2. 放課後の文芸部室(2)
テスト前の図書館は、空気がぴりぴりするから苦手だ。いい席の取り合いになるし、物音にみんな敏感になるし。鉛筆落としただけでガン飛ばされるとか、あり得なくない?
未玲に言わせると「そういう空気も含めて図書館なんだよ」ってコトみたいだけど、今は遠慮したいのが正直なところ。
「わかりました……。しょうがないね、未玲。帰ろうか」
「うん、帰ろう。玉江先輩、じゃあ、お先しまーす」
今日は集中して、未玲に英語の分からないトコ教えてもらおうと思ったのに。でも、立ち入り禁止ならもう仕方がない。帰って、やるか……。
「あ、三穂っち」
「……はい?」
帰りかけた私に、玉江先輩が声をかけてきた。まさか――
「例の件、考えといてね。私、本気だから」
「ええー、いま言いますか~? 無理ですよ、部長なんて。私、途中から入ったんですよ?」
「適材適所。能力主義。私、アメリカ帰りですから」
「絶対、ウソです。ああ~でも本気なんですね?」
「そうそう。時間、あんまり無いからね。部の引き継ぎもあるし、じっくり考えていいけど早く答え出してね」
「そんな無茶な~」
目下の悩みのもう一つ。玉江先輩から、私が次の部長に指名されてしまっているのだ。
文芸部はそんなに大きな部じゃないけど、未玲みたいに1年生の頃から所属して、ちゃんと活動をしている部員も少なくない。少なくとも5人はいるはずだ。
だけど、「そんなのは承知の上だよ」って、いきなり指名されてしまった。
未玲に言ったら「あ~……いいんじゃない?」なんて呑気に返されたから、もしかすると部員の何人かには根回しが済んでるのかも知れない。
玉江先輩は小柄なんだけど、とてもパワフル。毎日の部活はみんなの好きなようにやらせてくれるけど、ここぞって時にはリーダーシップを発揮するので部員にとっては心強い存在だ。
そんな先輩から、ぜひにって言われちゃって……。
部長のことは、早く答えを出さなきゃいけない。
何となく流れで部誌の編集を担当するようになってから、文芸部にいる時間が充実するようになったのは事実だ。
(編集者に、向いてるのかも知れない……なんてね)
内心は引き受けようと思ってるけど、今は決心がつかずにぐずぐずしてる状態。
だけど、未玲のコトは――。
こっちは、出口が見えなくて、自分がどこに向かってるかもわからないから。
未玲の気持ちを試したくて、ふたりきりの時に何かで読んだ恋の駆け引きみたいな態度を取ってみたこともあるけど、逆にこっちが前よりも意識するようになっちゃって……。
正直、進むことも、退くこともできない気持ちになってる。
未玲、本当は私のコト、どう思ってるの――?
*
保育園、小学校、中学校から、高校まで同じクラスになった、幼なじみの未玲。
小学校を卒業するまで、近所に同年代の子があんまりいなかったこともあって、いつも一緒にいた。
それから、中学校。
一緒のクラスになれて、喜んでいたのは最初の頃だけ。私たちのいた1組は「荒れたクラス」で、校内でも有名になってしまった。
未玲や私のような普通の子は、火の粉が飛んでこないように身を縮めるだけで精一杯。学校が終わって、塾に行ってようやく一息っていう異常な状態が続き、いつしか未玲とは疎遠になってしまった。
中学を脱出し、高校生になって。
今になって思えば、中学時代がトラウマになっていたんだろう。あの時間を無かったことにしたくて、中学時代につながるものを片っ端から切り捨てようとして、高校に入ってから知り合った子たちにすがりついた。
未玲には――考えられないくらい、ひどいコトをした。今、思い出しても、あの時の自分に何様のつもり!? って言いたくなるくらい。
心の中にある苛立ちを、この町への、大人たちへの、自分を取り巻く全てへの苛立ちを全部、未玲にぶつけてた。
あんたなんか、友達でもなんでもない。
昔から一緒にいて、昔の自分とつながってるだけの未玲に、ひどいことをたくさん言った。
寂しそうな目で、それを受け止めた未玲。あの表情を思い出すだけで、胸がぎゅって掴まれた気持ちになる。
だけど、そんな無理なやり方が上手く続くわけがない。
ちょっとしたきっかけで私の甘い打算は粉々に砕かれて、みんなに見せびらかすように友達づきあいしていた二人――かわいくて人気者の
みんなからは、私と芙美香が大げんかしたと思われてるはず。実際には単なるけんかで終わらなくて、私ひとりがクラスで孤立する羽目になったけど、これは自業自得だって分かってるし納得もしてる。
そんな私を救い出したのが、未玲だ。
孤立した私に声をかけ、クラスの中ではいづらい私のために、文芸部にも誘ってくれた。だから今は、未玲と一緒に放課後の時間を過ごすことが多い。
未玲が私のファーストキスを持っていった日。あの夕方も、そんな放課後からの帰り道だった。
自分のしたコトと、未玲の優しさの板挟みになって、思い詰めて許しを請うた私。
私の仕打ちを、笑って許した未玲。
それからついでみたいに、付き合っちゃおうか、なんて軽い口調で言われたのだった。
からかわれているわけじゃ、ないと思う。未玲は、冗談でそんなコトを言うタイプじゃない。
だけど…… 「許す」と「好き」って、そんなに近くにあるもの? 冗談や、からかいじゃなかったら、本気……?
私は……。私の気持ちは? 未玲と、どうなりたいの……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます