第15話 後宮での生活
「では、後宮のお仕事はアニータに何でもお聞きください」
「メイドにですか?」
レスリー様が笑顔のままで眉根にシワを寄せて言う。
「そうですけど……」
「私たちは、令嬢ですわ」
「でも、そのために高級に女官や使用人をお願いしましたので……もしお嫌でしたら、他の方をお願いします」
「まぁ、それは困りますわ。そうですわね……私たちは、ミュリエル様の夜伽のご準備をお手伝いいたしますわ」
「私は、事情があって誰もつけられないんです。すみません」
「では、陛下がお越しの時はどうされるのですか?」
「そ、それも自分でいたしますので」
「では、陛下がお越しの時はどうぞ私をお呼びくださいね」
「レスリー様を、ですか?」
「ええ」
にこりとレスリー様が言う。すると、他の令嬢たちも「レスリー様が言いにくいようでしたら、私に」と次々にと言う。
「では、必要があればお呼びします。その時はどうぞよろしくお願いいたします」
そうして、今日から後宮には女官がやってきたのだった。
♢
__数日後。
部屋で一人で本を読みながら休んでいると、ひょっこり出てきていたルキアがまた隠れた。
「ルキア? どうしたの?」
まさか、と思う。臆病なルキアはあまり人の前には出ないのだ。それでも、この二年でアニータと料理人の前には出られるようになったのだけど……。
バルコニーに出ると、後宮の庭園をレスリー様たちが散策していた。
「まるで後宮見物ね……私も来た時は一人で散策をしたから、それと同じかしら?」
でも、何か違うという違和感はある。
「くるぅぅ」
「ルキア。お腹が空いたの? 何かおやつを頂きに行きましょうか?」
「きゅ!!」
ルキアを肩に乗せて行くと、後宮は増えたメイドが忙しそうに掃除をしていた。廊下を歩く私を見ると、メイドたちが手を止めて頭を下げる。なんだが緊張する。慣れない貴族のような生活に戸惑いはある。でも、ゲオルグ様が来る後宮を私の都合で殺風景なものにはできない。そう思えば、自分が慣れるように頑張ろうと思うが……ゲオルグ様があれから一度も来ない。
そのせいか、やって来たレスリー様たちに微妙な表情をされている。
「とりあえず階下の厨房に何かもらいに行きましょう。そろそろ昼食だから何かあるはずよ」
「くるぅぅ」
階下の厨房へと行こうとして廊下を歩いていると、外廊下は少し肌寒い。もうすぐで冬だからだ。
「冬支度が必要かしら?」
一人そんなことを呟きながら階下の使用人休憩室へと行くと、新しく来たメイドたちが休んでいた。
「……アニータはどこでしょうか?」
「アニータでしたら、まだ洗濯だと思います」
「洗濯……」
人が増えたから忙しいのだけど……どうして新しく来たメイドたちが休んでアニータは洗濯をしているのだろうか。
「あの……時間があるのでしたら、アニータを手伝ってくださいませんか?」
女官たちは全員貴族たちだった。流石に洗濯はしないだろうけど……メイドは違う。
するとメイドたちがお互いに顔を見合わせて怪訝な表情をした。
「ですが、そろそろレスリー様たちの昼食の時間ですので……」
「レスリー様たちが優先ですか?」
「洗濯よりも優先すべきかと存じます。レスリー様は公爵令嬢ですので……」
その時にタイミング良く厨房から昼食の準備が出来た合図のベルが鳴った。
「申し訳ありません! 失礼します!」
そう言って、メイドたちは逃げるように走り去っていった。何だかアニータが心配になってきた。ランドリー室へと行くと、案の定アニータが一人で洗濯を干している。
何だか、私以外の世話も増えてアニータの負担が大きくなっている気がする。
「アニータ」
「ミュリエル様。どうされました?」
「ルキアのおやつを取りに来たのだけど……」
「すみません。もうそんな時間でしたかっ……」
「いいのよ。ルキアはまたどこかへと行っちゃったし……それよりも手伝うわ」
「だ、ダメですよ。ミュリエル様にお手伝いなど……」
「でも、困っているのではないですか?」
「……女官は貴族が多いので……どうしても、階級の高い貴族が優先されるんです」
「だから、私が手伝いますね」
洗濯を取って干し始めた私を見て、アニータが困り顔になるも、引かない私に諦めて洗濯を干しを再開した。
レスリー様は公爵令嬢だと名乗ったし、他の令嬢たちもそうだろう。私も伯爵令嬢だけど、私だけが他国から来ているから、認知度が低い気がする。そもそも社交界にデビューもしてない。
「……ミュリエル。何をしている?」
うーんと悩んでいると、突然名前を呼ばれた。振り向けば、ゲオルグ様が立っていた。
ゲオルグ様に気づいたアニータは、慌てて膝をついて頭を下げた。
「ゲオルグ様。お会いできて光栄です」
陛下に挨拶をするために膝をそっと曲げて礼を取った。
「ゲオでいいと言うのに……」
「陛下を愛称で呼ぶなど畏れ多いです」
「まぁ、そのうちに期待するが……何をしているんだ? なぜ、洗濯をしている。それに後宮に令嬢たちも呼んでいるのか?」
「お会いしましたか? レスリー様たちがお喜びになりますね」
「……会ってはいない。だが、あの令嬢たちはなんだ?」
「ゲオルグ様が来られるのでしたら、女官が必要かと思いまして女官長にお願いをしたのです」
「で、あの女たちが来たと?」
「はい」
「ふーん」
ダメだったのだろうか。不安になる。ゲオルグ様は感情が乏しくていまいち反応がわからない。
「まぁ、いい。洗濯は終わりか?」
「はい」
「では、昼食を一緒にしてくれるか?」
「もちろんです」
アニータに振り向くと緊張しすぎて未だに頭を下げたままだった。両膝をついてかしこまったままだった。若干、アニータの身体が震えているのは、気のせいということにしたい。
「では、先に食事の席にどうぞ……私は、テラスでいただきますので……」
「手紙でも、そう書いてあったな……すぐに、自分の分も準備させるが、一緒に行こう」
一人で待っていてくださってもいいのに……そもそも、お城で朝食を採らないのだろうか。
「一緒に?」
「一緒にだ」
「わ、わかりました。ええーっと……アニータ」
「は、はい!」
「すぐにゲオルグ様の昼食の準備をお願い」
「はい!」
アニータが元気よく返事をして急いで厨房へと走っていった。
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