第3話 白髪染めには気をつけろ
今日は大学の入学式。スーツに身を包んだ俺は、大学デビュー丸出しの金髪で学校までの道を歩いていた。
それにしても、俺がヒーローねえ……。かっこよくしてもらうだけのつもりが、人生を大きく変えられてしまった。この間倒したシャンプー怪人もなかなか面倒なやつだったし、あまりあんなやつが出てこないといいんだけど。
「お!そこの金髪の君!君もK大学?」
突然後ろから声をかけられる。振り向くと、茶髪でスーツ姿の青年が手を振りながらこっちに走ってくるところだった。
明らかにスーツを着慣れていないその姿から、新大学生であることが分かる。
「なあなあ、君はなんで金髪にしたんだ?」
「それはまあ……せっかく染めるなら思い切って金髪にと思って」
俺が答えると、茶髪の青年は目を輝かせる。
「へえー!いきなりブリーチなんて勇気あるなあ。気に入った!俺は
テンションの高いやつだな。これが俗に言う陽キャというものか。でも学生がウン万人いるモンスター大学に入るんだから、これぐらいのコミュ力が無いとやっていけないのかもな。
「俺は染谷柊吾。K県の出身だ。よろしく」
「K県なのか!てことは一人暮らしか?俺はO県出身でこの辺が地元なんだ!いつでも俺ん家に遊びに来いよ!」
今日知り合った隣県の人の実家にいきなり行くのはハードルが高いだろうよ……。
まあ俺も友達が欲しいと思っていたところだ。悪いやつじゃなさそうだし、ここは仲良くしておくか。
そのまま俺と大輔は並んで大学まで歩いて行った。
「〜〜♪」
知りもしない学歌が流れる。俺は口パクで歌っている振りをするが、隣にいる大輔は欠伸をしながら立っているだけで口パクする素振りすら見せない。周りを見ると大輔の方が多数派なようで、学歌なんて覚える気のない人がほとんどだ。
高校までは校歌を覚えとかなきゃいけないもんだったけどな。大学、それも私学だとこんなもんか。
立派な吹奏楽部が披露する見事な演奏とは釣り合わない小さな歌声が響く中、俺は視線を感じてちらりと目を向ける。
すると教授らしき壮年の男性と目が合った。慌てて目を逸らす男性。
なんだ?俺何か目立つようなことしてたかな?髪色はちょっと目立つかもしれないけど、別に金髪の学生なんて珍しくもない。
たまたま目を付けられたとかかな?もしそうなら、入学式から運の悪いことだ。
「あーちょっとそこの君、話があるんだが付いてきてくれるかな?」
入学式が終わって体育館を出た途端、さっき目が合った教授らしき男性に呼び止められた。
「はい?なんでしょうか?」
「私はここの教授で権藤という者だ。さっきも言ったが、君に話がある。拒否権は無い。付いてきてもらえるね?」
強い口調の権藤教授はそのまま俺の腕を掴み、ずんずん歩き始めた。
「ちょ、ちょっと教授!なんなんですか!」
「おっ柊吾、いきなり指導か?入学早々やらかしてんなあ」
冷やかす大輔は俺を見て笑っている。いや笑ってないで助けてくれよ。
「教授教授ー、面白そうなんで俺も着いて行っていいすか?」
「なんだ君は?君には用は無い。この染谷くんだけに話があるんだ。着いてこないでくれるかな?」
「ちぇっ。せっかく絞られてる柊吾を見た後慰めの昼飯でも誘ってやろうと思ってたのに。まあいいや。せいぜい指導されてこいよー」
ひらひらと手を振って踵を返す大輔。ええ……そこは無理にでも一緒に来てくれるんじゃないのかよ。
権藤教授に連れてこられた部屋には、本棚が大量に置いてある。どこを見ても一面本棚だ。
「あのー、権藤教授?俺に話って一体何ですか?」
「その話をするにはここではダメだ。ちょっとそこで待っていてくれ」
権藤教授はつかつかと本棚の前に歩いていき、一冊の本を押し込んだ。
すると本棚が二つに割れ、観音開きの状態になる。
……はい?何が起こってんのこれ?秘密基地的なこと?
