第6話

 というわけでやって来た甲板には、得も言われぬいい香りが漂っていた。

 ジネット率いる陽だまり亭チームがじゃんじゃん美味そうな飯を量産している。

 ノーマとパウラもこちらを手伝っているので俺の出る幕はなさそうだ。


 というわけで、俺は俺に出来ることをしようと思う。


「ガキどもが頑張ってる時に、一人でつまみ食いとかしないよな、ベルティーナ?」


 ベルティーナの監視だ。

 うん、大切なお仕事。


「で、ですが、こんなにも美味しそうな匂いがしていますよ!?」


 匂いがしてたからなんだっつーの。


「みなさんが揃ってから食事にしますので、もう少し待っていてくださいね」


 ジネットが甲板に出てきてベルティーナをなだめている。

 荒ぶる神か、こいつは?


 鎮まり給え~、って?

 鎮まりそうにねぇなぁ、ベルティーナの腹の虫。


 そんなベルティーナは、毎度おなじみラッシュガードを身に着けている。

 今回も純白のラッシュガードなのだが、クリスマスということで中のビキニは真紅。

 つまり、純白のラッシュガードの裾からチラ見えする真紅のビキニ!

 なんなら、ラッシュガードの下からうっすらと赤が透けているという完璧仕様!

 いい透け感だ、ウクリネス!

 透け過ぎず、透けなさ過ぎず、実に絶妙の塩梅と言えるだろう!

 あのオバチャン、伝説を残したな。


「ヤシロさん。プールの中にいろいろなカードが沈んでいますが、これは?」

「最終問題の解答カードだ。出題された魚介類を人魚に持っていければクリアってな」

「なるほど……難しそうですね」


 プールの底には、魚介類のイラストが描かれたカードが沈んでいる。

 俺が下書きして、ベッコが模写して、ノーマがコーティングした耐水性カード。素材は魔獣の革だ。


「試しにベルティーナ、ウナギを探してみろ」

「ウナギなら分かります」


 自信たっぷりにプールを覗き込むベルティーナ。

 よく目を凝らし、水底に沈んだカードを眺め、肩を落とす。


「蒲焼きがありません……」

「調理前の姿だからな」


 陽だまり亭で扱う魚介類も多いのだが、調理前の姿を見る機会はなかなかない。

 なので結構難易度が高いだろう。


 ちなみに、ジネットにカードを見せて名前を答えさせたら、全問正解してた。

 さすがだな。


「じゃあ、ベルティーナ。サザエはどうだ?」

「それなら分かります。ツボ焼きです!」


 と、サザエのカードを指差すベルティーナ。

 網焼きで食べたことがある貝類なら、きっと分かるんだろうな、この食いしん坊は。


「ちなみに、水深30センチ以上で文字が浮かび上がる特殊な水中インクっていうのを人魚が持っていたから、それで魚の名前を書いてあるんだ」

「……読めませんよ?」


 水面を見つめ首を傾げるベルティーナ。

 そりゃそうさ。

 そのインクは、水に潜らなきゃ読めないんだから。


「水に顔を浸けて、目をしっかり開けられたら、正解が読めるぞ」

「それは……私には無理です」


 ベルティーナも、ジネット同様水中で目を開けられないタイプだ。

 もっと泳ぎの訓練をしないとイカンな。

 もちろん水着で!

 実践あるのみなので!

 水着で!

 形から入るのが重要なので!

 ビキニで!

 教える側のやる気が変わるので!


 ただまぁ、口にした瞬間母娘揃って「懺悔してください」って言うだろうから黙っておくけども。


「わー! いちばんのりー!」

「わーい! 取り放題ー!」


 最初に甲板に現れたのは年少組だった。

 あれ? ハムっ子選抜チームは?


「おねーちゃん、もう一回第3チェックポイントやるー!」

「どんだけ好きなんですか、第3チェックポイント!? いいから先に進むですよ!」

「「「ぶーぶー!」」」

「ぶーぶー言わないです!」


 なんか、途中のゲームが楽しかったらしく、そこでそーとー粘ったっぽい。

 ロレッタが出動して強制的に先へ進ませたらしい。


 なんだったかなぁ、第3チェックポイント…………あぁ、魚介射的ゲームか。

 好きそうだな、ハムっ子は。


「お姉ちゃん、あたし、マッコウクジラに勝ちたい!」

「あんたは弟妹を止めるために選抜チームに入ってるですよ、次女!?」


 一番ハマってたのは次女か。

 ……次女よ。


「ではでは~、最終ゲーム、海のお魚、手掴みゲーム』スタートだよ~☆」


 人魚が持つ箱の中から魚の名前が書かれた札を取り、プールからその魚のカードを持ってくる。

 一人一枚カードを取り、チーム全員のカードが揃えばクリアとなる。


 とても単純だが、水に入るとガキはうるさいので、非常に大盛り上がりするゲームだ。

 事実、プールに飛び込んだガキどもがそれはもう目も当てられないような大はしゃぎをしている。


「ちょっ、泳ぐんじゃないですよ、あんたたち!?」

「お姉ちゃんも泳ご~!」

「あんたたちがしっかりしないから、あたし厨房から連れ出されたですよ!? 本当なら今頃ケーキのデコレーション手伝ってたはずですのに!」


 まぁ、厨房にはジネットもいるし、料理では非常に頼りになってプールではまったく頼りにならないノーマもいるし、肉ならおまかせのパウラもいるし、なんとか回るだろう。

 その反面、ハムっ子の誘導はロレッタにしか出来ない。

 適材適所だな、うん。


「よし、こっから逆転するぞ!」

「負けないもんね!」


 年長組と年中組も合流し、一斉にプールへと飛び込んでいく。


「ちょっ!? 『ウケグチノホソミオナガノオキナハギ』ってなに!? 聞いたことない、っていうか、これ名前なの!?」


 最年長の悪ガキが、引いた札を見て絶叫している。


 あぁ、それなぁ。

 カワハギを料理してる時に「こんな名前の魚もいるんだぞ」ってジネットに教えてやったら、たまたまそこにいたマーシャが「今度持ってくるね~☆」ってマジで持ってきたことがあったんだよなぁ。

 長い名前なので、ジネットも記憶に残っていたらしい。


 ちなみに、『受け口の、細身、尾長の、翁、ハギ』で、『ウケグチノホソミオナガノオキナハギ』だ。


「潜ってカードを見たら名前書いてあるから、チェックしてこい」

「いや、こんな長いの読んでたら溺れちゃう!?」


 バカだなぁ。

 そんだけ長い名前なんだから、カードにびっしり文字が書かれてるヤツを持ってくりゃいいんだよ。


 もっとも、『フサフサヒレナガチョウチンアンコウ』も紛れ込ませておいたから、せめて頭数文字は読まないと間違っちまうけどな。


 ちなみにジネットは「可愛い名前ですね」とすぐ覚えた。

 まぁ、チョウチンアンコウを知ってりゃワケないよな。アンコウなら、何度も捌いてるし。


「さざえー!」

「いいなぁ、そんな簡単なので! こっちはアイナメだぞ? なんだよアイナメって!?」


 アイナメなんかめっちゃイージー問題じゃねぇか。

 独特な顔してんぞ、アイナメ。


 あと、ジネット。

「ヒントです。煮付けにしても塩焼きでも美味しい魚です」じゃねぇーよ。なんのヒントにもなってないから。


 で、ベルティーナ。

「アイナメの塩焼きは美味しかったので覚えています。あれです」ってこっそりジネットに耳打ちしてんじゃねぇーよ。

 しかもきっちり正解してるし。


「ヤシロお兄ちゃ~ん」


 ヤギ耳少女が俺のところへてこてこと歩いてくる。

 なんだ、ヒントでもほしいのか?


 と思っていたら。


「『キス』って書いてるんだけど、人魚さんの前でチューしたらいいの?」

「そーゆー魚がいるんだよ。探してこい」

「な~んだ」


 な~んだじゃねぇよ、な~んだじゃ。

 もしチューしてクリアなら俺を連れて行く気だったのか? 十年早ぇよ、マセガキが。


「たぶん、『キス』って名前だから、口がこ~んなとんがってる魚だと思うんだよね~…………あっ、たぶんこれだ!」


 あぁ、惜しいな、ヤギ耳少女よ。

 それ、『ウケグチノホソミオナガノオキナハギ』だわ。


「そろったー!」

「くりあー!」

「やったー!」

「ばんざーい!」

「ばんざいの勢いでー!」

「お姉ちゃんをどーん!」

「お姉ちゃんばしゃーん!」

「ぶぁっ!? なにするですか、あんたたち!?」

「「「「ノリでー」」」」

「ノリで長女をプールに突き落とすなです!」


 クリアしたガキどもが大盛り上がりだ。

 特にハムっ子一同が。


「それじゃあ、みんな~☆ 集めたキーワードを、数字の順番に読んでみよ~☆」


 マーシャが甲板のめっちゃ目立つ位置にあるプールの中で、ガキどもに最後の出題をする。


 年長組はもう途中から分かってたっぽいが、年少組のサポートをしつつ先走ることはない。


 厨房で料理していた面々も、各所で監視員をしてくれていた連中もみんな甲板に集まってきて、ゲームのフィナーレを見学している。


「どんな呪文なんでしょうね?」


 ベルティーナがわくわくした顔でジネットに話しかける。が、実はベルティーナ以外、全員答えを知っている。

 なので、みんなにっこにこだ。


「シスター、子供たちの大冒険の結果を、近くで聞いてあげてください」


 エステラがさり気なくベルティーナをガキどもの前へと誘導していく。

 何も察することなく、ガキどもの前に立ったベルティーナ。

 そんな、みんなのお母さんたるベルティーナに向かって、ガキどもが一斉に集めたキーワードを口にする。



「「「シスター、いつもありがとう!」」」

「えっ? へっ!?」


 びっくりして、辺りをキョロキョロと見渡すベルティーナ。


「は~い、大正解~☆」


 マーシャが宣言すると、人魚たちがわーっと歓声を上げ拍手が鳴り響く。


「……みなさん」


 ようやく、自分へのサプライズが仕掛けられていたことを察して、ベルティーナが嬉しそうな、ちょっと泣きそうな顔で柔らかく微笑む。


「ありがとうございます。とても驚きました。そして、子供たち。みなさん、大変よく頑張りましたね」

「「「わー!」」」


 ガキどもがベルティーナに群がって抱きついていく。

 よし、そのままプールへ引きずり込め!

 濡れベルティーナを今一度!

 カモン!


 ……ちぇ~。


「んじゃ、ハムっ子選抜チームも答え合わせ行くぞ~」

「「「は~い!」」」


 ハムっ子チームのキーワードは、「みんな大好き」――であると、ロレッタには教えてある。

 もちろん、ロレッタ以外は全員、本当のキーワードを知っている。


「さん、はい!」

「「「おねーちゃん、だいすきー!」」」

「えっ!? 違くないですか!? あんたたち、ちゃんとキーワード集めて……あぁっ、こっちもサプライズですか!?」

「……ロレッタ」


 驚くロレッタに、マグダがネタバラシをする。


「……てってれー」

「物凄い平板です!? もうちょっと盛り上がらないですかね、そのBGM!?」


 まぁ、マグダだしな。


「けど、嬉しいです! あたしもみんなが大好きですよー!」

「「「おねーちゃーん!」」」

「みんなー!」

「「「どーん!」」」

「わっぷ!? だからっ、長女をプールに突き落とすなです!」


 濡れロレッタにハムっ子がじゃんじゃか飛びついて、ばっしゃばっしゃとはしゃぎ出す。

 あ~ぁ、次女も長男次男も飛びついてるわ。

 あいつら、成人しても結局はハムっ子なんだなぁ。


「ちょっ!? まだ、あたしのサプライズが残って……っ、みんなでクルージングが……っ、長男たちにも秘密の……だぁー! 話を聞くですよ、あんたたちー!」

「「「わー!」」」


 ほんと、ハムっ子は、いくつになってもハムっ子だわ。





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