ゼブとセスミの闇集会
莫[ない]
闇オク、開幕!
ここはベモブリフト・ホール。都心のど真ん中に立つ集会場です。駅の近くで
「ごめーん。チトセ。待った?」
「ううん。私もさっき来たとこ」
ホールの近くで大学生ぐらいの女性が待ち合わせをしていたようです。ベモブリフト・ホールはランドマークとしても民衆から愛されていました。
交通の便が大変良いので、成人式や卒業式などにも毎年利用されるほどです。ですが、そんなホールも今日はひっそりと静まり返って見えました。
出入り口の大門は閉ざされています。その門には彫刻が施されていました。透かし細工のすき間からホールの様子を覗けます。窓のカーテンは全てが閉ざされていました。
いまや建物は
――もっとも、今その内側はある種の熱気が満ちているのですが。
さて、参りましょう。
◆
広々とした会場で白い仮面をつけた男女がうごめいています。
彼らはとあるオークションへの参加客です。みなが思い思いの略礼装を
会場の一角では二人の男が歓談していました。
「まだ食べてるのか? セスミ?」
男の一人が声へ呆れをにじませていました。
彼は黒髪のショート・ボブを真ん中で分けています。毛先は少しカールしていました。黒いスーツとベストに、チェック柄のネクタイ。白いシャツは襟をパリッと仕上げています。焦げ茶色の革靴がタイルの床に反射していました。
彼が立つのはベモブリフト・ホールの内部。その中で一番でかい集会場でした。通称は「大ホール」です。
床は赤と黒のタイルが交互に敷かれています。ラウンドテーブルには白いクロスが掛けられていました。卓上にはグラスや皿が置いてあります。その中心には花が花瓶へ生けられていました。
「……、……」
ショート・ボブの男の前で男性がなにか喋ろうとしています。先ほど彼はセスミと呼ばれました。
黒茶のミディアム・ウルフカット。黒のスリーピーススーツ。白シャツにグレーのネクタイ。焦げ茶の革靴。
ウルフカットのセスミは左手で白い皿を持っていました。ローストビーフや、白アスパラガスのソテーが盛られています。
彼は右手をジャケットの懐に入れます。そこから黒いスマートフォンを取り出しました。セスミはロックを解除します。指でなにか操作していました。画面を彼の対面に立つ男へ向けます。
「一件ノ録音ヲ再生イタシマス。『――ゼブ社長。すんません。まだ物が口に入ってます』」
「備え良いな」
セスミの前で男は口角を上げました。ショート・ボブの彼はゼブと呼ばれています。
「そんなに楽しみだったか?」
セスミが無言でうなずきました。彼は料理をまだ噛んでいる途中のようです。時が少し流れました。彼は食べ物をようやく呑み終えます。そしてグラスの飲み物で口内を清めました。
「闇オークションなんてよく参加できましたね」
セスミがゼブに問いかけました。
「ここは土地から上モノまで私の資産だ。だから参加する権利を持ってる。言わなかったか?」
ゼブは上場企業のオーナー経営者です。
その会社も元は
ゼブの顔には自信が満ち溢れています。彼の経歴を省みれば、それも当然でした。
「うっス」
セスミが返事を威勢よく返しました。彼は経営者ゼブの直属の秘書です。
ゼブはセスミが持つ皿へ視線を向けます。先まで肉と野菜が盛られていました。今はまっさらな皿の底だけが白い光を反射しています。
(あの量をもう食べたのか……)
ゼブはセスミの大食いぶりに
ホールではたくさんのライトが参加者たちを照らしていました。彼らの歓談がざわざわと響いています。
そんな中、人々は明かりが徐々に暗くなっていくことに気づき始めました。
ゼブはグラスを片手に持っています。彼は中身のスパークリングワインを口へ含みました。シュワシュワとした気泡が彼の顔へ影を落としています。
「そろそろ始まるぞ」
ゼブが呟きました。
人々の視線の先で舞台の幕が広がりはじめます。場の空気はすでに温まっていました。もうすぐ闇オークションが始まります。
どんな商品が現れるでしょうか。皆々が期待に胸を躍らせます。
◆
オークションがつつがなく進行していきます。
様々な、
某国が政府手動で秘密裏に製造する合成麻薬「サブングラ」一袋で落札額200万ベチョ。
携帯用核兵器「許されたアルゴレの
昨年落ちた隕石に封印されていたという未知の経典「
以上の三点は特に異質でした。それ以外にも機密情報や盗品に、人造ウィルスまでもが本オークションでやり取りされています。
商品が再び競り落とされました。スタッフが舞台の袖へ商品を運び去ります。続いて別の商品が壇上に持ち込まれました。
スポットライトがその商品へ集中します。舞台上で礼装姿の司会が商品を指し示しました。
素っ裸の男が一人。
「純国産人間の『
司会の声は明朗でした。彼の発言がホールに響き渡ります。参加客の話し声が一瞬止みました。つかの間の静寂ののち、ホールにざわめきの波が満ちてきます。
「保証書つきか……。
参加客の一人がつぶやきました。
保証書とは「国」からの保証を意味します。国民とは国家の所有物です。なぜ他人を傷つけてはいけないのでしょうか? 人は国の物だからです。
では保証とは何でしょうか。国がその人への所有権を放棄した証明書です。商品名「DEL03」は今やこの国からいみじくも自由なのです!
