第2話
合格発表は、ロビーの大きな電光掲示板に合格の番号が表示される。
実に昔ながらの発表方法で、シンプルにそこに番号があれば合格、無かったら不合格、ということだ。
学生時代の受験を思い出す。
周りもあの時と同じ、歓喜の声を上げる人もいれば、悔しさに肩を、膝を落とす人もいる。
けど、あの時と違うのは――――
「どうしたのお父さん?早く見ようよ!」
私に家族がいるということだ。
家族の為にも、受かっててくれ……!
強く願いながら、石山は電光掲示板に視線を向ける。
石山の番号は794番……泣くよ……縁起が悪い……!
しかしそこで石山は首を横に振る。
いや違う、これは合格して流す嬉し涙を示唆しているんだ、そうに違いない!
改めて覚悟を決めて番号を探す。
778 779 789 792……
次、次にあるかどうか――――
794
「あ……あったぁぁーーー!!!」
石山が歓喜の声をあげると、家族が皆抱きつきながら同じく声をあげた。
今すぐにでも胴上げが始まりそうな喜び方ではあるが、実際はこのあとで実技試験が残っている。
しかし、今はただこの歓喜の渦に溺れていたい。
そんな幸せな時間が、しばし流れた―――――
「―――じゃあ、行ってくるよ」
筆記を突破した自信がそうさせるのか、実技に向かう石山の背中には頼もしさすら感じられた。
「いってらっしゃい」
それを見守る家族も、先ほどまでとは違い穏やかだ。
筆記で喜びすぎて疲れたというのもあるだろうが、それと同じくらい安心を感じていた。
この父なら、きっと合格を勝ち取って帰って来るだろうという安心と信頼。
そこには確かに、家族の絆があった―――――
「えっと…………ご、ごめん」
帰って来た父は、今にも泣きそうだった。というか、ほぼ泣いていた。
不合格を確信しているからだ。
「……駄目だったのね…?」
妻の問いかけに、ゆっくり頷く石山。
子供二人もがっくりと肩を落としている。
「いやその……音、音が……デシベルが……」
混乱していてうまく話せない石山。
実技は実際に犬と接して疑似的なしつけや散歩をするのだが――――あまりにも犬が言うことを聞かないので、イライラして少し大きな声が出てしまったのだ。
実技試験では動物に向けて発せられた声は全てマイクで音量をチェックされる。
大声で怒鳴りつけるとまではいかない抑えた声量ではあったが……規定の音量を超えてしまったことで大きな減点となってしまった。
動物は自分の思い通りには動いてくれなくて当然。
その時に大声で怒鳴りつけるような感情に任せた行為は虐待にも繋がりかねず、厳しく審査されるポイントなのだ。
それでもその1回だけであればまだ許容範囲の減点だったのだが、それに動揺した石山はミスを取り返そうと頑張るあまりにさらにミスを連発し、「もう合格は無理ですが最後まで続けますか?」という試験官の言葉で心が折れてしまったのだった……。
「犬……飼えないの……?」
「ええー、なんでなんで?おとうさんなんでー!?」
子供二人が悲しい顔をしているのを見て、激しく心が痛む石山。
しかしそれを妻がなだめる。
「こらこら、お父さん頑張ってくれたんだから、そんなに責めちゃだめよ」
「でもー……」
「ほら、思い出して。犬が欲しいって言った時、テストで80点取れたらいいよ、ってママとパパが言ったじゃない?」
「うん、とったよ!とったから犬欲しい!!」
「でもそれ、一回ですぐ出来たかしら?」
そういわれて、考え込む娘。
「えーと……三回……」
「そうでしょ?1回では出来なかったけど、頑張って勉強して、3回目のテストで90点取ったのよね。偉かったわね」
優しく頭を撫でられて、嬉しさと誇らしさに顔が緩む娘。
「お父さんも一緒よ。がんばって勉強してたけど、1回だと難しかったの。でも、諦めないで続ければ、きっと合格できるわ。ね?そうでしょお父さん」
妻に笑顔を向けられ、気持ちを切り替える石山。
