第3話 男女関係のもつれ
そんな宗教にすがるという考えは、
「太古の昔からあったものだ」
もっといえば、
「世界の歴史というのは、宗教の歴史」
といってもいいかも知れない。
それはまるで、
「タマゴが先か、ニワトリが先か?」
ということになるのだろう。
どちらが先なのかということは、問題ではない。
「問題とするのは、理論的に矛盾しているものを、矛盾のないように考えることが、無限というものを、限りあるものにする」
ということになるからだろう。
「無限」
というものが、いいのか悪いのか、これは、いろいろ考えられるだろう。
たとえば、
「不老不死」
という考えがあるが、これは、パッと考えれば、
「これ以上のほしいものはないだろう」
と思うだろう。
実際に、
「若いままで、そして死ぬことはない」
ということだから、
「望んでも望めないものだ」
と考えるからこそ、
「永遠の望みだ」
といってもいいだろう。
だが考えてみれば、
「自分だけが生き残って、若い状態でいてどうなるというのか?」
ということである。
ずっと若いままでいても、自分のまわりの人、つまり、
「愛する人たち」
は確実に年を取って、死んでいくということになるのが、自然の摂理というものになるだろう。
それを、
「浦島太郎現象」
とでもいうのだろうか?
竜宮城から戻った浦島太郎は、自分が住んでいた家のまわりはすっかり変わってしまっていて、
「自分を知っている人」
あるいは、
「自分が知っている人が誰もいない」
という状況において、失望だけが残ったのだ。
だから、
「決して開けてはいけない」
と言われた玉手箱を開ける結審をして、そこでおじいさんになったということなのであった。
確かに、ここで終わっているのであれば、
「悲劇」
ということになるだろう。
しかし、果たしてそうなのだろうか?
というのも、
「誰も知らない世界に一人取り残されて、それで本当にそのまま生き続けてもいいということなのだろうか?」
それこそが、
「不老不死に対しての挑戦」
といえるのではないだろうか?
本来であれば、
「決まった命」
というものを、決まった時代で消費するというのが当たり前のことだとすれば、
「この時代で生きていてはいけない」
ということへの戒めとして、潔く、
「死を選ぶ」
ということになるのかも知れない。
特に昔は、
「戦争の歴史」
というものがあり、
「寿命まで生きて、大往生」
などというのは、なかなかない時代であった。
戦争に駆り出され、理不尽な死に方をした人というのはかなりいただろう。
それを思うと、
「誰も知っている人がいない世界で生き続ける」
というのは、それこそ、
「地獄の苦しみだ」
ということになるだろう。
そもそも、その時代で生きられるとは限らない。実際には無理なことだろう。
何といっても、
「家もなければ金もない」
さらには、
「助けてくれる人もいない」
ということで、
「もし本当のことを言ったとしても、誰も信じてはくれない」
ということになるのだ。
それこそ、その時代であれば、
「人心を惑わず怪しい男」
ということで、
「まるで、何かの新興宗教と思われ、処刑される」
ということになるかも知れない。
これまでの、
「宗教の歴史」
というものから考えると、
「間違いなく処刑に値する」
ということになるだろう。
西洋でも、
「魔女狩り」
というものがあったり、日本でも、江戸時代に、
「キリスト教禁止令」
というものから、隠れキリシタンをあぶり出すのに使われた。
「踏み絵」
というやり方も、よくよく考えれば、
「人間の傲慢さが生み出したものだ」
といってもいいだろう。
実際に、それらの処断で、全世界的に見て、どれだけの人間が処刑されたというのだろうか?
それを考えると、
「どれだけ恐ろしいというものか?」
ということになるだろう。
結局、世の中の理不尽なことを考えると、
「宗教に始まり、宗教に終わる」
ということで、それだけ、
「宗教というのは侮れないもの」
ということで、
「人間にとって、大きな恐怖になる」
といえるのではないだろうか?
そんな無限というものを考える時、
「俺たちが、無限を求めてはいけないのか?」
という考え方になるだろう。
しかし、実際には、
「無限というものは、求めなくても、目の前にある」
ということであり、
「そのことに気づかないのは、それが無限であるということを理解していないからではないだろうか?」
それは。まるで、
「石ころというものの発想」
といえるのではないだろうか?
河原などに、一杯転がっている石ころ、それは、
「そこにあって、何ら不思議のないものなので、それをいちいち気にすることはない」
といえるだろう。
そんなことまでいちいち気にしていれば、
「次の瞬間に広がっている無限の可能性、それらすべてを考慮しなくてはいかなくなり、頭がしっかり回らずに、何もできなくなってしまうということから、無意識に、石ころという存在を無視してもいいという理論にたどりついたのではないだろうか?」
それができるのは人間だけだ。
それが、思考能力というもので、他の動物の行動というのは、あくまでも、
「本能」
というものよるものだ。
ただこれも、
「人間が、人間の立場から見た」
というもので、これこそ。
「人間のエゴ」
であったり、
「人間の傲慢さ」
ということになるのではないだろうか?
目の前にあるものとして、それが見えていないという感覚は、
「慣れ」
というものが一番影響しているものではないか?
とも考えられるのではないだろうか?
確かに、目の前にあるものとして、
「見えているはずのものが見えていない」
というのは、
「目の錯覚」
というものを呼ぶといってもいいだろう。
しかし、それが本当に見えてはいるものであるにも関わらず、
「つまずいてしまう原因」
となったり、逆に、見えていないにも関わらず、
「つまずかずに前に進める」
ということが、無意識にできているという、、まったく正反対の出来事ができているということから考えて、
「人間の慣れというものは、錯覚に勝るものなのではないだろうか?」
と考えることもできるというものである。
そんな中において、このストーカー犯罪において、被害者である女性が刺されたというのを聞いた彼女の知人で、
「最初、すぐには信じない」
という人が複数いた。
その人たちは、彼女が、
「無抵抗だった」
ということを聴いて、ビックリしていたのだ。
というのは、被害者である彼女、名前を永野静香という。
「永野さんが、帰宅途中だと思われますが、刺されて殺されました」
というような話をすると、
「彼女がですか?」
というのだった。
「ええ」
と警察がいうと、
「彼女が、用心深い方なので、そう簡単にはいかないと思うんですけどね」
という人が複数いたということだ。
「用心深くても、不意に襲ってくれば、十分にありえることですけどね」
というと、
「彼女今までに、何度か命の危険に晒されたことがあったんです。一番ひどかったのは、工事現場の近くを通りかかった時、上から鉄骨のようなものが落ちてきたことがあったんです。その時、彼女は不意に立ち止まって後ろを見たんです。その時、目の前に鉄骨が落ちてきたということなんですが、彼女にいうと、何か、虫の知らせのようなものがあったのか、後ろが気になって振り向いたということなんですよ」
という、
「ということは、彼女が立ち止まらなければ?」
「はい、確実に下敷きになっていたということになりますね」
という。
「霊感か何かなんでしょうか?」
「ハッキリは分かりませんが、それからも、そこまで危ないことはないんですが、彼女が何かに気が付いた時、うまく危険を察知できるというような力が身についているようなんですよ。だから、彼女に限って、そういうことがあったというのは、信じられないんですよね」
ということであった。
なるほど、確かにそう考えると、腑に落ちないと思うのも無理もない。
しかし、警察は、そういうスピリチュアルなことをそのまま信じるというのは危険な感じがして、参考程度に聞いていた。
というのも。
「確かに彼女が危険な状況を逃れたのが何度あったのか分からないが、あくまでも、回数ということである」
と考える。
つまり、実際に逃れたのが、2回だったとして。本当であれば、
「危険に晒されたのが10回あったとすれば、その危険を回避できた確率は、2割にすぎないではないか?」
ということになる。
しかし、これは逆に、
「10回というのが、多すぎるのではないか?」
ともいえることで、それを考えると、
「そもそも、逃れることができたことが複数回あったというだけで、すごい回数であり、逃れる確率がいくら低かったとはいえ、逆に、命の危険に晒される可能性が低いわけではないともいえる」
ただ、その、危険の度合いがどの程度なのか?
ということである。
例えば、
「死ぬまでは行かないまでも、骨折をしたり、転んで気を失ったりしたので、救急車を呼んだりはしたが、すぐに気が付いて、念のために病院で精密検査をしたが、別に異常があったわけではない」
などということになると、
「それも、生命の危機に入れるかどうか?」
ということが問題となるだろう。
しかし、実際に問題になったわけではない。
人によっては、
「あいつはどんくさい」
ということで、よく、階段から滑ってこけてしまったりして、
「骨にヒビが入った」
などという人も結構いる。
しかも、そういう人は、
「何度も同じような目に遭っている」
ということで、いつも命の危険に晒されることはないので、
「おっちょこちょいなので、こんなことになるんだ」
と、口の悪い人から言われていたりするだろう。
それでも、本人も
「俺が悪いんだ」
ということで、何も言い返せない。
それどころか、
「俺が危険な目に遭ったことから、誰かに何を言われようとも、ただどんくさいだけではないか」
と思えてしまい、他人のいうことを鵜呑みにするという人が多いだろう。
そうなると、自分で自己暗示に掛けてしまい、
「俺ってどんくさいから、何度も同じようなことで、ケガを繰り返すことになるのかも知れないな」
と感じてしまうと、実際になってしまうということは往々にしてあるということになるのだろう。
それを考えると、彼女のように、
「危機を脱する」
という特殊能力のようなものがあるということになると、確かに、
「簡単に即死するほど、犯行がスムーズに行われたというのは、何か腑に落ちないというところがあるといえるかも知れない」
というのも、信憑性があるのだ。
確かに、警察で行われた、
「司法解剖」
というものでは、
「死因は、鋭利なナイフのようなものでの刺殺」
ということであり、
「即死状態であった」
ということであった。
つまり、
「ナイフで刺されて、出血多量によるショック死」
ということだったのだ。
ただ、解剖を行った法医学の先生がいうには、
「傷の深さは、出血多量となるには、少し浅い気がする。即死といっても、少し苦しんだのかも知れない」
ということであった。
実際に、
「苦しんだ痕のようなものが、見えた」
ということなので、少しのたうち回ったという状況だったのかも知れない。
「声を上げたかも知れない」
とも思ったが、刺された状態で、声を振り絞ったとしても、本当に声が出たのかどうかまでは、死んでしまった後ということであれば、分かるわけもなかったのだ。
それを考えると、
「殺された女性を、少し調べてみる必要もある」
ということで、現場の聞き込みが急務だったのだ。
実際に刺された時間というのは、夜の9時頃だというので、人通りはあったかも知れない。
「大きな駅前の大通りを数十メートルほど行ったところから、狭い路地に入って少し行ったところ」
というのが犯行現場だったのだ。
そこは、前述のように、オフィス街であり、その時間であっても、比較的人通りは少ないと思われる。
しかし、それでも、
「駅前のオフィス街」
ということで、
「まったく人通りがなかった」
ということはないだろう。
一人や二人の聞き込みができて不思議はないわけで、彼女がどういう状況だったのかによって、事件の様相は変わってくる気がした。
防犯カメラの映像も、重要な事件解決への糸口となるだろう。
実際に押収したカメラの映像を見ると、
「司法解剖の見地とほぼ同じだったことが分かる」
「被害者の彼女、確かに抵抗はしていないですね」
ということであったが、よく見ていると、彼女は、刺される少し前まで、まわりをキョロキョロとしていた。
しかし、ふいに、まわりを気にしなくなってから、足早にその場所を通り過ぎようとしているところからの、一気に襲い掛かってきたという感じであった。
完全に、不意を突かれ、逃げることもできなかったということだろう。
それを彼女を知っている人にいうと、
