ゼブとセスミの闇集会

莫[ない]

闇オク、開幕!

 ここはベモブリフト・ホール。都心のど真ん中に立つ集会場です。駅の近くでおごそかに立っていました。


「ごめーん。チトセ。待った?」

「ううん。私もさっき来たとこ」


 ホールの近くで大学生ぐらいの女性が待ち合わせをしていたようです。ベモブリフト・ホールはランドマークとしても民衆から愛されていました。

 交通の便が大変良いので、成人式や卒業式などにも毎年利用されるほどです。ですが、そんなホールも今日はひっそりと静まり返って見えました。

 出入り口の大門は閉ざされています。その門には彫刻が施されていました。透かし細工のすき間からホールの様子を覗けます。窓のカーテンは全てが閉ざされていました。

 いまや建物は静謐せいひつさを帯びています。冬の張り詰めた寒さによく調和していました。

 ――もっとも、今その内側はある種の熱気が満ちているのですが。下卑下卑げひげひて湿り気を帯びた熱気です。まともな場ではきっとございません。

 さて、参りましょう。



 広々とした会場で白い仮面をつけた男女がうごめいています。

 彼らはとあるオークションへの参加客です。みなが思い思いの略礼装をまとっていました。グラスや軽食を時折ときおり口へ運んでいます。顔の上半分はマスクで隠されていました。しかし、口元は一様に笑みをのぞかせています。

 会場の一角では二人の男が歓談していました。


「まだ食べてるのか? セスミ?」


 男の一人が声へ呆れをにじませていました。

 彼は黒髪のショート・ボブを真ん中で分けています。毛先は少しカールしていました。黒いスーツとベストに、チェック柄のネクタイ。白いシャツは襟をパリッと仕上げています。焦げ茶色の革靴がタイルの床に反射していました。

 彼が立つのはベモブリフト・ホールの内部。その中で一番でかい集会場でした。通称は「大ホール」です。

 床は赤と黒のタイルが交互に敷かれています。ラウンドテーブルには白いクロスが掛けられていました。卓上にはグラスや皿が置いてあります。その中心には花が花瓶へ生けられていました。


「……、……」


 ショート・ボブの男の前で男性がなにか喋ろうとしています。先ほど彼はセスミと呼ばれました。

 黒茶のミディアム・ウルフカット。黒のスリーピーススーツ。白シャツにグレーのネクタイ。焦げ茶の革靴。

 ウルフカットのセスミは左手で白い皿を持っていました。ローストビーフや、白アスパラガスのソテーが盛られています。

 彼は右手をジャケットの懐に入れます。そこから黒いスマートフォンを取り出しました。セスミはロックを解除します。指でなにか操作していました。画面を彼の対面に立つ男へ向けます。


「一件ノ録音ヲ再生イタシマス。『――ゼブ社長。すんません。まだ物が口に入ってます』」

「備え良いな」


 セスミの前で男は口角を上げました。ショート・ボブの彼はゼブと呼ばれています。


「そんなに楽しみだったか?」


 セスミが無言でうなずきました。彼は料理をまだ噛んでいる途中のようです。時が少し流れました。彼は食べ物をようやく呑み終えます。そしてグラスの飲み物で口内を清めました。


「闇オークションなんてよく参加できましたね」


 セスミがゼブに問いかけました。


「ここは土地から上モノまで私の資産だ。だから参加する権利を持ってる。言わなかったか?」


 ゼブは上場企業のオーナー経営者です。

 その会社も元はいち消費者金融に過ぎませんでした。それから広告代理業にも手を出します。社はインターネット発展の時流へ運よく乗れました。稼いだ利益で土地運用も開始。業績はさらに上がったのでした。

 ゼブの顔には自信が満ち溢れています。彼の経歴を省みれば、それも当然でした。


「うっス」


 セスミが返事を威勢よく返しました。彼は経営者ゼブの直属の秘書です。

 ゼブはセスミが持つ皿へ視線を向けます。先まで肉と野菜が盛られていました。今はまっさらな皿の底だけが白い光を反射しています。


(あの量をもう食べたのか……)