「おお、そうだとも。今回はダメだったけど、次、次また頑張る!お父さんは諦めないから、二人も諦めずに応援しながら待っててくれるかい?」
娘は少し考え込むようなしぐさを見せるが……ぱっと顔を上げて
「わかった!仕方ないなぁ、今回はゆるす!でも次ね!次は絶対だからね!」
と、少し怒ったようでありつつも、先ほどまでのような悲しみは感じられなかった。その態度に石山の心は救われて、完全に生気を取り戻した。
「うん、わかった!お父さんまだまだ頑張るぞ!!よし、今日はお詫びにみんなでこのままハンバーグ食べに行こう!」
「ハンバーグ!?」
「いいの!?」
キョトンとしていた息子もハンバーグにおおいに食いついた。
「ぼくね、ぼくね、目玉焼きが乗ってるやつがいい!」
「わたしはチーズ!チーズ入ってるの!!」
「よーし、今日は何でも好きなモノ頼んでいいぞ!デザートにパフェもつけてやろう!」
その様子に少し呆れつつも微笑ましく見守る妻と、飛び上がるように歩き出す子供たちと共に石山は会場を後にする。
今回は失敗してしまったけど、この試験のおかげで家族の絆がより強くなったように感じていた。
この制度が出来た時は、なにをしてくれてるんだと思ったのだけど……結果的には、良かったのかもしれないな。
動物たちも救われるし、家族の絆を強めてもくれる……ありがとう、この制度を作ってくれた人――――
石山は、試験場となっている建物に一つ頭を下げて会場を後にするのだった―――――
「……という訳で、今回の合格率は18%でした」
その建物の最上階では、先ほど石山も受けた試験会場に居た試験官が、「局長」というプレートの置いてある大きな机と豪華な椅子に陣取っている、外見からして権力者の男性に報告をしていた。
それを受けて男性……局長は、不満げに椅子を回して試験官に背を向ける。
「高いなぁ……合格率が高いよ」
「……いやしかし、今回も家族連れで来ていて不合格を知らされた子供たちなどを多数見かけて、心が痛みます……もう少し難易度を下げてもいいのではないですか?」
その優しさに溢れた言葉を鼻で笑い、局長は嫌味な笑顔で語る。
「わかってないねぇ、これは、新たな利権なんだよ。新しい資格を作る事で違反者からの罰金を集め、試験を受ける為の試験費用を集め、試験関連の新しい事業が立ち上がり、そこに税金が投入されて、天下りの役人がそこへ入る。その為には、あまり簡単でない試験である必要があるのだよ。簡単に合格されてしまっては、違反金も試験費用も集まりが悪いだろう?」
「――――……動物の為、というのは建前……ということですか?」
「いやいや、もちろん動物たちの為さ。それと同じくらい、私たちの為でもある……というだけでね」
局長も天下りですもんね、という言葉を試験官は何とか飲み込んだ。
「それにだよ、家族でペットを飼おうなんて話になる家庭はどう考えても幸せ家族だろう?少しくらい不幸になっても構わんではないか。むしろ、ペットなんて飼ってもっと幸せになるのなんて……腹が立つ!!私は!!出世の為だけに頑張ってきて、家庭を持つ暇も無かったというのに!!なんだあの幸せそうなやつらは!」
局長は大きな窓から外を見て、試験に失敗したであろう悲しそうな家族に目を向ける。
「どうだあの不幸そうな姿!ざまあみろ!!全員不幸になればいいんだ!!」
そのあまりにも醜い後ろ姿を見ながら、試験官は思った。
ペットを飼う資格よりも、こういう人間たちに対して「人の上に立つ資格」を問う試験を作れば良いのに―――――と。
それを実現するためにこの試験官が政治の世界を目指すことになるのは、また別のお話―――――
おしまい。
飼い主資格試験。(お題で執筆!! 短編創作フェス「試験」) 猫寝 @byousin
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