「ああ、彼女は結構用心深いんですが、ある程度まで気にして、自分の中で安心してしまうと、今度はまったくまわりを気にしなくなるんですよ」
というではないか。
「それだけ自分のそれまでの目に自信があるということかな?」
と刑事がいうと、
「そうですね、用心深い人が陥るかも知れない、隙のようなものが絶対に襲ってくるので、その瞬間を彼女が持っているのかも知れませんね」
というのであった。
「なるほど」
と聞き込んだ刑事が納得した。
彼は名前を桜井刑事という。
桜井刑事は、事件解決に今までかなりの成果を挙げている。
彼は彼なりに推理ができる刑事で、自分が集めてきた情報を元に、自分なりに推理をするのだった。
まだ、初動捜査の段階といってもいいので、状況証拠を組み立てるための、物証や証言を探しているところなので、
「事件における全体的な推理まではいかないが、細かいところでの、ちょっとだけ前に進むという推理くらいはするのであった」
ということだ。
ここで感じたことは、
「彼女が油断した瞬間を、いきなり狙っているということは、犯人は彼女の知り合いか、あるいは、知り合いでなくとも、彼女のことを熟知している人間がやった犯行ではないだろうか?」
ということだった。
そして、もう一つ言えるということとして、
「彼女は普段から狙われると思っていたのかどうなのか。微妙な感じがする」
ということであった。
ということで、まずは、生活安全課に聞いてみることにした。
「永野静香さんですか?」
ということで、生活安全課の方でも、調査をしてもらうと、
「ええ、確かに一年くらい前に、相談に来られたことがありました」
ということであった。
「それはどういうことだったんですか?」
と桜井刑事が聞くと、
「ええ、彼女は、今の会社が転職してすぐだということだったんですが、彼女は前の会社でしつこく交際を申し込まれ、それを断るうちに、その人が会社の前で待ち受けていることが多くなって、次第に気持ち悪くなってきたという理由で、転職したということでした」
というので、
「それで、警察に?」
と桜井刑事が聞くと、
「ええ、別の会社に勤めてからも、しつこく会社の前で待っていることが多かったりしたんだそうです。しかも、その頃から、家の前で張っていることも多くなり、四六時中見張られているようになったことで、ノイローゼのようになったんですね。たまらなくなって警察に通報したとのことでした」
と生活安全課の人が言った。
「なるほど、それって典型的なストーカー行為でしょうか?」
と聞くと、
「ええ、そうですね。典型的だと思います」
「それでどのような手段を行ったんですか?」
と聞くと、
「ご存じのように、警察はそういう相談を受けても、いきなりストーカーの身柄を拘束したり、取り調べのようなことはできないので、まず本人に連絡を取って、ストーカー行為をしないように促すと同時に、彼女の家の周りの警備を強化します。パトロールの回数を、彼女の家の近くだけ少し増やすなどしてですね。そして、彼女のケイタイの番号を登録しておいて、彼女からの着信であれば、110番と同じレベルのものだという認識をする手続きを取りました。そして彼女には、なるべく一人で行動しないようにしてほしいと伝えました」
ということであった、
「それで、そういう人が彼女のまわりに誰かいたんですか?」
と聞くと、
「ああ、同僚の女性に、いつも相談に乗ってくれる人がいるということでしたので、その人となるべく一緒にいるようにとは促しました」
「ほう、それならよかったですよね」
というと、
「ええ、そうなんです。一応できるだけの対策はとった中で、我々がストーカーに連絡を取って、もうやめなさいというと、最初は、自分はストーカーではないと言い張っていたんですが、今度は我々が彼をマークして、ストーキングの物的証拠を見せると、やつは、青くなって、もうしませんということを言い出したんですね。ストーカーというのは、意外と気が小さい人間も一定数いて、彼もその中の一人だったということになるんでしょうね」
