドマンドが言った。


「お前のおかげだ」エレーヌは月を見上げながら答えた。「人々の声を聞く機会を作ってくれて」


静かな夜気の中、二人は伝統と革新が織りなす新しい調和の可能性を感じていた。それは、まだ始まったばかりの長い道のりの、最初の一歩に過ぎなかったが。

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