こんな「物」はとっても貴重です。参加者が色めき立つのもしょうがないです。
ざわめきがホールを支配しています。その中で、ゼブ取締役が冷めた目で壇上のそれを見つめていました。
「前の秘書だ」
彼は静かにつぶやきます。ダム底のように静かでした。
「我が社の金へ手をつけようとした。もちろん私に無断でな」
秘書のセスミはゼブと視線を交わしました。彼は
二人はどこか冷めていました。舞台の司会は対照的に陽気な声でオークションを進めます。
「DEL03はもちろん生きています。電気棒をこうやって当ててみますと……」
「ン゙ーーーー」
DEL03が苦悶の声を上げました。
「あはは」
参加者たちが笑い出します。
「ご安心ください。この電気棒は特殊なものです。現状への苦痛に特化しています。未来への痕跡はないに等しいのです」
司会が一息置きます。
「それと、お伝え忘れたことがひとつございます。彼の身体は五体満足です。パーツの全てが揃っております!」
会場は参加者の
「なるほど。
参加者の一人がひとりごちました。司会はにっこりと頷きます。
「本商品は特別です。さて、皆様お待ちかねでございますね? ただいまより質疑応答の時間を設けます!」
参加者が続々と挙手します。司会は無数の手のひらから一つを指し示しました。選ばれた参加者が咳払いします。
「肉質はどれくらい良いんだ? 今度大事なパーティーがある。そのメインディッシュに使おう」
「素晴らしい。すでに食品分析センターからお墨付きが出ています。いいパーティーになりますね!」
「親は誰? 遺伝子の質は良いの? 」
「放射能耐性はどれくらい? 実験に使いたいんだが」
司会は多種多様な質問へも難なく答えていきます。彼はプロフェッショナルでした。
続く問いかけはある女性からでした。
茶色いアップヘア。下唇に赤いリップ。黒いセットアップスーツ。白いTシャツを黒いベルトで締めています。黒いサンダルとサングラス。青い惑星の球体イヤリングが印象的でした。
「ねえ。司会さん? 彼にはハルメニア銀河系との通信用神経回路がまだ残存している?」
ホール内が心と静まり返りました。宇宙のような静けさです。
(ハルメニア銀河系、ってなんだ?)
