第4話 毛穴詰まりは舐めちゃいけません

「いい加減教えてくれよ、この間の呼び出しは何だったんだよ?」



「ああ、まあちょっとな……」



 入学式を終えて約二週間。学校から自宅へと向かう道中で大輔が俺に質問する。

 まさか俺がヒーロー活動をしてるなんて大っぴらに言えないから、ここは適当に誤魔化すしかない。

 こればっかりは権藤教授の言う通り、人にバレないように活動しないと。



「なんで教えてくれねーんだよ、ツレないやつだなあ!どうせその金髪のことで注意されたとかだろ?」



「うーん、まあそんなとこだよ。もっと目立たないようにしろって怒られたな」



 やっぱりそうじゃんか!と予想が当たったことを喜ぶ大輔。大学生にもなって無邪気なもんだ。



「ちょっとそこの二人組!待ちなさい!」



 肩を並べて歩いていると、突然後ろから声をかけられた。



「あなたたちその髪色は何!?日本男児なら黒髪でいなさい!」



 振り向くと黒髪ロングのヘアスタイルでスーツを着た40代ぐらいの女性が、俺たちを鬼の形相で睨みつけていた。



「オバサン、大学生ってのは髪色自由なんだぜ?オバサンも一回カラーしてみたらどう?」



「おい大輔、あんま刺激しない方が……」



 挑発する大輔を抑えようとしていると、女性はさらに続ける。



「言ってもわからないようね!なら実力行使するまで!」



 カッと目を見開くと女性の姿は大きく変わり、気がつくとそこには注ぎ口が付いたパックのような形になっていた。



「私の名はクロゾーメ軍団のコンディショナーゾーメ!さあ、覚悟しなさい!」



「いやなんで詰め替え用なんだよ!ボトルでいいだろ!」



 コンディショナー怪人の姿にツッコミを入れる俺。我ながら呑気なもんだ。



「ボトルは洗わないといけないから面倒なのよ!」



 そう言うとコンディショナー怪人は黒い全身タイツのような戦闘員を何人か呼び出す。


 まずい、大輔がいるから変身できないぞ……。隣を見ると、大輔は何故か目を輝かせていた。え?なんで?



「おい柊吾見ろよ!怪人だぜ!懐かしいなあ、子どもの頃こんな怪人と戦うヒーローに憧れてたんだよ!この流れだとヒーロー来るよな?待ってようぜ!」



 うん、そのヒーローが俺なんだ。そしてお前が待ってると変身できないんだよ。頼むから逃げてくれ!


 なんてことを言うわけにもいかず、俺はただ立ち尽くしてしまう。

 するとコンディショナー怪人は大輔に狙いを定めた。



「うるさい茶髪の方からやってあげるわ!食らいなさい!」



 コンディショナー怪人は注ぎ口を開け、中身を噴射した。俺は咄嗟に避けたが、大輔がモロに食らってしまった!まずい!どうなるんだ?



「うわっ何だよこれ!?ベトベトで気持ち悪いな!」



 あれ?なんか平気そう……?いや、そんなことは無い。大輔の肌が凄いスピードで黒ずんでいき、だんだんと膨れ上がっている。


 そうだ、美容室に行く前にヘアケアについても調べたんだ。確かコンディショナーは髪の毛をコーティングする役割を持っていて、油分が多い。だから皮膚に直接付けてしまうと毛穴詰まりの原因になるんだ。

 てことは、今大輔は体中の毛穴が全て詰まっている状態。角栓が大きく広がって肌が黒ずみ、大量のコンディショナーの油分で体が膨れ上がっているんだ。

 このままだと大輔は不衛生な油だるまになってしまうし、最悪の場合破裂してしまうかもしれない。


 コンディショナー怪人め、厄介な敵だな。仕方ない!



「大輔すまん!助けを呼んでくるから待っててくれ!」



「柊吾!?待ってくれよ!置いていくなって!」



 大輔の悲痛な叫びを背に受けながら走る。角を曲がったところで立ち止まり、ポケットから櫛を取り出した。

 そしてその櫛で髪を梳き、俺の腰にベルトが出現した。

 俺は持っている櫛を高く掲げて叫ぶ。



「変身!染髪マン!」



 櫛をベルトにセットすると、俺の体が光り始める。大きなハケで塗られるようなエフェクトが出現し、俺は染髪マンへと姿を変えた。



「急いで大輔のところへ戻らないと!」



 俺は全力疾走で元来た道を戻る。コンディショナー怪人は大輔だけでなく、道行く人にも襲いかかっていた。



「おい待て怪人!それ以上は俺が許さない!」



「はあ?あんた誰よ?」



「俺の名は染髪マン!お前を倒しに来た!」



 名乗りながら状況を確認する。襲われた人は3人。5歳ぐらいの女の子とお母さんの親子連れと、大輔だ。ちょっと待てよ、大輔は茶髪だがあの親子は二人とも黒髪だ。なんでクロゾーメ軍団に狙われるんだ?



