第5話 ブルーカラーで洗い流せ!
俺の変身コールが聞こえたのだろう。コンディショナー怪人がこちらを振り向く。
「あんた!!さっきはよくも騙してくれたわね!卑怯な奴!……ってなんか青くなってない?」
「見境なく人を襲うお前に何を言われても響かないね。ご丁寧に破裂までの時間を教えてくれたおかげで、こっちも準備ができた!さっきみたいにはいかないぜ?」
「ふん、どうせあんた如きが何をしたって私には敵わないわよ。姿が変わったようだけど、そんなことでこのコンディショナーゾーメには勝てないわ!」
再び注ぎ口からコンディショナーを噴射してくる怪人。
だが、今回は俺にも勝ち筋がある。
「こんなコンディショナー、屁でもないね!」
俺はすいすいとコンディショナーの上を歩いて怪人に近づいていく。
「ど、どうなってんのよ!なんで滑らないの!」
「さてな。お前に教える必要は無い!」
青髪になった俺は、歩みを止めることなく答える。
コンディショナーは燃えるゴミで出せるから、最初は髪色を火を操る赤にしようと思ったんだ。
だけどそもそも道にぶちまけられたコンディショナーの海を進むには、火の能力だと全部燃やすしかない。しかも被害に遭った人々に付いているコンディショナーに引火して、それが死因になりかねない。
ということで俺が選んだ髪色は水を操る青。
コンディショナーは温水で洗い流せる。つまり今俺は温水でコンディショナーを流しながら歩いているんだ。いや、正確には熱湯だけど。油分を多く含んでいるコンディショナーを早く洗い流すには、熱湯の方が適任だ。
怪人もそれに気づいたようで、悔しそうに声をあげる。
「きいーっ!洗い流しちゃったら毛穴詰まりも解消されちゃうじゃないの!」
「馬鹿かお前、それが狙いだろうが!」
そう言いながら俺は腰のベルトに手をやる。ベルトが光り、出現したのは三股の槍。おお、髪色が変わると武器も変わるんだな。
「さあ、中身を全部出させてやる!」
俺は怪人の腹に思いっきり槍を突き刺し、抜いた。
すると怪人の体から中身のコンディショナーが勢いよく噴き出し始める。
「ちょ、ちょっと何すんのよ!」
文句を言いながらも怪人の声はだんだん元気が無くなってきている。それは、噴き出てきたコンディショナーを片っ端から俺が洗い流している為だ。
俺は中身がスカスカになった怪人に再び槍を突き刺し、上に向かって掲げる。
すると、底の方に溜まっていた最後のコンディショナーがゆっくりと落ちてくる。
「待って!それだけはやめて!」
「うるせえ!トドメだ!ホットストリーム!!」
槍の先から猛烈な勢いで熱湯が噴き出し、噴水のように怪人の体を持ち上げる。
数秒経つと怪人の断末魔は途絶え、俺は熱湯を止める。
ひらひらと詰め替え用パックの外見だけになった怪人の体が落ちてきて、俺は勝利を確信した。
周りを見ると、破裂寸前だった大輔や親子、それにコンディショナーをかけられた被害者たちも元に戻っていく。
良かった、また勝てた。
「いやそんなこと言ってる場合じゃねえ!」
大輔が元に戻ったら、俺はその場で変身を解けなくなる。
急いで近くの曲がり角まで走り、変身を解除して大輔たちの元へ戻ってくる俺。
汗だくになっている俺の姿を見て、キョロキョロと周りを見回していた大輔が走り寄ってきた。
「おい柊吾!見たかよアレ!」
「アレ?アレってなんだ?」
「とぼけんなよ!お前が呼んできてくれたんだろ?あの染髪マン!」
……え?こいつ、あの死にかけの状況でもちゃんとヒーローの姿を追ってたって言うのか?
凄まじい精神力だな。そこは素直に尊敬するよ。
「そ、そうなのか。ちゃんと怪人は倒してくれたのか?」
「そりゃもう圧勝だったよ!最初は金色だったんだけど、怪人の方が優勢で染髪マンは一回逃げたんだ!で、1時間半ぐらいかな?してから戻ってきたら、青くなってんだぜ!そしたらもう強いのなんのって!」
大輔は興奮した様子で、話し出した口が止まらない。俺はそんな大輔の様子にほっとしながらも、クロゾーメ軍団について考えていた。
奴ら、目的や人を襲う動機はくだらないけど、人間の命を簡単に奪う力を持っている。
むしろその目的や動機が小さなことのせいで、人々の命はすぐに危険に晒されてしまう。
道行く人全員がクロゾーメ軍団の手先である可能性がある。今日だって突然話しかけてきたオバサンがクロゾーメ軍団の怪人だったんだ。誰が怪人でもおかしくない。
どうやら思っていたより、敵の組織は大きいようだ。それともたまたま俺の近くに現れているだけなのか……。いや、そんな都合のいい考え方はしないでおこう。
しかしこれで日本全国にクロゾーメ軍団が蔓延っていた場合、俺一人で守り切れるのだろうか……。某ヒーロー番組の主人公が言っていた、「人が人を助けていいのは、自分の手が直接届くところまでなんじゃないかって」という言葉を思い出す。
せめて、クロゾーメ軍団の怪人が現れた瞬間に知らせてくれる何かがあればなあ。
「おい柊吾、何ぼーっとしてんだ?」
「ああごめん。ちょっと考え事を」
「それよりお前、いつの間に青髪になったんだ?さっきまで金髪だったよな?」
大輔の指摘に心臓が飛び跳ねる。まずい、勢いで髪を染めてもらったけど、染髪マンに変身している時も俺の髪は露出したまま。てことは、俺が染髪マンだってバレるリスクめちゃくちゃあるじゃん!
「さては柊吾お前……」
大輔が口を開く。待ってくれ、その先は言わないでくれ!もうバレるのはまずい!
「お前、染髪マンに憧れてんだな?」
俺はガクッと崩れ落ちる。そう解釈してくれたのか……。助かるぞ、大輔。そのまま馬鹿でいてくれ。
「なーんて言うと思ったかよ。お前なんだろ?染髪マン」
「へっ!?な、なんで……」
おいおい、馬鹿でいてくれって言ったばかりじゃないか。もう察しちゃったのかよ……。
「なんでも何も、お前が染髪マンならさっきのこと全部に辻褄が合うだろ。お前が逃げていってすぐに金髪の染髪マンが来た。その染髪マンが一旦逃げて、1時間半して青髪になって戻ってきた。俺たちが元に戻ったら染髪マンはいなくなってて、青髪になったお前が汗だくで息切らしてる。もう、それしか答えねーじゃん」
大輔の完璧な考察に、俺は黙ってしまう。ていうかそりゃそうだよな。俺のことを知ってる人からしたら、俺が染髪マンだってことは髪色ですぐに分かる。それに、奇抜な色になればなるほど俺が染髪マンだとバレるリスクも高くなる。
金髪ぐらいならありふれていても、青髪になってくるとかなり目立つ。認めるしかないか……。
「ああ、大輔の言う通り、俺が染髪マンだよ」
俺がそう答えると、大輔はまた目を輝かせた。
「やっぱそうなんだな!お前ヒーローなんてめっちゃ凄いじゃん!」
「いや、そんな単純なことじゃないっていうか……」
口ごもる俺を無視して大輔は話し続ける。
「俺さ、子どもの頃はヒーロー番組が大好きで憧れてたんだよ!ヒーローそのものじゃなくても、そのサポートをするような大人になりたいって思いがずっとあった!だから勉強は苦手だったけど、頑張ってK大学に入ったんだ!俺にも何か手伝わせてくれよ!」
ええ……。そりゃ手伝ってくれるならありがたいけど、あまり友達を危険なことに巻き込みたくはない。安全なところにいてくれたらそれでいいんだけど……。
「こう見えても俺、機械に強いんだぜ!高校生の時からアプリの開発とかやってんだ!大学でも2年生になったら情報学を専攻するつもりでさ!だから何か役に立てると思うんだ!」
「……え?それってまさか、さっきみたいな怪人が現れたら通知をくれるアプリとか作れたりする……?」
「あー……時間はかかるかもしれないけど、できないことはないかも!とりあえずあの怪人について情報を集められればって感じだな!」
まじかよ!そんな頼もしいことを言ってくれる人物が、大学で最初にできた友達とは……。運の良いことだ。なら、お言葉に甘えて怪人退治を手伝ってもらおうかな?
「分かった。じゃあ、これからよろしく頼むよ!」
「おう!任しとけ!」
ニカッと笑う大輔の表情は、本当に嬉しそうなものだった。
俺は大輔と握手を交わし、新たな仲間ができたのだった。
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