第12話 アレを買いに行こう! 2


「ルキア!!」

「くるるぅ!!」


フードの中からルキアが飛び出して男に嚙みつくと、男が痛がり怯んだ。


「魔物!? テイマーか!?」


ルキアを引きはがそうとする男が転ぶと一人の男がルキアを引きはがそうと手を出した。残りの男は私の胸ぐらを掴んだ。頭が上向くと、ルキアが飛び出したせいで露わになった顔が男を見据えた。


「触らないで」


私の両眼は鈍い光を宿した。瞳孔が薄くなる。『魔眼』を現して男を見据えた。


「私は、触るなと言ったの。今すぐにその手を離して」


私の『魔眼』を直視した男は、視点が定まらなくなる。ただ真っ直ぐを見ているだけで。そして、そっと男が私の胸ぐらを離した。


「ルキア。離れて」

「きゅる!」


ルキアが私の肩に飛び乗った。そして、転んで尻もちをついている男を見下ろした。


「ひっ……」

「今すぐに帰りなさい。セレスさんに近づかないで」

「……」


視点が合わなくなり、茫然とした男が痛みも忘れたように立ち上がった。


「お、おいっ……どうしたんだ!!」

「……」

「何をした!? ……っ!」


最後の一人は腰が引けて後ずさりすると路地の角に背中が当たる。

下を向いていた私が顔を上げて男を見ようとすると、男が「ヒッ……」と息をのんだ。

首筋には、ナイフが突きつけられていた。


「女相手に何をやっている」

「な、何も……」

「では、すぐに去れ」

「は、はいっ!!」


男たちが一目散に逃げていった。その間に私は『魔眼』を隠そうとしてフードをいっそう目深に被った。ルキアは慌ててフードの中に隠れる。


名前を呼ぼうとすると、ゲオルグ様が指を唇の元で立てて「シィー」と止めた。


「……ゲオ……様?」

「ミュリエル。一人で何をしている?」


見られてしまった。見られたくなかったが。

セレスさんは頭を抱えて困っているが、私の『魔眼』を見られないように慌ててフードで目を隠した。


「……ちょっと、借金取りが逃げたじゃないの。お金を返さないといけないのに、どうしてくれるのよ」

「……あの、ダメでしたか? すみません」


余計なことをしたと思い、縮こまって謝った。


「まぁ、どうせ借金の徴収に来るからね……助けてくれたのでしょう。感謝するわ。そちらの男性も……」


ゲオルグ様を見上げれば、女性を睨んでいる。ゲオルグ様の威圧感にセレスさんも押されていた。


「……で、お連れ様がいるなら、私の案内はいらないと思うけど、どうするの?」

「ええーっと……」


ゲオルグ様と一緒にアレを買いに行っていいのだろうか。すると、ゲオルグ様が私を引き寄せた。


「必要ない。君は帰ると言い。気を付けて行け」

「そうさせてもらいますわ。あなたもここには来ちゃだめよ。そういうのは使用人に頼みなさい」

「は、はい!」


頼めないから自分で来たのです。そう言いたいけど言えなくて、セレスさんはスカートを持ち上げてそっとお辞儀をして去っていった。その様子をゲオルグ様がじっと見ていた。


「……で、ミュリエルはここに何をしに来たのだ?」

「言わないとダメですか?」

「言いたくないのか?」


「ふむ」と考え込んだゲオルグ様が私の手を引いて歩き出した。


「ゲオルグ様?」

「昼は簡単に済ませるつもりだったが……どこかで食べるか?」

「街でですか?」

「そうだな。食事の視察もしようと思っていたからな」


そう言って、路地裏から連れ出されて、街のある高級感溢れるレストランへと連れていかれた。


ゲオルグ様が来ると、すぐに昼食が用意された。個室なのにビッュフェのように食事が並べられている。


「ミュリエル。何がいい? 好きなものを皿に取りなさい」

「は、はい!」

「お前は、何を食べるのだ? ミュリエル。スライムは何を出せばいい?」

「ルキアは何でも食べますけど……お肉が好きです」

「では、こちらのハムをやろう」

「くるぅ!!」


白い陶器のお皿には美味しそうな前菜が乗せた。ルキアは、嬉しそうにハムを食べ始めた。


「で、先ほどの続きを話そうか?」

「終わってませんでしたか」

「あそこでは話しにくかろう。ここなら、誰も来ないから存分に話せ。言いにくいなら俺から伝えようか?」

「ど、どうぞ」


ゲオルグ様がワインを一口飲んで、一呼吸おいた。そして、話し出した。


「俺は、純潔など気にしない。ミュリエルの事情は知っていると、言っておいたはずだ」

「……あの、何の話ですか?」

「純潔の話だ。閨の薬を買いに行ったのだろう。薬というか……純潔を誤魔化す血でも買いに行ったのではないのか? 薬と言って買い求める女性がいると聞いたことはある」

「な、なぜ、私がそんなものを?」

「違うのか? だが、閨の薬を買いにと、あの女性に言っていただろう?」

「聞いていましたか……」

「聞いてた。ちなみに街の中心地でウロウロしているところから見ていた」


恥ずかしい。右も左もわからなくて、ルキアの指さした方角へと周りも見ずに走ってきたのだ。


「……ルイスのことは聞いている。今さら隠すこともないだろう。だから、ミュリエルが何も気にする必要はない」


優しい。……しかし、勘違いしている気がする!


「あの……一つ確認してもいいでしょうか」

「かまわないが……そうかしこまらなくていい。いつものように話せ」


陛下だから気を遣うのだけど、今はそこに突っ込んでいる場合ではない気がする。


「……私、まだ純潔ですけど……」





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