第6話 柊吾の過去
「柊吾……!柊吾!助けてくれ!」
俺を呼ぶ声が耳に響く。でも、俺の体は動かない。
燃え盛る炎の中で、彼は俺の名前を呼び続けた。
「お願いだ柊吾!見捨てないでくれ!」
その悲痛な叫びは、ちゃんと俺に届いていた。
それでも俺の体は動かない。
目の前で少しずつ生命の火が消えていくのを、俺はただ見ていることしかできなかった……。
「……はっ!はあっ!はあっ!」
俺はベッドから飛び起きた。また、嫌な夢を見たもんだ。もう思い出したくないってのに。いや、忘れるなというあいつからの忠告なのかもしれないな。
気持ちの悪い汗でびちょびちょになった寝巻きを着替え、俺は学校に行く準備を整えた。
「どうした柊吾?今日なんかテンション低くね?」
「そうかな……?いや、なんでもないよ」
大学の昼休み。学食の隣の席でラーメンを啜りながら、大輔が俺の顔を覗き込んでくる。
「いーや、なんかあったね。俺には分かる。長年の付き合いだからな」
「まだ大輔と出会って1ヶ月しか経ってないだろ……」
そう返したものの、大輔の勘は当たっていた。俺は今朝見た夢が頭から離れず、今日はずっと落ち込んでいるんだ。
「お前さ、敢えて隠すなら俺も深くは問い詰めないけど、話したら楽になることもあるんだぜ?ましてやあんまりよく知らない奴に話す方が意外と話しやすかったりする。どうだ?出会って1ヶ月の俺に話してみねーか?」
「長年の付き合いとやらはどこに行ったんだよ。……話したら楽になるかもしれないけど、大輔に聞かせる話じゃ……」
「水くせーな、俺とお前はただの友達じゃなくて協力関係にある仲間だろ?お前から話す勇気が無いなら俺が当ててやるよ。ずばり、お前がヒーローになった理由に関わることだろ!」
またしても大輔の勘は当たっている。そう、俺が見た夢は、俺がヒーローになると決めた、その根本に関わる過去の事実だ。
だけど、あんまり人に話すもんじゃない。というか、俺自身がはっきりと思い出してしまって、当時の感覚が戻ってくるのが怖いんだ。
「あー図星か。なら確かにここじゃ話しにくいな。小さい空き教室でも探そうぜ。柊吾も次空きコマだろ?」
「いや、場所の問題じゃ……」
「いいからいいから!話せるとこまで話してみろって!な?」
大輔の勢いに押され、俺たちは空き教室にやって来た。
ここまで言われれば、俺ももう話すしかない。
それに、大輔は俺と一緒にヒーロー活動を手伝ってくれる仲間だ。過去の出来事にも、ケジメを付けとかないといけない時なのかもな。
「で?何があったんだ?話してみろよ!」
「ああ。実は今日、悪い夢を見たんだ。でもその夢は、過去に本当にあった出来事だ。それを分かった上で聞いてくれ」
俺は大輔に向かって話し始めた。
あれは俺が小学3年生だった頃。俺には、仲の良い友達がいた。名前は
和也は所謂カギっ子だった。父子家庭で、しかも毒親。父親は夜間警備の仕事をしていて昼まで酒を飲み、夕方まで寝ているような男だった。
だけどそんな家庭で育った和也は、明るくて良い子に育っていた。運動神経抜群でクラスのまとめ役。俺も運動には自信があったが、和也にだけは何をやっても勝てなかった。
俺たちは同じ野球チームに所属し、休みの日もよく一緒にキャッチボールをする仲。
周りからは「相棒コンビ」なんて呼ばれてたんだ。
そんな和也は、家に帰るのを嫌がっていた。帰るとお父さんが殴るんだ、と彼は寂しそうに呟く。そんな和也を見て、俺はある日和也の家に泊まりに行くことにした。俺というよそ者がいれば、和也の父親も虐待行為をしないだろうと考えたんだ。
だが、俺が和也の家に着いた時、その家は大火に包まれていた。
家の前には和也の父親。和也はどうしたの、と焦って聞くと、まだ中にいてもう助からないだろう、と返された。
俺は思わず燃え盛る家に向かって走り出したが、和也の父親は横から俺を蹴り飛ばした。
和也はもう助からない。お前は逃げた方がいい、と言ってきた和也の父親は、口の端に微かな笑みを浮かべていた。
その時俺は確信した。こいつがわざと火をつけたんだと。
俺はもう一度燃えている家に向かって行こうとしたが、和也の父親は俺を殴りつける。
次にあいつを助けに行こうとしたら許さない、と怒鳴りながら。
俺は恐怖に震え、立ちすくんでしまった。
そんな時、玄関のドアが少し空いて焼け爛れた和也の顔が出てきた。
そこにいるのは柊吾か?頼む!助けてくれ!