秘書セスミは取締役ゼブへ視線をそれとなく向けます。
「ふむ。ハルメニア銀河系か」
「ゼブさん。知ってるんすか?」
セスミは
「私も知らない」
「なら、さっきの意味深な態度は何だったんですか……?」
二人はさておき、司会の声が物静かなホールに明かりを
「我々の技術では確認できませんでした。――ですが」
司会は右手の人差し指を立てました。
「より高い性能の検査機器ならば、あるいは分かるかもしれません」
「あら。その持ち主はいったい誰かしら?」
会場で笑い声がドッと湧き渡りました。
彼女が誰であるか。それはここの参加者なら誰もが既知です。顔面の上半分を隠してはいました。しかし、顔の輪郭や背格好に、声まで分かるのです。仮面はあくまで「ここで起きたことはここだけに収めた方が良い」という暗黙の了解に過ぎません。
司会は顎に手を添えます。そして体をよじりました。「困った」と大げさにアピールしているのです。
「
「ふふ。いいわ。買ってあげる。1000」
単位はもちろん「万ベチョ」です。女性の一声が皮切りになりました。参加者が競うように値を吊り上げていきます。
「こうしちゃいられない。1250!」
「先を越されたッ! 1400!」
一方で、取締役ゼブは商品以外へ気を取られているようです。彼は顎に指を添えていました。
「あの司会。腕が立つな」
ゼブがつぶやきました。
「セスミ。彼の情報を――」
「さっき声紋検査にかけました」
秘書セスミがタブレット端末のモニターをゼブへ見せます。
「データベースのうち、有力候補が数名あがってます」
「手が早いな」
「俺はもう
セスミたちを
「落札額2100万ベチョか。我が社はあいつのせいで多少の損害を被った。だが、元はこれで取れたな」
ゼブは舞台へ背を向けます。出入り口の扉へ足早に向かい始めました。
「もう帰るんすか」
セスミがゼブの背中を追いかけます。
「見るべきものを見たからな」
二人のドアマンが両扉を開けます。外の光がゼブとセスミを貫きました。
こうして、ゼブの元秘書は高値で競り落とされました。
ゼブの顔には
社長を絶対に裏切らない。彼の後ろでセスミは心へそう刻みました。
◆
青い冬空の
三人の男が社内に座っていました。取締役ゼブと秘書セスミに、専属運転手のジルベールです。二人はオークション会場「べモブリフト・ホール」を去りました。今は社へ戻る最中です。
「これを飲むか」
ゼブが酒瓶を冷蔵庫から取り出しました。ラベルに「
「祝杯といこう」
ゼブは二つの
「
秘書セスミは一つの猪口を摘みました。そして、酒を口に含みます。
「すげぇ。雑味が全然ないっつうか。なんだろう。
ゼブが「ふぅん」と静かにうなります。
「
「酔ってませんよぉ?!」
酒のおかげか、車内の雰囲気は温まってきました。セスミはひとしきり笑ったあと、車外を見つめます。朝のビル街が流れていました。
「檻ん中では本をよく読んでました。時間はそれなりにあったんで。だから、小難しい言葉とかが頭へ浮かびやすいんでしょうね」
セスミが誰へともなくつぶやきます。
「空が高い。俺はそれだけで幸せっす」
セスミが街から目をそらしました。彼の瞳がゼブの視線を反射しています。
「感謝してるんすよ。本当に」
そう言うとセスミがニッコリとはにかみました。ゼブは自身の手元へ目をやります。そして、猪口の酒を飲み干しました。
(雑味の全くない酒だ)
ゼブは胃が熱くなるのを感じました。そして、横に座るセスミを盗み見ます。
(まるでコイツみたいだ。裏表を感じない。……この私が誰かをまた信じよう、と思い立つなんてな)
ゼブは酒瓶を再び持ちます。
「セスミ。もう一杯どうだ?」
ゼブの問いかけへ返答はありません。セスミをよくよく見れば、もう完全に寝ていました。彼は窓にもたれかかっています。
「こいつ。秘書の分際で……」
ゼブはひとりごちます。しかし、その顔はむしろ柔和なものでした。
(まぁ。いいか)
彼はセスミから運転席の方へ向き直ります。
「ジルベール」
運転手のジルベールがバックミラー越しに主人ゼブを見返しました。
「どうなさいましたか」
「揺れをいつもより穏やかにしてくれ。速度を多少落としても構わない」
ジルベールがセスミの様子をミラー越しに認めました。彼は目で頷きます。
「なるほど。かしこまりした」
それ以降、彼の運転はいつも以上に繊細なものになりました。
ゼブたちの乗るミニバンがハイウェイを駆けていきます。静かな走行音が早朝に馴染んでいました。
(いい気分転換になった)
ゼブは心底満足していました。
新しい秘書は信用に足る。もっとも、彼へ教えることはまだまだあるでしょうが。
(まあいい)
自社へ戻ったらセスミにさっそく働いてもらおう。ゼブはプランを練ります。
(焦ることなんてなにもないのだから)
黒いミニバンは午後の
太陽が銀色のフロントグリルに反射します。キラリと、オレンジ色の光が輝きました。
了
ゼブとセスミの闇集会 莫[ない] @outdsuicghost
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます