最近の小説は異世界ファンタジーばかりになっている
しろおび
本編
異世界ファンタジー。近年において爆発的なブームを巻き起こしているジャンルだ。
青空を見上げれば、どこかの異世界の空が舞台の広告が浮かび、街角の書店には煌びやかな異世界の表紙が並ぶ。ビルの大型スクリーンには、魔法と剣が交錯する映像が流れ、人々は足を止めて見入っている。
小説、漫画、アニメ、ドラマ、映画など、あらゆる娯楽メディアで異世界ファンタジーは展開され、人々はそれを歓喜の声とともに受け入れる。物語に没頭するうち、現実の息苦しさを忘れられるのだろう。だが、その裏には異常ともいえる状況が広がっていた。最近では、娯楽メディアの9割が異世界ファンタジーで占められ、現実を描く作品は静かに息絶えつつある。
特に異常が顕著なのは小説の世界だ。
出版各社の新人大賞では、まず異世界ファンタジーであることが応募条件として課されるようになった。その次に問われるのは売れるかどうか。そして最後にようやく内容の面白さだ。
この流れは、かつて創作の自由と多様性を重んじていた文学界にも深刻な影響を及ぼした。小説界の最高の名誉とされる芥河賞や直樹賞でさえ、まず最初に異世界ファンタジーであるかを確認されるという有様である。
それにより、小説界では大きく分けて三つの作家が生まれた。
一つ目は、異世界ファンタジーを書き、富と名声を手に入れた作家たちだ。彼らの成功は豪邸と高級車、そしてテレビやインタビューでの華々しい姿に象徴されている。だがその中には、心の中で「自分の本当に書きたかったものはこれではなかった」と呟く者もいるのだという。
二つ目は、異世界ファンタジーを書くものの、そこまで売れない作家たちだ。彼らの生活は不安定で、時に自分の作品を読み返して虚しさに襲われる。「こんなに努力しても、何かが足りないのか」とノートパソコンを閉じる夜が増えていく。
三つ目は、異世界ファンタジーを書かず、自分の作風を守り抜いた作家たちである。彼らは世間から「時代遅れ」や「頑固者」と非難され、出版の機会を失った。静まり返った部屋の隅に積み上げられた原稿用紙と、鳴ることのない電話が、その覚悟の重さを物語っている。
世の中は狂っていた。異世界ファンタジーを書くことが創作者に強要され、創造の自由はいつしか牢獄のような枠に閉じ込められた。
『これが本当に、物語を愛する人々の望んだ世界なのか?』
誰もが心の片隅でそう問いかけながらも、誰も声を上げようとはしなかった。多数派の歓声に飲み込まれ、異議を唱えることは、もはや時代の空気を読まない行為とされていたからだ。
異世界ファンタジーが世界を塗り替えていく。だが、その影に消えゆくものに、誰が涙を流しているのだろうか。
かつて、彼の名は文学界で輝いていた。繊細で力強い筆致が生み出す物語は読者を魅了し、評論家たちもこぞって絶賛した。次々に発表される作品は文学賞を総なめにし、『東野春樹』という名前は時代を象徴する作家の一人として記憶された。
だが、時代は変わった。異世界ファンタジーの波が押し寄せ、読者も出版社もそれ以外を求めなくなった。東野は、その波に背を向けた。流行に乗らず、己が信じる物語を書き続ける道を選んだのだ。しかし、純文学を守ろうとするその姿勢は、次第に業界から疎まれるようになった。
彼の作品を取り扱っていた出版社は次々と手を引き、編集者たちは遠巻きにするようになった。「もう少し読者ウケする要素を入れてみては?」という提案に首を振り続けた結果、東野春樹という名前は、文学界から静かに消えていった。
今、彼が暮らすのはボロアパートのワンルームだ。薄い壁越しには隣室のテレビの音が漏れ聞こえ、異世界ファンタジーのアニメの主題歌が流れている。カーテン越しに差し込む曇天の薄明かりは、部屋に広がる空気をさらに重苦しいものにしていた。
「今回もダメだったか……」
