第4話 闇のお役人

 守るべき基準に道徳があり、異世界の法規則にも同様に基準がありますが守れないと罰則が付いて回ります。自然環境を守るための排水規制をつくるお役所では厳しい一律基準を設けています。しかし、排水を流す企業を支援して税収を上げているお役所では水処理開発の予算がなく、民間の処理方法では一律基準に対応できないため、一律基準を緩和した暫定基準を設けて凌いでいます。民間の排水を処理する設備や薬剤を提供している水処理会社は暫定基準を守ることを優先しますが、示し合わせたように暫定基準を達成できる方法として、高額設備か高価な薬剤を紹介しています。国の厳しい一律基準をつくるお役所では、「自己負担で一律基準を守る方法があるなら認めることもやぶさかでない」と言う他力本願の制度を設けても、会議費しか予算がないことを理由に自らの部署で開発する気は毛頭ありません。守るべき規則は守る方法がなければ無意味ですが、自ら守ろうとするものを見いだそうとする良心の欠片もないのです。解決方法は他人にお任せでは、フランスで開催されたオリンピックのトライアスロンに不向きなセーヌ川の汚染、たちどころに剥げた金銀銅メダルと同様のことが、この異世界の国でも起こることは間違いありません。規則を守る力がなくて取り締まるだけでは、その分野の技術は消滅します。

 すでに、異世界のめっき技術分野では衰退が続いて高度成長の企業数に比べ1/5になろうとしています。そうなると、残っているのは比較的大きな企業ばかりなので、生産設備以外の排水処理の分野にも投資できる余力があります。そのため、処理する方法を提供している水処理会社は高価な装置や薬剤を売ることに専念し、解決できる見込みのない水処理開発には投資しません。この国の水処理分野の大企業は上下水道設備を中心とした設計力を基盤に成り立っていて、水処理の原理を根本的に見直すことのできる力量がありません。下水処理設備をどこに設備を設けるべきか政治屋に圧力をかけることのできるレベルですが、処理方法を改善して、暫定基準を一般基準に引き下げる力はありません。そこで毎年、政治屋に袖の下を忍ばせて暫定基準を続けてもらうよう嘆願します。政治屋は心得たもので、二つ返事で対応します。お役所の役人には、定年退職後の天下り先に大企業をちらつかせながら、暫定基準改善に取り組む専門部会で従来通り暫定基準の改善に至らなかったことになるよう働き掛けます。

 大多数の中小企業が加盟している協同組合員に至っては、ほとんどが生産設備に投資することが精一杯で、何十年も昔に設けて真っ赤に錆びた使い古しの排水処理設備を騙しだまし使っており、暫定基準でさえ守るのが精一杯のありさまです。協同組合の理事長も袖の下をぶら下げ政治屋に暫定基準を続けてくれるよう陳情します。

 その結果、暫定基準は何十年も守り続けられているのです。

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