第37話 番外編 過去の光 ルイスサイド


初めてミュリエルと出会ったのは、チェスターが城へとミュリエルを連れてきたことだった。

ルイスが18歳。ミュリエルが15歳の時だった。


「チェスター。そちらは?」

「これはルイス様。こちらは、バロウ伯爵家の遺物持ちであるミュリエルです」


小柄で、どこか陰のある令嬢だった。第一印象はそう思った。


「初めまして。ミュリエル・バロウです」


両手を揃えてお辞儀をするミュリエルに、違和感があった。


(王族に向けての挨拶を知らないのか?)


そう思ったのはルイスだけでなくて、チェスターがミュリエルに優しく教えた。


「ミュリエル。ルイス様は、殿下であらせられる」

「殿下?」

「そうだ。だから、王族に向けての挨拶は、ドレスを持ち膝を曲げるのだ。そして、お会いできて光栄です、と言うのだよ」


挨拶の仕方を知らなかったミュリエル。チェスターが教えると慌てて挨拶をやり直しいていた。


「ミュ、ミュリエル・バロウです。殿下にお会いできて光栄です」

「俺はルイスだ。初めまして。ミュリエル嬢」


やり直した挨拶。緊張しているのが見て取れる。でも、違和感は拭えない。遺物持ちは、登城することも多いのに、ミュリエルなど知らなかった。今も挨拶すら知らない。

バロウ家の現当主は遺物持ちではなかったからだろうか。そして、遺物持ちには、どこか優越感を得る者もいた。貴重で遺物持ちは家系を途絶えさせないことが必須なアルドウィン国で、こんなに大事な遺物持ちが、初めて来た城に戸惑っていることが不思議だった。


「申し訳ございません。ミュリエルは……その、城に来たのは初めてで……王族にお会いするのも初めてなのです」

「珍しいな……遺物持ちなら、一度は陛下にお目通りをしなければならないはずだ」

「そのつもりです。近いうちに謁見することになるでしょう。今回は、その前に一度城を見せてやろうと思い、私が連れてきました」

「バロウ家の当主はどうした?」

「……今は、領地へと帰っておられます。その間だけでも、ミュリエルの様子を見ているのですが……」

「それで、城へと連れて来たのか?」

「まぁ、私も仕事でずっとは一緒にいられませんので……」


まるで、子守りだと思った。


「バロウ家の遺物は『魔眼』だったな。それで、隠していたのか?」

「ミュリエルの遺物は、思いのほか強力なようで……遺物持ち以外は近づかないようにしているそうです」

「そうなのか? ミュリエル嬢」


ミュリエルに声を掛けると戸惑いながらチェスターを見上げた。チェスターは、そっと頷いて話すように促す。


「わ、私の『魔眼』は、自分の意図しない時にも顕現することがありまして……」


そう言いながら、今も顔が隠れるようなヘッドドレスを押さえていた。そのヘッドドレスを失礼と言って目が見えるように上げた。


「気にすることはないのではないか?」

「意味もなく人を操りたくないのです……」

「そうか……だが、俺は大丈夫だ」


可愛らしい二重瞼の大きな眼を持つミュリエル。可愛いと思えた。思わず、言葉に詰まる。


「……」

「ミュリエル。ルイス様も遺物持ちだ。彼はクラウソラスと言う遺物を宿している」


チェスターが言う。


「クラウソラス……光魔法が宿っている?」

「ああ、知っていたか? 俺は剣よりも、魔法が得意だが……」


そう言うと、ミュリエルがホッとしたように笑みを零した。


多分それからなのだろう。一目惚れに近いものがあった。ミュリエルが気になって、また会いたいと思えた。


チェスターに聞けば、ミュリエルはバロウ家で良い待遇ではなかった。虐げられていたのだという。遺物持ちが優越感を得る者がいると同時に、遺物持ちではない家族は劣等感を持つ者もいる。それが、バロウ家では顕著に表れていた。


ミュリエルは遺物持ちだからといって、優越感に浸ることはなかった。

それが、バロウ家の家族の癪に触ったのだろう。まるで、自分たちを馬鹿にしているように感じたのだと、後から知った。


それから、チェスターはミュリエルの両親が領地から帰って来るまで、毎日のようにミュリエルを連れて来ていた。


「チェスター。今日は、ミュリエル嬢と一緒ではないのか?」

「ミュリエルでしたら、騎士団の庭で遊んでいます」

「そんな子供のように……」

「まだ、子供でしょう?」


チェスターからすれば、ミュリエルも自分もまだ子供に見えたのだろう。だから、チェスターは、ミュリエルとルイスが恋人になるのに気づくのが遅れた。


「ミュリエル嬢に会いに行ってもいいか?」

「ああ、ルイス様がお会いできれば、きっとミュリエルも喜びます。ずっと一人だったようで……」


チェスターからすれば、寂しいミュリエルに友人でもできればいいぐらいの軽い気持ちだったのだろう。


でも、ルイスには違った。ミュリエルが気になって彼女に会いに行けば、それが確信に変わった。


騎士団の隅にある小さな庭で一人スライムと戯れるミュリエルが可愛いと思えたのだ。


「それは、魔物か?」

「ルイス殿下!?」


慌ててスライムをドレスの中に隠そうとするミュリエルが可笑しくて、思わずくすりと笑った。


「あ、あのっ、お会いできて光栄です」


先日、チェスターに教えてもらったようにミュリエルが緊張しながら挨拶をする。そのドレスの下からはスライムがひょっこりと出ていた。


「スライムが出ているぞ」

「……っ! ルキア!」

「ルキア? そのスライムはルキアと言うのか?」

「は、はい! でも、とってもいい子で……」

「安心しなさい。害のない魔物を討伐する理由はない」

「本当ですか?」

「ああ、君に誓おう」

「良かったです……ルキア。よかったわね」


ルキアと呼んだスライムをミュリエルが抱っこして大事に慈しむ。なんだ、笑えるではないか。

そう思った。


「俺にも見せてくれるか?」

「はい。とっても可愛いのです」


可愛いのは、ミュリエルだと思えた。


それから、何度もミュリエルと遊んだ。婚約者もいなかった自分には、なんのしがらみもなかった。そうでありたかった。ミュリエルと自分が遺物持ちであることを除けば。


ミュリエルが好きになればなるほど、バロウ家に嫌悪感が募っていった。


夜会に来れば、迷わずにミュリエルの手を取りたい。でも、自分の周りには、いつも妃になりたいと思っている令嬢たちに囲まれるだけだった。それを、作った笑顔で交わすことが日常。

そして、夜会にやって来るバロウ伯爵とその息子。一度も好意に持てないままで、月日が過ぎていった。


「……今夜もミュリエルがいなかった。なぜ、夜会に連れて来ないのだ?」


苛立ちに似た気持ちでチェスターに聞いた。チェスターは、怪訝な表情で一呼吸間を開けていた。


「……いつから、ミュリエルを呼び捨てに?」

「さぁ、いつからだっただろうか」


素知らぬ顔で言う。


「そのミュリエルのデビュタントも近いのではないか?」

「バロウ伯爵家には、社交界デビューはさせるようにとは進言しております」

「そうか……では、デビューを楽しみにしよう」


この頃から、チェスターはルイスとミュリエルの二人を疑っていた。でも、確信がない。二人ともが遺物持ちであり、その重要性を知っているからだ。


だけど、ミュリエルがデビューすることはなかった。デビュー直前にミュリエルの『魔眼』が顕現したために急いで逃げ帰ったのだった。


周りはルイスとミュリエルを疑い始めた。ルイスがミュリエルのデビューのエスコート役を買って出たからだった。だけど、大っぴらに噂ができるはずもなかった。噂がただの噂で、間違っていれば王太子殿下の名前を傷を作ることになる。


そして、ルイスと出会って一年。ミュリエルが別れをしようとした時に、ルイスとの逢引きを見つかってしまった。


バロウ家では、ミュリエルは監禁されるだけ。それは、我慢のならないことだった。だから、ミュリエルをグリューネワルト王国へと逃がした。


そして、戦でいなかったゲオルグがいつしかミュリエルを好きになっていた。


ミュリエルも、同じ気持ちなのだろう。


ミュリエルを正妃にできなくとも、誰にも渡したくなかった。自分には、ミュリエルを後宮に入れるしか道がなかった。


ミュリエルを後宮に入れるためには、結婚をする必要があった。アルドウィン国では、後宮を持てるのは、既婚者だけと決められていたからだった。


そして、ミュリエルを手放した。



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