1. 放課後の文芸部室(1)
「おつかれー。
「んー、どうしようかなー。部室行こうかな」
「良かった。ねえ、購買でお菓子とか買ってかない? テスト勉強のご褒美に――」
2学期の期末試験を目の前にして、本当なら緊張感が高まってるはずの授業の終わり。
今日は小春日和で、窓から差し込む日差しがぽかぽかしすぎてて、何だかもうまったりを通り越してとろとろしちゃってる気がする。そんな放課後の始まり。
未玲の手が、私の肩に軽く触れる。それから、私の瞳をそっとのぞき込む。
同じクラスの、仲の良い友達どうし。未玲はあくまでそんな距離感を守って、この教室の中では私に接している。
「オッケー、今日は何かおごるよ。教えてもらうの、私の方だから」
「えー、悪いよー。でもせっかくだから甘えちゃおうかな」
――ねえ、あの時のあれは、どういう意味だったの?
声には出せない疑問が、また一つ増える。それからため息も一つ。
「そうそう、だからしっかり教えてよね」
「いいよ。……でも由貴子ちゃん、ため息はダメだよ。逃げるよ幸せが」
しまった。気付かれたか。
未玲は昔から人の感情の動きにとても敏感で、だから油断ができない。
「そんな古風な……。いまどき言う? 幸せが逃げるとかって」
「言います~」
軽口でお茶を濁して、それからそそくさと席を立つ。
さり気なく未玲から視線をそらしつつ、私は教室を出た。未玲が追いついてきて、並んで歩く。
二人の手の甲が、かすかに触れ合う。
購買には未玲のお気に入りのチョコレートが残ってたので、それと、あとは果汁グミを買って部室棟に向かった。
このチョコ、放課後は売り切れちゃってるコトが多いんだよ。お気に入りが手に入って、未玲はご機嫌だ。
いつもの放課後なら賑わってるはずの部室棟だけど、今日は人の気配が全然ない。
おかしいな。未玲と思わず顔を見合わせて、それでも文芸部室に向かった。
*
「――あ、
部室の前には、部長の玉江
「あ、未玲ちゃん、
三穂っち…… 玉江先輩が私の名字から付けた謎のあだ名には相変わらず慣れないけど、2年生の途中っていう中途半端な時期に部員になった私が部に馴染めるよう、気をつかってくれてるのかも知れない。そう思って、呼ばれるままにしている。
「こんにちは……って、それ、何ですか?」
未玲が私の後ろから、ひょこっと顔を出して部長にたずねる。
立場、逆でしょ!? 心の中で思わず突っ込みを入れる。私の方が新入りじゃんって思うけど、未玲の仕草がかわいいから仕方ないなあって思ってしまう。
未玲ってば、さり気なく右肩と左手につかまってるし……。
女の子どうしなら、不自然じゃないスキンシップ。だけど未玲の指が体に触れるたび、私の中で何かの針が思いっきり振れる気がしてる。
「未玲ちゃんたち、テスト勉強しにきた? だとしたら残念でしたー。今日からテスト終わるまで、部室は立ち入り禁止でーす」
玉江先輩の言葉に、我に返る。え? 立ち入り禁止……?
「えー、禁止ってどういうことですかー?」
のんびりした口調で、未玲が抗議とも、質問ともつかない声を上げる。
「三穂っちも未玲ちゃんも、昨日はいなかったもんね」
窓ガラスに貼った紙を一瞬、にらみつけるようなポーズを取って、それから玉江先輩は本当に怒り始めた。
「生物部の…… あのバカ連中がね! 夜中まで世界史一問一答クイズ大会で盛り上がってたのよ! 警備員さんに見つかって、それから昨日は緊急部長会議」
「生物部なのに、世界史ですか?」
そこなの!? 未玲の天然な台詞にまた突っ込みたくなったけど、玉江先輩の手前、何とか我慢した。
「そうなのよ……。ってあんまり教科は関係なくない? 生物部の連中もテスト勉強ですーとか言い訳したらしいけど、まあアウトだよね。文化系は、テスト前の部活もちょっとは見逃してもらってたのに、コレで台なし。今日からは厳しくなりまぁ~す」
最後の方は、玉江先輩もあきらめの境地になったのか、投げやりに明るい口調になっていた。
「じゃあ、部室でテスト勉強もできないってコトですか……。部室、ちょうどいい感じで集中できたんだけどなー」
「ま、そういうコト。残念だけど、三穂っちたちもしばらくは我慢してね。図書館とか、使って」
図書館、か……。私は隣の未玲の表情をうかがう。まあ、普通はそうなるんだろうけどね……。
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