第36話 気付いてしまったので


__夜になれば、ゲオルグ様が来る。


改めて言われると緊張してしまう。そして、あっという間に夜になっている。


「それにしても、すごい部屋ですわね。部屋中に花がいっぱいですわ」

「すべて、陛下から贈られたものですよ。セレスさん」


私の夜の支度に来たセレスさんが驚いて言う。

ゲオルグ様は、アルドウィン国から帰還してから、毎日のように花を後宮に届けていた。ゲオルグ様自身は来られなくても。


「それにしても、セレスさんは手際がいいのですね」

「お褒め頂いて嬉しいですわ」


アニータに合わせてテキパキと動くセレスさんに感心する。


「夜の支度は娼館で覚えました」

「娼館で?」

「不愉快でしたら、申し訳ないです」

「そんなことないです! あれから気になっていましたし……」


私たちがならず者を追い払っても一時的なことだった。だけど、何もできないでいるうちにアルドウィン国に里帰りすることになっていたのだ。セレスさんは、ふふっと笑顔を浮かべてドレスを片付けながら話し出した。


「娼館でも、まだ客を取る覚悟がなくてね……何とか客を取らないように残ったドレスや宝石を売って凌いでいました。それでも、仕事をする必要があるので、姉さまたちの支度を手伝っていたんです。いわば、娼館の下働きで凌いでいたんですよ」


それで、夜の支度は得意になったと言う。


「いよいよダメだという時に、陛下の部下であられるリヒャルト様が来られましたの」

「リヒャルト様が?」

「ええ、私を調べていたそうで……それで、借金をすべてキレイのしてくださって、ミュリエル様がアルドウィン国からお帰りになるまで、城で行儀見習いとして侍女になるために働かせて下さったのです。働けばお給金も下さると言うので、メイドも何でもしましたわ」


セレスさんは立派だ。泣き言ひとつ言わないで、ひたすらに働いている。そのせいか、アニータに仕事を押し付けることもなく上手くやっている。


「尊敬します」

「尊敬されるようなことでは……売られるまでは、貧乏な令嬢ぐらいでしたもの。あの時に今のように頑張っていれば、没落することはなかったと思います。遺物持ちだとすら気づかないのん気な令嬢でしたわ」


はははと自嘲気味に笑うセレスさんを見て、アニータも笑みを零した。


「では、私たちはこれで下がります」

「はい。ありがとうございます。ゆっくりと休んでください」

「ありがとうございます。朝食はこちらにお運びしますね。セレスさんなら、部屋に入れるそうですので……」


起床時に勝手に『魔眼』が顕現することを懸念して今まで部屋に食事を運んでもらうことはなかった。でも、セレスさんはそんな心配はいらないという。


そうして、二人が仲良く部屋を出ていった。



部屋でゲオルグ様を待っている。深夜になるが、さすがに今夜まで寝る気にはなれない。


すると、部屋の扉がそっと開いた。


「ミュリエル。起きていたのか?」

「今夜は、必ず来るとおっしゃりましたので……」

「ルキアはどうした?」

「今夜は別の部屋で寝させました」


部屋の扉が静かに閉まると、ゲオルグ様の足が止まっていた。


「ゲオルグ様。会えて嬉しいです」


ゲオルグ様に近づくと、彼が大きな花束を持って近づいてきた。


「ミュリエル。これを君に……」

「真っ赤です……」

「赤いバラ一色を女性に贈ったのは、ミュリエルが初めてだ」

「……」


気恥ずかしさがありながらも、嬉しいと思える。頬が紅潮すると、ゲオルグ様が抱き寄せて来た。


「やっとゆっくりと会えた。忙しくてすまないな」

「そんなことありません。今日も、忙しいところ来てくださって、嬉しかったです」


照れながら言う。少しだけ身体が強張っていた。今までは、ゲオルグ様に好きになると言われても、後宮にいる義務で召されるのだろうと、決意していたけど、今は違う。


そんな私にゲオルグ様が気付いている。


「緊張しているのか?」

「初めてですし……ゲオルグ様が好きだと気付いてしまったので……」

「俺もミュリエルが好きだと気づいた。少し遅かったが……」

「気づいてなかったのですか?」

「どうしたものかと思っていただけだ……好意はあったことはわかっていたのだが……」


ルイス様に気を遣っていたということだろうか。


「……信じてないのか? だが、戦に行ってからずっと気にしていた。今でも、ミュリエルからの手紙は大事にしてある」

「手紙を?」

「あれには癒された。俺の宝だ」


戦中にやり取りしていた手紙は、私にとっても大事なものだった。


「ゲオルグ様。私も大事に手紙を取ってあるんです」


こちらにと言って、ゲオルグ様の手を引いて机へと招いた。机の下にある箱を出して開けると、戦中にやり取りした手紙がいっぱいに詰まっていた。


「私も癒されました。ルイス様が頼んで用意した逃げ場所でしたが、私には楽園のようでした。一人になって、自分の気持ちも整理できましたし……グリューネワルト王国に来られて良かったと何度も思いました」


「そうか……では、一生グリューネワルト王国にいてくれるか?」

「いてもいいのですか?」

「ミュリエルは、正妃にする。俺と結婚してくれるか? 側妃ではなく、王妃になって欲しい」

「本当に?」

「他の女性は考えられない。ミュリエルだけが欲しい」

「嬉しいです」


ゲオルグ様の顔が近づいてくる。そっと目を閉じれば、口付けをされて、彼の後頚に手を回した。


「でも、正妃は少し待ってくださいね。今の私はまだ、何もできません。正妃になるための努力をしないと……」

「そうだな……まずは、街で迷子にならないように頑張るか?」

「そ、そうですね。ルキアにも、街の地理を覚えてもらいます」

「ルキア頼みだな」


意地悪そうにゲオルグ様が言いながら、私を抱き上げた。そのまま、ベッドへ下ろされると、ゲオルグ様が私に覆いかぶさってくる。


そうして、ゲオルグ様と一夜を過ごした。




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