と生活安全課では見ていたようだ。
そして彼女からも、
「こちらに相談してから、ストーキング行為は最初はあったけど、徐々に少なくなっていって、今では顔を見ることもなくなりました」
ということだと刑事はいうのだった。
「それがいつ頃のことですか?」
と桜井刑事が聞くと、
「彼女が最初に来てから、4か月くらいが経っていましたかね」
「携帯電話の対応も、一定期間だけのことで、それが済んでもまだ何かあるようだったら、さらに更新し、期間を延長する」
ということであったので、実際には、
「その時点で、ストーカー問題は、一応の解決を見た」
ということであろう。
「彼女はどうでした?」
と聞くと、
「ええ、だいぶ安心したようでした。初めて顔色もよくて、逆にそれまでがひどい状態だったんだということでしょうね」
と生活安全課の刑事はいって、少し寂しい表情になったかと思うと、
「そんな彼女が、あれからまだ一年も経たないというのに、殺されてしまうというのは、実に残念なことです」
という。
「その時のストーカーの男は、それからまったく彼女の前に現れないんですか?」
というと、
「ええ、現れないようですね」
ということであった。
それを聴いた桜井刑事は、その内容を。捜査本部に報告したのだが、捜査本部でも、あたりの聞き込みとしての情報は、相変わらずに、これと言ったものはないようだった。
防犯カメラの映像を見せてもらい、その写真をもって、彼女の前の会社や、今の会社に見せたりした。
前の会社に出向いた時、例の、
「ストーカー男」
というのは会社を辞めていた。
それは、時期的には、警察から、ストーカー行為を辞めてほしいという、
「警告の電話があった」
という時期に近かった。
「警察にいわれて引き下がるくらいなので、その正体は、小心者だといってもいいのかも知れない」
と思った。
そもそも、ストーカーになるというのは、
「小心者で、声もかけられない」
という人が多いとも言われている。
それを考えると、
「小心者の心理状態」
というものを考えてみないといけないとも思ったので、彼についても、いろいろ元同僚にも聞いてみることにした。
静香が殺されたということをいうと、
「ああ、彼女がね」
といって、何か意味深な複雑で、奥歯にものがはさかったかのような表情をする人もいて、それを見ていると、
「何かを隠しているのか?」
という思いと、
「何か疑問のようなものがある」
ということなのかと考えるのであった。
「彼女は、殺害されるに至って、心当たりありますか?」
と聞くと、
「彼女はですね、何かオオカミ少年のようなところがあってですね」
と言い出したのだ。
そして、それを言って、少し考えていた。少しして、意を決したように、
「死んだ人のことを悪くいうのは、気が引けるんですが」
という言い訳をしたうえでさらに続けた。
「静香さんは、どこか狂言癖のようなものがあるというのか、猜疑心が強いからなのか、ウソを言って、人を困らせたりすることが多かったんです。でも、だからと言って、楽しんでいるという風には見えなかったので、何か病気のようなものではないかと思っていたんですよね」
というのだった。
「それは何か精神疾患というような?」
と聞くと、
「女性は嫉妬深かったりすると言われるじゃないですか。彼女は、それの極端な感じだといってもいいのではないでしょうか?」
というのだった。
この話は彼女に限ったことではなく、
「聞いた人ほとんどがそう答えていた」
ということであった。
それは、女性だけではなく、男性からも聞けたことだったので、その信憑性は高いということになると、桜井刑事は感じたのだ。
それで、
「この事件というのが、ストーカーによる、一種の男女関係の縺れといってもいいのではないだろうか?」
というところが、その時点での桜井刑事をはじめとした捜査陣の考え方であったのだった。
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