4.別れ

 雲は徐々に途切れるようになり、隙間から月が顔を出していた。たまに薄い雲が月に覆いかぶさり、絹で濾されたような優しく脆い光を発している。友達は特に何をするわけでもなく、俺に気配を感じさせるために存在感をできるだけ強めて佇んでいるようであった。


少し落ち着いた俺は従来の呼吸を取り戻しつつあった。冷たく鋭利な空気がやや不規則に肺に入って、内側から刺していくのを感じた。呼吸をするたびに白い息が出ては散って消える様子は、生気が体から出て行っているように見えた。ひとしきり泣いた後、俺の中にふと小さな疑問が浮かんできた。


「なあ、なんでわかりきった嘘をついたんだ?頭のいいお前ならもっといい嘘をつけたはずだし、隠し通そうと思えばできたんじゃないか?」

隣にいるであろう友達は「途中で気が変わったんだ。まあすぐにわかるさ」と意地悪に言った。


しばらく二人で海を眺めていると、友達が「生まれ変われるなら海がいいな」と言った。俺が「お前は地獄だから無理だろうな」と軽く冗談交じりに言うと、友達は「そうだな」と惰性で返した。そして夕方と同じように二人で懐かしい静寂を過ごした。しかし、それは夕方の時とは密度が桁違いだった。俺はこの時間がずっと続けばいいと思ったが、ささやかな望みはすぐに終わりを迎えた。


「じゃあね」


彼の言葉にはもう取り戻せないような嫌な雰囲気を感じた。「またね」ではなく「じゃあね」と言った意味を理解したくなかった。


「なあ、明日も会えるよな?」


友達からの返事はなかった。夜風に冷やされた金属製の腕時計はちょうど零時を指していた。昨日は友達がいなくなってから四十九日だと気づくまで時間はそうかからなかった。


 昨夜、俺が友達の霊と会話をしている間に彼は遺体で見つかった。そう遠くない磯で浮かんでいたらしい。母親からその話を聞いたとき、驚きはしなかった。むしろ昨日のことが本当だったのかとがっかりした。昨日のことが夢であるというほんのわずかな可能性は潰えてしまった。


 俺は学校に行くふりをしてその足で砂浜に向かった。砂浜は昨日の夜を標本にしたかのように存在していた。俺は友達の優しい嘘に騙されていようと思った。大きく深呼吸し、肺の中を友達の香りで満たす。それをゆっくりと吐き出した後、俺は目の前の友達に向けて言葉を発した。


「またな」


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海になった友達 小紕 遥 @s4m4yo1h

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