「倒しに来た?私も舐められたものね。染髪マンだかカツカツマンだか知らないけど、あんたなんかに負けないわよ!」



「いや誰がカツカツマンだよ!タダで金髪にできたから金は浮いたわ!それよりお前、なんで黒髪の人も襲ってるんだよ!」



「あら、だってこの人たちも髪の毛がパサついてたんだもの。油を足してあげないとね。ついでに破裂しちゃうかもしれないけど」



 こいつ……誰彼構わず襲ってんだな。やっぱりクロゾーメ軍団はただ黒髪を求めているだけじゃない。必ず何か裏がある。


 それはともかく、まずはこいつを倒さないと。



「お前みたいな外道は俺の手で倒してやる!行くぜ!」



 俺はコンディショナー怪人に向かって走り出す。すると怪人は何を思ったのか、道全体にコンディショナーをぶちまけた。

 何してんだ?狙いが外れたのか?と考えた次の瞬間、俺は足を取られて思いっきりすっ転んでいた。



「うわっとと!なんだよこれ!めちゃくちゃ滑るじゃんか!」



「あんたは私に近づくこともできないわ。そのコンディショナーの海で一生を終えなさい!」



 くっそ、こんなとこでやられてたまるかよ。まだクロゾーメ軍団と戦い始めて少ししか経っていない。負けるわけにはいかないんだ!



「ならこれでどうだ!ライトニングスパークル!」



 俺はベルトから長剣を取り出し、前回シャンプー怪人を倒した技を発動させる。

 だが、俺が放った電光は怪人に行き着く前に消えてしまった。



「何!?」



「今あなた、何かした?」



 余裕の態度を取ってくる怪人。なんでだ!?

 いやちょっと待て、思い出したぞ。コンディショナーには静電気を抑制する効果もあったはずだ。こいつは怪人になっているから、その特性が強化されて電気そのものを受け付けないようになってるってことか!


 おいおいそれじゃダメじゃんか。今の俺の力じゃ太刀打ちできない。

 コンディショナーはシャンプーと同じように、燃えるゴミで出すことができる。シャンプー怪人の時はまず近づいてボトルを真っ二つにし、溢れ出した中身を牛乳パックに入れた紙で吸い取ってからライトニングスパークルで燃やした。

 だがこいつの場合はまず近づくことができない。さらに、火花を発生させる以前に電気が通らない。

 どうすればいい?



「さーて、人々を助けに来たヒーローも何もできないようね。この人たちが破裂するまであと3時間ってとこかしら?この人たちを破裂第一号にしてあげるわ。そしてこの国の人全員を毛穴詰まりにしてあげる!」



「ふざけやがって……!」



 そんなことは絶対にさせない……と言いたいところだが、今の俺には何もできない。

 今の俺には、な。この怪人は破裂まで3時間と言った。それだけ猶予があればなんとかなる!



「あっ!あんなところに奇抜な髪色の三人組が!」



 俺はコンディショナー怪人の後ろを指さして大声をあげる。



「なんですって!私のコンディショナーの餌食になってもらうわ!」



 怪人が振り返ると同時に、俺は逆方向へ走り出す。



「どこ!ちょっとあんた、どこに奇抜な髪色の三人組がいるのよ!ってあれ……?」



 怪人は俺がいなくなったことに気づくが、もう遅い。俺は既に角を曲がり、目的地まで猛ダッシュしていた。


 目指す先は、金森さんの美容室『HERO's HAIR』だ。



「金森さん!至急です!」



「あらあら、騒がしいわね。何かあったのね?」



 金森さんはいつも通り落ち着いていて、飛び込んできた俺に対して慌てる様子も無い。



「大体予想は付くわ。雷と相性が悪い敵が現れたんでしょ」



「その通りです!てことで、今からカラーお願いします!」



「了解。じゃ、とりあえず変身は解いてね。何色にしたらいいのかしら?」



 色は決めてある。あの怪人の弱点は……。






「ありがとうございました!じゃ、行ってきます!」



「はいはい、サクッと勝ってくるのよ」



 1時間半ほど経ち、俺は美容室を飛び出した。

 またしても全力疾走でさっきの場所へと戻ってくる。

 被害者は……増えてるな、当たり前だけど。

 何人かやられているが、特に髪をツンツンにセットしたバンドマンらしい若い男性はこっぴどくコンディショナーをかけられている。



「全く、あの染髪マンとかいうの、この私を騙しやがって……」



 怪人はブツブツと一人言を言いながらせっせとコンディショナーを人々にかけ続けている。

 これ以上被害者を出すわけにはいかない。


 俺は再び櫛を取り出し、染めてもらった髪を一回梳かす。



「変身!染髪マン!」



 出現したベルトに櫛をセットし、俺の姿が変わっていく。

 変身が終わった俺の姿は今までと違う装甲に包まれている。その髪色は、真っ青になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る