第2話 マンションの地震
***
その地震が起きたのは私達が家族で夕食を食べている時だった。
小学校の避難訓練では何度も練習していたけど、いざ本物の地震に遭遇すると体は硬直して動けなくなる。
「テーブルの下にもぐれ!」
「せりなちゃん、早く!」
パパとママの声で私もダイニングテーブルの下に慌ててもぐりこんだ。
家具が爆音とともに大きく揺れ、フローリングの床に叩きつけられた。今までの余震とはケタ違いのものだった。
揺れがおさまったのはかなり時間が経ってからだと思う。
停電で部屋は真っ暗だった。
「……大丈夫かしら? こんな事今までなかったのに」
「信じられないくらいデカかったな」
「でもまだ揺れてない?」
パパとママは不安そう声に呟く。まずパパがテーブルの下から這い出てママが続く。最後に私が這い出た。恐怖の余韻が残り私の足は震えていた。
「大丈夫だ。せりな」
「うん」
「無理しなくていいのよ、せりなちゃん」
「そうだ、家族全員が助かっただけでもありがたく思わないと……」
パパとママに抱きしめられて私は少し落ち着いた。
*
「スマホが使えないわ」
「俺のもだ。震度7以上はあったな、震源地はどこだろう?」
「きっと大変な事になっているわよ!」
震源地や街の情報など得ようとしたパパとママが騒ぎ出したので私も自分のスマホを見た。画面は『圏外』になっていた。テレビは床の上に無残に転がっている。
地震の情報が全く得られないことは不安でしかない。友達の家はどうなっているだろうか。怪我をしてる子もいるかもしれない。明日は休校だろうか。
外の様子が気なった私は ベランダの窓を開けて外に出てみた。
(――えっ!)
私はここで奇妙ことに気が付いた。
私の家はマンションの5階の部屋だ。
ところが窓の下にはいつもの光景が広がっていた。住宅街があり、その窓からは明るい光が放たれている。
つまり停電していないのだ。
景色は見慣れた日常的なもので、そしてあれだけ揺れたにも関わらず目立つような建物の崩壊はなかった。
***
パパの提案で部屋から出ることになった。
全く情報が得られない以上、真っ暗な部屋にずっと籠っているわけにもいかないからだ。
「あっ! 高田さん」
「あっ、お隣の佐々木さん! ご無事でしたか? あ、せりなちゃんも大丈夫だった? こわかったね」
「こんな地震さすがにね。怖かったですよ」
部屋の扉を出るとお隣の高田さん夫婦と出くわした。この2人はお年寄りだけどわりとうちの家族と付き合いがある。私も小さい時からよく遊んでもらっていた。
驚いたことにマンションの館内は明るく電気は通っていた。
「スマホが使えなくて」
「ええ、うちの電話も全部使えませんよ」
「ただ、電気は使えるみたいなんですよ。最初は消えたんですけどすぐに点きましたよ」
パパはすぐに部屋に戻ると家中の電気が点灯することに確認した。
「ブレーカーが落ちたわけじゃないのか? 全くわからん、どうなっているんだ」
「それにしても他の家の人たちは静か過ぎない?」
「そうなんです。わしらもそう思って部屋から出てきたんですよ」
高田のおじいちゃんがそう言うとパパも頷いた。
マンション全体が静か過ぎるのだ。他の住人が部屋から出てこないのだ。これだけ大きな地震があったのにも関わらず。
「まさか皆さん、部屋でお怪我をして動けなくなっているとか?」
「その可能性もありますが……」
――タツキ君は大丈夫だろうか?
ふいに同じマンションに住むクラスメートのことが心配になった。彼の部屋は10階だ。怪我はしていないだろうか。
「タツキ君の部屋をちょっと見てきていい?」
「いいけど、階段を使ってね」
「うん、わかってる」
地震の時にエレベーターを使用してはいけない事は知っているので私は頷いた。
6階に伸びている階段を上ろうとしたとたん――
――ガツン!
私の頭に何かが当たった。ちがう、何かに体が弾かれたのだ。
ぶつけた頭を押さえながら、もう一度、階段に足をかける。
――ガツン!
同じように弾かれた。
今度は手で前方をゆっくり確かめるように触ってみた。固いものが指先に確かにあたる。
手で押し返してみても何も反応がない。試しに上下左右に手を動かしても固く冷たい感触しか返ってこない。
――そこには見えない壁があったのだ。
強度の高い透明のアクリル板が空間に貼りついているように思えた。
――その『透明な壁』のせいで私は階段を上れないのだ。
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