SICUへ

 翌日、僕は病院の前に立っていた。

 救急外来の入り口から入り、無表情な受付の人に話しかけた。

「この前、SICUに運ばれた鈴川透です。是非担当してくれた先生に会ってお礼を言いたいのですが、可能でしょうか?」

「少々お待ち下さい」

 受付の人は、パソコンのキーボードを素早くたたいた後、画面を見たままこう答えた。

「坂戸先生ですね。先生は今、休んでおられまして、十日ほどこちらには来られません」

「そうですか。ありがとうございました」

 がっかりしたが、なんとかどさくさに紛れて、SICUに入れないものかと、僕は案内板を頼りに、SICUの方へ歩いていった。

 まるで、迷路のようで、迷いながらもやっと、SICUがある棟にたどり着いた。

「あれ? 鈴川君?」

 後ろから、優しげな女の人の声がした。

 振り向くと、薄緑の看護服を着て、長い髪を後ろでくくっている女性看護師がいた。

「退院出来たんだ? よかったね!」

 透を看護してくれた人だろう。僕は話を合わせることにした。

「はい、その節はお世話になりました」

「もうあんなことしちゃだめだよ?」

 あんなこととは、もしかして、絵里香さんと同じ自殺未遂なのだろうか?

「はい」

「SICUに何か用?」

「お世話になった皆さんにお礼が言いたくて」

「そうだったの? でも、ごめんね、家族しか入れないんだ。私が皆に伝えておくから」

「はい。お願いします。すみません」

 その後、僕はSICUがあるN棟から、本棟への渡り廊下を歩き始めた。

 両側がガラス張りになっていて、病院の周りの景色がよく見える。

 僕はそのガラスを見て、次元の壁を思い出し、触れてみた。

 視界が真っ暗になり、僕はまた意識を失った。




 その後、僕が気が付いた場所は意識を失った場所と同じ渡り廊下の片隅だった。

 僕の体はぼんやりとしていて形を失い、ゆらゆらと揺れていた。ガラスには姿が映っていない。

 幽霊になったのか、僕は。

 透は元に戻れたのだろうか?

 絵里香さんにはまた会えるだろうか。

 そんなことを考えながら、その場所から移動しようとした。

 しかし、動けない。

 僕は渡り廊下のガラスの前で立ち尽くした。

 死ぬってこんなことなのかと思った。

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