東野は机に突っ伏すようにしてため息をついた。机の上には返送された原稿と、出版社の定型文が書かれた断りの手紙が置かれている。かつて、彼が新人賞を獲得し、デビューのきっかけとなった門川社。思い出のあるその出版社に、意を決して持ち込んだ新作だったが、受付のスタッフすらまともに目を通してくれなかったらしい。
「異世界ファンタジーじゃないのか」と皮肉めいた声を浴びせられた瞬間を思い出し、苦笑する。あの頃、自分が受賞した賞は、純文学の未来を象徴するとまで言われたものだった。だが、今では異世界ファンタジー一色に塗り替えられ、かつての栄光を知る者すら少なくなっている。
「時代が変わったってことか……」
自嘲気味に呟いてみても、その言葉は心の奥底に染み込むように重たかった。再び、手元の原稿に目をやる。何度も書き直し、寝食を忘れて磨き上げた自信作だ。それでも、この世界では誰にも読まれない――その現実が、胸に深く突き刺さる。
しかし、それでも彼は机に向かう。どれだけ拒まれようとも、書くことだけが彼に残された道だった。
「俺は、異世界じゃない物語を書き続ける。それだけは、誰にも奪えないんだ……」
東野が再びペンを取り、原稿用紙に向かおうとしたその時だった。
突然、ドアが激しく叩かれる音が響いた。
「東野春樹、いるんだろう!」
怒号とともに、何人かの声が重なり合っている。思わずペンを落とし、東野は硬直した。心臓が早鐘のように鳴り始める。彼は無意識のうちに立ち上がり、ドアを見つめた。狭い部屋に響き渡る叩く音はますます激しくなる。
「異世界をバカにした報いだ!」「お前みたいなやつがいるから、この世は楽しくならないんだ!」
耳を疑うような言葉が飛び交い、東野の脳裏に嫌な予感がよぎった。彼はゆっくりと後ずさり、部屋の奥にある押し入れの前まで下がった。だが、その瞬間、ドアの錠が壊れる音が響き、勢いよく開いた。
「やっぱりいたな!」
数人の男たちが部屋に乱入してきた。彼らは明らかに東野を狙っている。目には狂気の光が宿り、異世界ファンタジーのキャラクターがプリントされたTシャツやアクセサリーを身につけていた。
「お前、異世界ファンタジーをバカにしてるって噂だぞ!」
「純文学だ? 時代遅れのくせに生意気だな!」
一人がそう叫ぶと、他の男たちも笑いながら東野を取り囲んだ。
「待て、話を聞いてくれ!」
東野は必死に手を振って後ずさったが、狭い部屋に逃げ場はなかった。背中が押し入れにぶつかる。次の瞬間、一人の男が東野の胸ぐらを掴み、力任せに引き寄せた。
「お前みたいなやつが邪魔なんだよ!」
男の拳が振り上げられる。その瞬間、東野の頭に鈍い衝撃が走り、視界が揺らいだ。
「やめろ!」
必死に叫んでみても、相手は聞く耳を持たない。次々に拳と蹴りが飛んできた。古い畳の上に倒れ込んだ東野を容赦なく殴りつけ、蹴りつける男たち。苦痛に喘ぐ東野の目に、床に散らばる原稿用紙が映った。その上に泥のついたブーツが無遠慮に乗せられ、踏み荒らされていく。
「こんなガラクタが作品かよ!」
笑い声とともに、原稿用紙がバラバラに引き裂かれる。東野は手を伸ばそうとしたが、再び顔面に強烈な蹴りが入り、意識が遠のきかけた。
「異世界ファンタジーを否定するやつに未来なんかねぇんだよ!」
狂気に満ちた声が耳元で響く。東野はただ、壊されていく自分の書いたものを、そして自分自身を守る力も持てない現実に涙を流すしかなかった。
部屋の隅で壊れたランプが倒れ、暗がりがさらに濃くなる。薄暗い部屋の中で、東野の意識は徐々に闇に飲み込まれていった。
♢♢♢
次に東野が目を覚ましたのは、真夜中だった。
部屋は荒らされ放題で、原稿用紙のほとんどは破られ、床や机の上に散乱していた。自分の体は鈍い痛みで動かすことすらままならない。頬には血が流れ、手も震えている。
「……なぜ、こんなことに……」
絞り出すように呟いたその声は、ひどく掠れていた。異世界信者たちの狂気、そして自分の無力さ――そのすべてが重くのしかかる。
だが、それでも東野は床に手をついてゆっくりと起き上がろうとした。全身が鈍い痛みに支配され、思うように動かない。壁に手をつきながら、ふらつく足で散乱した原稿用紙の中に目を落とす。その中で、一枚だけ奇跡的に無傷だった最後のページが視界に入った。
震える手でそのページを拾い上げる。そこには、自分が命を削るようにして書き上げた物語の結末が記されていた。その文字は、今の東野にとって唯一の希望だった。
「俺は……負けない」
搾り出すように呟いたその言葉には、痛みや悔しさを超えた強い意志が込められていた。
東野は顔を覆う滴り落ちる血を袖で拭い、足元に散らばる原稿用紙を一枚一枚丁寧に拾い集めた。そして、傷だらけの体で椅子に腰を下ろすと、ペンを手に取った。
ペンを握る手は痛みで震えていたが、それでも彼の目には微かな光が宿っていた。打ちのめされ、蔑まれ、それでも書き続ける――それが彼の唯一の誇りであり、生きる証だった。
「俺の物語を、この世界に刻みつけてやる」
独り言のように呟いたその声は、かすかだがどこか確信に満ちていた。部屋には傷つき、壊れたものが散乱している。それでも、東野の中には確かな熱が灯っていた。
誰が何と言おうと、自分の物語を信じる。この世の中で誰も読んでくれなくても、自分の物語だけは、決して否定しない――そう心に誓いながら、東野は再び白紙の原稿用紙に向き合った。
血と涙の染み込んだ原稿用紙の上で、今日もペンが走る。必ず、自分の作品が面白いと言わしめる日が来ると信じて、東野はまた一文字を綴り始めた。
♢♢♢
それから5年後――。
東野春樹は、結局報われることはなかった。
書き続けた作品はいずれも出版社に拒絶され、読者の目に触れることはなかった。かつて幾度も輝かしい賞を受賞した作家の名前は、完全に忘れ去られていた。
薄暗いアパートの一室。東野は狭い机に向かい、疲れ果てた顔で散らばった原稿用紙を見つめていた。5年間で書き上げた何十もの物語の原稿は、机の横に積み重なっている。それらは彼の人生そのものだった。だが、その山が目に入るたびに、東野の心には深い虚しさが広がった。
「こんなに書いても、何の意味もなかったのか……」
呟いた声は、部屋の中で虚しく響くだけだった。返却された原稿にはどれも似たような言葉が書かれていた。「市場のニーズに合わない」「現代の読者には受け入れられない」。それでも、東野は書き続けた。自分の物語を信じてきた。それなのに、5年という歳月は、彼の希望を少しずつ削り取っていった。
外を見ると、薄暗い空に小雨が降っている。隣室のテレビからは相変わらず、異世界ファンタジーのアニメの主題歌が漏れ聞こえてきた。その軽快なメロディーが、東野の心をさらに重たくする。
「俺が書いているのは、誰にも求められていないものなのか……?」
その問いが、心の中で渦を巻く。5年前の自分ならば、そんな迷いを振り払っただろう。「書き続けることに意味がある」と信じていたからだ。だが今、彼の手はペンを握ろうとせず、震えて机の上に置かれていた。
「結局、何も変えられなかった……」
押し殺した声で呟きながら、東野は目を閉じた。机の上には、書きかけの原稿が置かれている。その一文は、5年前と同じく力強いものだった。しかし、その続きを書く気力は、もう湧いてこなかった。
この5年間、どれだけペンを走らせても、誰にも届かなかった現実が、東野の心を重く締め付けている。かつての決意や情熱は、少しずつ薄れていき、彼自身ですら「なぜ自分がこれほど書き続けてきたのか」わからなくなりつつあった。
それでも、東野はふと原稿用紙に視線を向けた。その白い余白は、まるで彼を嘲笑うようだった。そして、自分が一度誓った言葉――「俺は負けない」という言葉が、胸の奥で小さく響く。だが、それは今や弱々しく、か細い囁きに過ぎなかった。
東野春樹。かつて時代を築いた作家は、今やただの一人の「無名の物書き」となり、世間に忘れ去られていた。
それでも、この部屋の中だけには、まだ彼の物語が生きている。決して読まれることのない物語が、埃を被ったまま、静かにそこに積み上げられていた。
「ふざけるな!」
東野は突然立ち上がり、机に積まれた原稿の山を力任せにひっくり返した。散乱する原稿用紙が宙を舞い、床一面に広がる。その瞬間、彼の中に溜まり続けていた怒りと絶望が一気に爆発した。
「俺が、どれだけ書いたと思ってるんだ! こんなにも書いて、それなのに誰も読まない、誰も評価しないだと!? ふざけるな! ふざけるなぁっ!」
叫びながら、東野は机を蹴飛ばした。古びた木製の机がバランスを崩し、鈍い音を立てて倒れる。上に乗っていた文房具やコーヒーカップが床に散らばり、カップは粉々に砕けた。
「なんなんだよ、この世界は! なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」
怒りのまま、近くにあった本棚を力任せに倒す。かつて自分の作品が載った雑誌や賞を受けた時の記念品が床に散乱する。床板に響く激しい音が、荒れ狂う東野の心をさらに煽る。
彼の視界は、怒りと悔しさで赤く染まっていた。今まで積み重ねてきた努力、寝る間も惜しんで書き続けてきた時間、そしてすべてを捧げてきた自分の人生。それらすべてが、今この瞬間、無意味なものに思えてならなかった。
「こんなに頑張って、なんで報われないんだ! 俺は――俺は、こんな終わり方を望んでないんだ!」
彼は手当たり次第に物を投げ、壊し、破壊していく。部屋の壁には無数の傷がつき、引き裂かれた原稿用紙が散らばり、床には砕けたガラスや壊れた家具の残骸が広がる。そのたびに、彼の中に積もる虚しさと怒りは混じり合い、収まるどころかさらに膨れ上がっていった。
やがて、彼の暴れた声も荒れ狂う音も静まり返る。東野は肩で息をしながら、荒らされた部屋の中央で立ち尽くしていた。視線を落とすと、床一面に散らばった原稿用紙が目に入る。それは、5年間書き続けた物語の断片だった。だが、そのどれもが無残に破れ、汚れ、価値を失ったように見えた。
「……俺は、いったい何のために書いてきたんだ……」
低く掠れた声が、荒れ果てた部屋に虚しく響く。崩れ落ちた棚や壊れた家具に囲まれたその光景は、まるで彼自身の壊れた人生を象徴しているかのようだった。
窓の外では小雨が降り続けている。誰も気づかないこの狭い部屋で、東野はただ、己の無力さを噛み締めるしかなかった。
♢♢♢
数日後――。
朝のビジネス街は活気に満ちていた。行き交うスーツ姿の人々は皆、忙しそうにスマートフォンを手にしながら足早に歩いている。その中に、一人だけ異様な存在があった。
東野春樹――かつて名を馳せた作家は、肩から大きなボストンバッグを下げ、門川社本社の前に立っていた。無精ひげが目立つ顔には疲労の色が濃く、目の下には深いクマが刻まれている。だが、その目には奇妙な輝きが宿り、唇にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「これで終わりだ」
誰にも聞こえないほどの声で呟くと、東野はバッグのストラップを肩に掛け直し、堂々とした足取りで門川社のビルの中へと入っていった。
自動ドアが静かに開き、広々としたエントランスが姿を現す。高い天井、磨き上げられた床、整然と並ぶ観葉植物――そこは、成功した企業の象徴そのものだった。受付カウンターの奥では、ビジネススーツを着た社員たちが忙しそうに行き交っている。
東野はそんな風景を一瞥し、足を進めた。手には、重たいボストンバッグ。中に隠された秘密を誰も知らない。
受付の女性が顔を上げた。
「ご用件を伺ってもよろしいですか?」
東野は一瞬だけその女性を見つめ、何も答えずにカウンターの横をすり抜けた。驚いた受付の女性が声を上げようとするが、東野の目に宿る異様な光に気圧されたのか、言葉を飲み込んでしまった。
エレベーターの前に立ち、東野は無言で上昇ボタンを押す。表示灯が点滅し、エレベーターがゆっくりと降りてくる。その間、彼はバッグに視線を落とし、静かに呟いた。
「これで俺のすべてが報われるんだ」
エレベーターのドアが開き、中に入るとボタンを押す。目指すのは最上階――編集部のあるフロアだった。
やがて到着したエレベーターが静かにドアを開ける。東野は何もためらうことなく廊下を進み、編集部の入口にたどり着いた。中では、多くの編集者たちが忙しく電話をしたり、デスクに向かってパソコンを打ったりしている。
東野はその光景を見渡し、ふっと笑った。そして、肩からバッグを下ろすと、編集部の中央にそれを放り投げた。
「俺の作品を見下した報いだ」
その言葉が静かに響き渡った瞬間、編集者たちは一斉に彼を振り返った。彼らがバッグに気づき、何かを叫ぼうとした時――。
轟音とともに爆発が起こった。
♢♢♢
テレビニュース番組は、門川社爆発事件の特集を続けていた。画面には門川社のビル前で行われる記者会見の様子や、編集者たちが涙ながらに語るインタビューが流れ、事件の衝撃が視聴者へと伝えられていた。
「繰り返しになりますが、この事件による犠牲者は5名、重傷者が10名以上にのぼります。亡くなられた方々には門川社を代表する編集者や、新進気鋭の異世界ファンタジー作家も含まれていました。東野容疑者の犯行動機は、現在も捜査中です」
女性キャスターが沈痛な表情で原稿を読み上げる。
画面が切り替わり、街頭インタビューの映像が映る。マイクを向けられた若い男性が憤った口調で答えた。
「異世界ファンタジーに嫉妬して、こんなひどいことをするなんて最低だと思います。自分が売れないからって、他の作家たちや出版社を恨むのはおかしいですよね」
続いて登場した中年女性も、ため息混じりに語る。
「東野春樹って昔は有名だったんでしょ? でも、今は全然売れてなかったんですよね? それって、単に実力がなかっただけじゃないですか。異世界ファンタジーの時代についていけなかったからって、こんな事件を起こすなんて信じられない」
スタジオに戻ると、男性キャスターが真剣な表情で言葉を紡いだ。
「確かに、今回の事件は異世界ファンタジーというジャンルの盛り上がりと、それに適応できなかった東野容疑者の挫折が背景にあると見られています。しかし、それは彼自身の努力不足や視野の狭さが招いた結果ではないでしょうか?」
女性キャスターも頷きながら続ける。
「そうですね。異世界ファンタジーは、現代のストレス社会で多くの人々に夢や希望、癒やしを与えてきました。それに対して、彼が純文学に固執し続けたのは時代の流れを読めなかっただけでは? 読者のニーズを無視して、自分だけの世界に閉じこもるのは、作家としてどうなんでしょう」
画面には、事件現場となった門川社の編集部で働いていた新人作家の写真が映し出される。その作家は、わずか20代前半でデビュー作がベストセラーとなった異世界ファンタジーの旗手だった。彼の死が特に多くの人々に衝撃を与えていたのだ。
「彼のように、これからの異世界ファンタジーを担うべき才能を奪った東野容疑者の行為は、到底許されるものではありません」
男性キャスターが厳しい口調で語る。
さらに、視聴者から寄せられたコメントがスクリーンに映し出される。
「異世界ファンタジーは私たちの救いなのに、こんな事件は悲しい」「自分が売れなくなった腹いせだろう」「時代遅れの作家の末路」「純文学なんて誰も読みたくない」――どの意見も東野を強く批判し、異世界ファンタジーを称賛するものばかりだった。
「こうした事件が起きても、異世界ファンタジーというジャンルの素晴らしさは変わりません。むしろ、これを機にさらに多くの方が異世界ファンタジーの魅力に触れるのではないでしょうか」
女性キャスターは柔らかな笑みを浮かべながら言った。
スタジオには、事件の悲劇性を語る空気と同時に、異世界ファンタジーというジャンルが時代の主役であるという確信めいた雰囲気が漂っていた。
画面には、門川社のビルを包囲する警察や報道陣の様子が映し出され、ニュースは次の話題へと移っていった。しかし、どの視聴者もこの事件を「時代遅れの作家による身勝手な暴挙」として記憶することになるだろう。
最近の小説は異世界ファンタジーばかりになっている しろおび @attowaku
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