「さあ、着いてきたまえ」
権藤教授に言われるがままに、本棚の間の空間に入っていく。
短い階段を下りきると、そこには白髪染めが所狭しと並べられている洗面台と、その隣に書斎のようなスペースがあった。普通並ぶことの無い組み合わせだから違和感が凄い。
「さて、と。単刀直入に聞こう。君が染髪マンだね?」
「っ!何故それを……?」
権藤教授は鋭い視線を俺に向ける。
この人と俺は正真正銘、今日が初対面だ。
それに俺が染髪マンだと知る人は、俺がシャンプー怪人と戦った時にその場に居合わせた人だけ。それに怪人の被害者は干からびかけていて意識は無かったはずだ。
何故この人が俺の正体を知ってるんだ?
「金森蘭のところへ新たな客が入ったと聞いて、こっそり後をつけさせてもらったよ。この時期はヒーロー候補の新大学生が多いから念の為ね。ただ、まさか本当にヒーローになる者が出てくるとは思っていなかったが」
「どういう……ことです?大体、あなたは一体何者なんですか?」
「それを今君が知る必要は無い。だがはっきり言っておこう。君と私は敵対することになる、とね」
「あんた……どういうつもりだ?まさかクロゾーメ軍団の仲間だって言うんじゃないだろうな?」
権藤教授はふっと笑い、再び口を開く。
「私の本当の名はクロゾーメ軍団幹部、ヘアマニキュアゾーメ。君に忠告をしておいてやる。あまり出過ぎた真似をすると、君自身の命が危険に晒されるぞ 」
幹部だって!?仲間どころか幹部!?邂逅が早すぎやしないかい!?
俺自身の命が危険に晒される……?もうクロゾーメ軍団には俺の情報が行ってるってことか……?
「君はもっと慎重に行動するべきだと思うね。正体は誰にも知られないようにするとか。今クロゾーメ軍団で君の正体を知るのは私一人。だがこのことを軍団に共有するつもりは無い。我が大学の学生が不審死などしてしまったら、クロゾーメ軍団とこの大学が繋がっていることが世にバレてしまう。そうなると、立場が危ういのは私の方だからね」
「あんた……何が言いたいんだ?」
「これ以上クロゾーメ軍団の邪魔をしないでもらいたい、ということだ。余計なことをしなければ、君の安全は私が保証しよう。なんだったら、クロゾーメ軍団に入ってくれてもいいんだがね」
それだけはあり得ない。せっかく大学デビューで金髪にしたのに、そんな黒髪だらけの軍団に入るのは勿体ない……というのはほんの冗談で、あんなにあからさまに人を襲う怪人がうじゃうじゃいる軍団を野放しにはできない。前回のシャンプー怪人も、油を吸い取るとか言ってエネルギーみたいなのも吸い取ってたし、放置しておけば人々の命が危ない。
それに、あの時は……。いや、今思い出すのはやめておこう。
手が届くのに、手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔する。それが嫌だから、俺は奴らと戦うんだ。
「悪いけど、あんたの言いなりにはならない。俺は軍団の怪人が人の命を奪おうとしているのを見た。黒髪なんてくだらないこだわりの為に人の命を奪うなんてあり得ない!俺が止めてやる!」
「ふん、そうかね。なら好きにするといい。その代わり、命の保証は無いぞ」
そう告げる権藤教授の語気は強いが、俺に何かしてくる様子は無い。
本当に忠告だけなのか?それはそれで不自然だが……。
「この場で俺と戦わないのか?」
「まだ私が直接出る幕ではないのでね。部下どもにやらせるつもりだ。さあ、行くがいい。これならどうなっても知らないがね」
そう言うと権藤教授は俺の背中を押し、俺は本棚の部屋へ戻された。
ゆっくりと閉まっていく本棚を見ながら、俺は改めてヒーローとして戦うことの危険さを感じていた。
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