3. 冬の帰り道、未玲の家へ



 陽の光が射し込む教室は暖かかったけど、外はやっぱり寒い。結田ゆいだの冬は雪がほとんど降らない代わりに気温がとても低くなる。

 部室での勉強がダメになって、図書館を使う気にもなれず、私たちは結局帰ることにした。夕方、陽が落ちてから学校を出ることが多いから、まだ明るいこの時間に外を歩くのがちょっと新鮮。だけど……


「ああ~。部室使えないの、痛いなあ~」


 言っても仕方のないコトだけど、ぼやかずにはいられない。家に帰ると、集中力が切れちゃうんだよね。


「……ね、そしたらさ、うちに来たらいいよ。一緒に勉強しよう」

「マジ? いいの? 助かる……。って、未玲んちに行くのめっちゃ久しぶりなんですけど」

「ホントだねえ。どうする? 一回帰る?」

「ううん、このまま行く。帰って着替えちゃうと、なんか勉強モードじゃなくなっちゃいそう。未玲は? いいの?」


 思いもかけない未玲の提案に、反射的に飛びついた。

 いきなり人を呼ぶなんて私の部屋じゃ絶対に無理だけど、未玲はきれい好きだしマメだから大丈夫なんだろう。


「いいよ、大丈夫。良かった」


 未玲の足取りが、心持ち軽くなった気がした。

 ……なんか、いいなあ。

 私、どうしてこんな心地良い時間を自分から手放したりしたんだろう……


 しみじみしてたら、未玲が顔をのぞき込んできた。

 少し色素の薄い、褐色の瞳。形の良い唇。やわらかい表情に、吸い込まれそうになる。


「由貴子ちゃんのそういう顔、久しぶりに見た」

「え、何かおかしいトコあった?」


 慌てて顔に手をやる。未玲に見とれてた、なんて口が裂けても言えないじゃん。


「ううん、笑ってた。かわいい」

「ちょっと、急に何よ。びっくりする」


 かわいい……かわいいって言われちゃった……。予想外の方向から投げ込まれた未玲の言葉に、顔が熱い。

 にんまり。慌ててる私を横目に、未玲の表情はどこか得意げだ。

 私なんかより、未玲の方がよっぽどかわいいんですけど……


 あれこれ喋ってたら、未玲の家に着いてた。近所だけど、ここに来るのは本当に久しぶり。

 大きな庭も、玄関のポーチも、家全体の雰囲気も、前と変わらない。赤い実を幾つも付けているサンザシも、昔のままだ。懐かしさと違和感が入り交じった、不思議な気分になる。


*


「ただいまー」

「お邪魔しまーす……。あれ、おばさんは?」

「今日は、なんか会合だって。遅くなるって言ってた」

「へー」


 そうか。未玲のお母さん、今日はいないのか。

 小学校の頃、おばさんにはお菓子を作ってもらったり、料理を教えてもらったりしてたから、ちょっと残念。

 確か、おじさんも出張の多い仕事だったから……

 今日は、この家には、二人きりだね……


 いかんいかん。意識しすぎ。


 未玲について、2階に上がる。未玲の部屋も、記憶に残ってた中学1年の頃と変わっていなかった。あとやっぱりちゃんと片付いてた。

 それに心なしか、いい匂いが漂ってる気がする。

 芳香剤とも、柔軟剤とも違う未玲の部屋の香りに、心がすっと落ち着く気がした。


 それからの時間、何とかテスト勉強を頑張った。人が近くにいるとサボる気にならないし、何より隣にいる未玲は教え方が上手い。

 小さなテーブルを囲んで、肘が触れるくらいの距離で、体感的にはいつもの倍くらいのスピードでテスト範囲を片付けていく。


 時々、目が合う。

 未玲が首をちょっとかしげて、なあにってささやく。

 私が別にって言って目をそらす。

 未玲が表情を崩す。

 心臓が躍る。

 未玲が髪をかき上げるたび、優しい香りが私を包む。

 頭ではテスト勉強を片付けながら、心が未玲に引っ張られる。

 時間の感覚も、曖昧になって――。


「終わった~。もう限界~」


 最後のページまでたどり着いて、教科書を閉じる。私は未玲のベッドにもたれかかって、思いっきり両手を伸ばした。


 (本当はベッドにダイブしたかったけど、踏みとどまった私を自分で褒めたい)


 お疲れさま。立ち上がりながら、未玲はそう言って私の頭をぽんぽんと軽くなでた。


「――由貴子ちゃん?」


 私の右手が、未玲の左手に絡みつく。そのまま引っ張ると、未玲は抵抗もせずに私の隣に腰を下ろした。


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『友達』の境界線 黒川亜季 @_aki_kurokawa

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