和也は俺に向かって、弱々しい声で訴える。
だが隣には俺を睨みつけ、少しでも動く素振りを見せると拳を振り上げる和也の父親。
俺は、和也の声に応えることができなかった。
手が届くのに、手を伸ばさなかったんだ。
そのまま和也は焼死。和也の父親は初めは罪を否定していたが、近所のお喋り主婦の証言によって殺人罪で逮捕。今は檻の中にいる。
俺はたまたま和也の父親が逮捕される瞬間に通りがかったが、逮捕されてざまあみろとは思えなかった。大切な友達である和也が死んでしまったこと。そして、和也を助けられたのに暴力に怯えて助けられなかったこと。この二つの事実が、俺の心に大きなショックを与えていたんだ。
「……なるほど、ね。そりゃー大変だったな」
話し終えると、大輔は申し訳なさそうに下を向いている。
「なんつーか、その、悪かったよ。無理やり聞き出したりして……」
「いいんだ。俺もいずれこのことにはケジメを付けなきゃいけないと思ってたし、大輔が聞いてくれてちょっとスッキリしたよ。ありがとう」
「いや、礼を言われるようなことじゃ……」
なんかさっきと立場が逆になってるな。その状況が可笑しくて、俺は少し笑ってしまう。
「あ!柊吾お前、何笑ってんだよ!」
「いや、しゅんとしてる大輔が珍しくてつい」
「お前なあ、こんな話した後によくそんなことで笑えるよな」
そう言う大輔も、少し前とは打って変わって笑顔になっている。
「でもそうか、そんな過去があるから、柊吾は躊躇なくヒーローになることを選んだんだな」
「うーん、あの時は半分騙されたっていうかなんていうか……。まあでも、初めて怪人と遭遇した時に戦うことを選んだのは、和也のことがあったからかもね」
俺の潜在意識には、常に和也が亡くなったあの日のことがこびりついている。
もちろん、小学3年生だった俺にはあの状況で和也を助けることができなかった、ということは今では分かる。同じ小学生とはいえ、人一人を担いで燃え盛る火の中脱出するなんてことは今でもできるか分からない。
それでも、俺はあの時ただ見ている以外にできることがあったはずだ。消防車を呼ぶなり、人に助けを求めるなり、和也の父親の金的を蹴ってなんとか和也に近づくなり、選択肢はいくらでもあった。
でも俺が取った行動は、ただ見ていること。脅されていた事実はあるが、俺はあの状況で何もできなかった……いや、しなかったことを後悔し続けている。
だから、誰かを救うことができる力を手に入れた今、俺は戦う選択をした。
「柊吾は、優しいんだな。俺にはとてもそんなこと思えねーよ」
大輔はそう話すが、実際同じ状況に陥ったら誰でも罪の意識に苛まれるだろう。
別に俺が特別優しいってわけじゃない。
「よしっ!柊吾の過去のことは分かった!でも、過去は過去だ!お前は、今お前が救える人を救うことが使命!そんなお前に、俺は全力で力を貸すぜ!」
「大輔……?急にどうしたんだ?」
「俺は俺にできることをするってだけだ!とりあえず、次怪人が出てきたら俺も観察したいからさ、呼んでくれよ」
それは危険だ。前回のコンディショナー怪人にもやられかけてたし、敵の能力によっては俺も太刀打ちできるか分からない。そんな相手を生身の状態で観察するのは無謀だ。
「あー、それは大丈夫だよ。俺はあくまで現場から少し離れたところでお前の戦いを見てるからさ、高みの見物ってやつ?」
「その言い方はなんか違う気が……」
「まあいいんだよそんなことは!とにかくさ、奴ら人間の姿から怪人になってるわけじゃん?絶対普通の人間には無い特徴があると思うんだよな。それを見つけたい!ちょっとハイスペックな双眼鏡買ってくるわ!」
ええ……ポジティブなやつだなあ。そんな軽い感じで怪人の特徴なんか分かるのかね?
そんな大輔の背中を見て、俺は気持ちが軽くなっていることに気づく。仲間ってのはいいもんだなあ。
そんなことを思いながら、俺は次の授業に向けて準備を始めた。
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