 ゼブはセスミの大食いぶりになかば呆れました。まあ、感心も少しはしていましたけれど。

 ホールではたくさんのライトが参加者たちを照らしていました。彼らの歓談がざわざわと響いています。

 そんな中、人々は明かりが徐々に暗くなっていくことに気づき始めました。

 ゼブはグラスを片手に持っています。彼は中身のスパークリングワインを口へ含みました。シュワシュワとした気泡が彼の顔へ影を落としています。


「そろそろ始まるぞ」


 ゼブが呟きました。

 人々の視線の先で舞台の幕が広がりはじめます。場の空気はすでに温まっていました。もうすぐ闇オークションが始まります。

 どんな商品が現れるでしょうか。皆々が期待に胸を躍らせます。



 オークションがつつがなく進行していきます。

 様々な、まことに様々な物が舞台に現れていきました。非日常ゆえ参加者が熱をますます帯びます。商品は次々と競り落とされていきました。

 某国が政府手動で秘密裏に製造する合成麻薬「サブングラ」一袋で落札額200万ベチョ。

 携帯用核兵器「許されたアルゴレの狼煙のろし」落札額3400万ベチョ。

 昨年落ちた隕石に封印されていたという未知の経典「天天瘋てんてんほう」落札額2000万ベチョ。

 以上の三点は特に異質でした。それ以外にも機密情報や盗品に、人造ウィルスまでもが本オークションでやり取りされています。

 商品が再び競り落とされました。スタッフが舞台の袖へ商品を運び去ります。続いて別の商品が壇上に持ち込まれました。

 スポットライトがその商品へ集中します。舞台上で礼装姿の司会が商品を指し示しました。

 素っ裸の男が一人。赤縄せきじょうで虚しくも拘束されています。


「純国産人間の『DEL032003.12.11』です! 本名は在野ありのユエ。なんと、保証書付きでございます!」


 司会の声は明朗でした。彼の発言がホールに響き渡ります。参加客の話し声が一瞬止みました。つかの間の静寂ののち、ホールにざわめきの波が満ちてきます。


「保証書つきか……。俄然がぜん、有りだな」


 参加客の一人がつぶやきました。

 保証書とは「国」からの保証を意味します。国民とは国家の所有物です。なぜ他人を傷つけてはいけないのでしょうか? 人は国の物だからです。

 では保証とは何でしょうか。国がその人への所有権を放棄した証明書です。商品名「DEL03」は今やこの国からいみじくも自由なのです!

 こんな「物」はとっても貴重です。参加者が色めき立つのもしょうがないです。

 ざわめきがホールを支配しています。その中で、ゼブ取締役が冷めた目で壇上のそれを見つめていました。


「前の秘書だ」


 彼は静かにつぶやきます。ダム底のように静かでした。


「我が社の金へ手をつけようとした。もちろん私に無断でな」


 秘書のセスミはゼブと視線を交わしました。彼はさじで杏仁豆腐をすくいます。そして、自身の口へ運びました。

 二人はどこか冷めていました。舞台の司会は対照的に陽気な声でオークションを進めます。


「DEL03はもちろん生きています。電気棒をこうやって当ててみますと……」

「ン゙ーーーー」


 DEL03が苦悶の声を上げました。


「あはは」


 参加者たちが笑い出します。


「ご安心ください。この電気棒は特殊なものです。現状への苦痛に特化しています。未来への痕跡はないに等しいのです」


 司会が一息置きます。


「それと、お伝え忘れたことがひとつございます。彼の身体は五体満足です。パーツの全てが揃っております!」


 会場は参加者の拍手喝采はくしゅかっさいで溢れかえりました。


「なるほど。さばいて売っ払っても元が取れるな」


 参加者の一人がひとりごちました。司会はにっこりと頷きます。


「本商品は特別です。さて、皆様お待ちかねでございますね? ただいまより質疑応答の時間を設けます!」


 参加者が続々と挙手します。司会は無数の手のひらから一つを指し示しました。選ばれた参加者が咳払いします。


「肉質はどれくらい良いんだ? 今度大事なパーティーがある。そのメインディッシュに使おう」

「素晴らしい。すでに食品分析センターからお墨付きが出ています。いいパーティーになりますね!」


 うごめく参加者たちから質問が次々といてきます。


「親は誰? 遺伝子の質は良いの? 」

「放射能耐性はどれくらい? 実験に使いたいんだが」


 司会は多種多様な質問へも難なく答えていきます。彼はプロフェッショナルでした。

 続く問いかけはある女性からでした。

 茶色いアップヘア。下唇に赤いリップ。黒いセットアップスーツ。白いTシャツを黒いベルトで締めています。黒いサンダルとサングラス。青い惑星の球体イヤリングが印象的でした。


「ねえ。司会さん? 彼にはハルメニア銀河系との通信用神経回路がまだ残存している?」


 ホール内が心と静まり返りました。宇宙のような静けさです。


(ハルメニア銀河系、ってなんだ?)


 秘書セスミは取締役ゼブへ視線をそれとなく向けます。


「ふむ。ハルメニア銀河系か」

「ゼブさん。知ってるんすか?」


 セスミはささやくように尋ねました。ゼブは自信げにうなずきます。


「私も知らない」

「なら、さっきの意味深な態度は何だったんですか……?」


 二人はさておき、司会の声が物静かなホールに明かりをともします。


「我々の技術では確認できませんでした。――ですが」


 司会は右手の人差し指を立てました。


「より高い性能の検査機器ならば、あるいは分かるかもしれません」

「あら。その持ち主はいったい誰かしら?」


 会場で笑い声がドッと湧き渡りました。

 彼女が誰であるか。それはここの参加者なら誰もが既知です。顔面の上半分を隠してはいました。しかし、顔の輪郭や背格好に、声まで分かるのです。仮面はあくまで「ここで起きたことはここだけに収めた方が良い」という暗黙の了解に過ぎません。

 司会は顎に手を添えます。そして体をよじりました。「困った」と大げさにアピールしているのです。


僭越せんえつながら、貴女あなた様ご自身がすでにご存知かと」

「ふふ。いいわ。買ってあげる。1000」


 単位はもちろん「万ベチョ」です。女性の一声が皮切りになりました。参加者が競うように値を吊り上げていきます。


「こうしちゃいられない。1250!」

「先を越されたッ! 1400!」


 一方で、取締役ゼブは商品以外へ気を取られているようです。彼は顎に指を添えていました。


「あの司会。腕が立つな」


 ゼブがつぶやきました。


「セスミ。彼の情報を――」

「さっき声紋検査にかけました」


 秘書セスミがタブレット端末のモニターをゼブへ見せます。


「データベースのうち、有力候補が数名あがってます」

「手が早いな」

「俺はもう貴方あなたの秘書ですから」


 セスミたちを余所よそに、「DEL03」の競売がすでに成立していました。ゼブが腕を満足げに組みます。


「落札額2100万ベチョか。我が社はあいつのせいで多少の損害を被った。だが、元はこれで取れたな」


 ゼブは舞台へ背を向けます。出入り口の扉へ足早に向かい始めました。


「もう帰るんすか」


 セスミがゼブの背中を追いかけます。


「見るべきものを見たからな」


 二人のドアマンが両扉を開けます。外の光がゼブとセスミを貫きました。

 こうして、ゼブの元秘書は高値で競り落とされました。

 ゼブの顔には逡巡しゅんじゅんのかけらも伺えません。彼は利益のためなら冷徹な処分も遠慮なくやるのでしょう。

 社長を絶対に裏切らない。彼の後ろでセスミは心へそう刻みました。



 青い冬空のもとで黒いミニバンがハイウェイを駆けています。

 三人の男が社内に座っていました。取締役ゼブと秘書セスミに、専属運転手のジルベールです。二人はオークション会場「べモブリフト・ホール」を去りました。今は社へ戻る最中です。


「これを飲むか」


 ゼブが酒瓶を冷蔵庫から取り出しました。ラベルに「幽縦線ゆうたっせん」と銘が刻まれています。


「祝杯といこう」


 ゼブは二つの猪口ちょこを盆へ置きます。氷のように透明な猪口でした。その猪口にこれまた無色の「幽縦線ゆうたっせん」が注がれていきます。


頂戴ちょうだい致します」


 秘書セスミは一つの猪口を摘みました。そして、酒を口に含みます。


「すげぇ。雑味が全然ないっつうか。なんだろう。払暁ふつぎょう蒼谷そうこくかすみが立ちこめてる。それを集めて酒へ変えた。それぐらいピュアな味っすよ」


 ゼブが「ふぅん」と静かにうなります。


饒舌じょうぜつだな。度数を見せろ」

「酔ってませんよぉ?!」


 酒のおかげか、車内の雰囲気は温まってきました。セスミはひとしきり笑ったあと、車外を見つめます。朝のビル街が流れていました。


「檻ん中では本をよく読んでました。時間はそれなりにあったんで。だから、小難しい言葉とかが頭へ浮かびやすいんでしょうね」


 セスミが誰へともなくつぶやきます。


「空が高い。俺はそれだけで幸せっす」


 セスミが街から目をそらしました。彼の瞳がゼブの視線を反射しています。


「感謝してるんすよ。本当に」


 そう言うとセスミがニッコリとはにかみました。ゼブは自身の手元へ目をやります。そして、猪口の酒を飲み干しました。


(雑味の全くない酒だ)


 ゼブは胃が熱くなるのを感じました。そして、横に座るセスミを盗み見ます。


(まるでコイツみたいだ。裏表を感じない。……この私が誰かをまた信じよう、と思い立つなんてな)


 ゼブは酒瓶を再び持ちます。


「セスミ。もう一杯どうだ?」


 ゼブの問いかけへ返答はありません。セスミをよくよく見れば、もう完全に寝ていました。彼は窓にもたれかかっています。


「こいつ。秘書の分際で……」


 ゼブはひとりごちます。しかし、その顔はむしろ柔和なものでした。


(まぁ。いいか)


 彼はセスミから運転席の方へ向き直ります。


「ジルベール」


 運転手のジルベールがバックミラー越しに主人ゼブを見返しました。


「どうなさいましたか」

「揺れをいつもより穏やかにしてくれ。速度を多少落としても構わない」


 ジルベールがセスミの様子をミラー越しに認めました。彼は目で頷きます。


「なるほど。かしこまりした」


 それ以降、彼の運転はいつも以上に繊細なものになりました。

 ゼブたちの乗るミニバンがハイウェイを駆けていきます。静かな走行音が早朝に馴染んでいました。


(いい気分転換になった)


 ゼブは心底満足していました。

 新しい秘書は信用に足る。もっとも、彼へ教えることはまだまだあるでしょうが。


(まあいい)


 自社へ戻ったらセスミにさっそく働いてもらおう。ゼブはプランを練ります。


(焦ることなんてなにもないのだから)


 黒いミニバンは午後の陽光ようこうに照らされていました。

 太陽が銀色のフロントグリルに反射します。キラリと、オレンジ色の光が輝きました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゼブとセスミの闇集会 莫[ない] @outdsuicghost

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画