第7話 私が開発者です

「ああ、やっぱりそういう……。そんな事もできるんだな」


 ヘイジの考えていた通りであった。


 Modは、既存のソフトウェアに新しい機能を追加するプログラムだ。彼が開発していたModは、ハンターズライフの世界に新しい要素を追加し、新たな戦い方を楽しもうという趣旨のものであった。


 先ほど測ったヘイジの能力値適性は、Modの追加要素の一つである特殊なステータスと合致するものだったのだ。


「普通は見られないけど、特別に君のステータスを見せてあげよう!」


 得意げに娯楽の神が言うと、ヘイジの目の前にゲームのメニュー画面のようなパネルが現れる。


「うわっ、これ凄いな。それで……、あー」


 ヘイジは画面を見て納得する。そこに表示されたステータスは、七つの項目ともギルドでの測定結果と変わらない。


 しかし画面の一番上には素質「銃士」、ステータスの一番下には「火力:一等」という文字が異彩を放っていた。


「アハハハッ。火力ってなんだよ火力って! 場違い過ぎるでしょ。ここは剣と魔法の世界だよ?」


 娯楽の神はシーツをボフボフと叩きながら大笑いする。よほど気に入ったようだが、開発者のヘイジとしてはそうも笑われると流石に恥ずかしいものがある。


「いや、それっぽいのが思いつかなかったんだよ」


 自覚のあるところを突かれて仏頂面なヘイジは、言い訳がましく反論する。


 ヘイジが開発していたModは銃火器やボディアーマー等の武器防具と、それに関連する素質やスキル、アイテム等の新要素を追加する物であった。


 火力というステータスは、銃士という素質が他の素質で替えられない唯一無二のものになるようにと、ヘイジがわざわざ用意した八個目のステータスだ。


 火力は銃の威力だけでなく、銃士専用のスキルなどの各種新要素に絡むステータスである。なんともアバウトな名称なのは、的確な名称が決められないでいたからだ。


 そんな火力に全振りしたものが、ヘイジのステータスの正体だった。


「いやでも流石にここまで全振りしなくても」


 パネルを見るヘイジは不満げだ。ゲームにおいてはステータスを特定の方向性に極端に振るのはままある事だが、ここが現実世界となれば話は別だ。


 筋力と魔法力が評価できないレベルだと、どの様な戦闘スタイルでも悪影響がありそうだ。


 しかし娯楽の神はそんな不満を気にする様子もなく、むしろ不思議そうにヘイジを見た。


「ん、覚えてないの? それ君が作ったテスト用データのステータスだよ」


「うわぁ、俺だったかあ!」


 思わず天井を仰ぐヘイジ。言われてみればテスト用にそんなステータスを用意した気がする。


 それを律儀に再現した娯楽の神に不満もあったが、なんなら全部一等にでもしておけと、過去の自分に文句を垂れるヘイジであった。


「まさかステータスを追加するとはね。そりゃあまともに測定できないわけだよ。武器の他に防具や変なスキルもいろいろ有るみたいだし、世界観ぶち壊しにも程がないかい?」


 咎めるような言葉に反して、娯楽の神はとても楽しそうにヘイジを見ていた。ベッドから降りてヘイジの傍まで歩くと、その肩をポンポンを叩いた。


「まあ私はそういうの大好きだけどね!」


「そりゃどうも」


 ヘイジは素っ気なく返すも、口が少し緩んでいた。素直に喜ぶのは何か負けのような気がしたが、こうもストレートに自分の作品を気に入ってくれるのは嬉しかったのだ。揶揄われたばかりだというのに現金な男であった。


 娯楽の神はそんなヘイジの様子に気付いたのか、再度揶揄うようにその顔を覗き込む。


 ヘイジは逃げるようにステータス画面に目を戻すと、スキルの欄を見て誤魔化すように口を開いた。


「というか、ちゃんとスキルも使えるんだな」


 そこには銃士に関連するスキルがいくつか記されていた。どれもヘイジが追加した、銃士が最初から使えるスキルである。


「当然だよ。武器や防具を用意するのにも必要になるし、他にもハンター稼業で色々役に立つだろうからね。やってみたら?」


 促されるまま、ヘイジはスキルを意識して右手に力を込めてみる。するとおもむろに右手にガンメタリックな金属の塊が現れた。


 それはリボルバーとも呼ばれる回転式拳銃であった。外観は少し古めかしいものの、一般的にイメージされる拳銃そのもの。


 ヘイジは慣れた風の手つきでシリンダーを横に振り出す。弾を込める穴が六つ開いている。見た目通り、ヘイジが生きていた世界の西部劇のガンマンが装備していたものを参考にしていた。


「おお……。銃だ……」


 それはヘイジが銃士用の初期武器として用意していたものだった。


 しばし銃を凝視していたヘイジはふと周りを見回す。その視線は自身の服装から部屋の内装、窓の外の街並みとそこを行き交う人々へ向けられた後、手元へと戻って来る。


「ええ……、銃だ。ありえなくない?」


「君が言うなよ君が」


 ヘイジは娯楽の神のつっこみを無視して、ハンターとして活動する自分を思い描いてみた。


 周囲が剣や杖を携える中、武器と称する金属の小道具らしき者を抱える男。周囲が剣武や魔法を繰り出す中、光と破裂音を撒き散らしながら駆け回る男。


「これは結構きついかもしれない……!」


 特異な力を衆目に晒すことに、警戒心よりも周囲から浮くことによる羞恥心が勝るのではと考え始めたヘイジだった。


「実際、人前でこの力を使うってどうなの?」


 異世界までやって来て奇異の目で見られるのはごめんである。


「まあ、魔法ってことにすれば大体何とかなるんじゃないかな」


 中々に頼りない回答をする娯楽の神を、もの言いたげな目で見るヘイジ。


「ああでも、スキルはちょっと怪しいかも」


「えっそうなの」


 スキルは特殊な技等の攻撃用から、索敵やアイテム製作といった支援用など多岐に渡る。むしろ一番誤魔化しが効きそうだとヘイジは考えていた。


「この世界のスキルってさ、主に鍛錬を経て獲得した無意識中の体や魔力の働きを、機能ごとに体系化したような物なんだ。まあ私がゲームの設定とすり合わせる形でそうしたんだけど」


「なるほど?」


 よく分からないがどうせ異世界という異質な環境のせいだろうと、切れの悪い反応をするヘイジ。この世界に来てからこの手の反応は慣れたものである。


「あんまりピンと来てないでしょ」


 娯楽の神も容易に察して呆れ顔だ。


「まあうん。流石は神様だなってことしか」


「そこは別にいいよ。例えば、コップに水を注ぐって動作を毎日繰り返してると、毎回大体同じ量の水を注げるようになるでしょ」


 流石に言っている事は想像できたヘイジだが、果たしてピンと来たと言っていいのか分からず困惑してしまう。


「いやまあ分かるけど。え、そんな感じなの」


「これは計量系スキルだね。職人は結構持ってるらしいよ」


 当然の様に答える娯楽の神。


「あるんだ……」


「まあ剣と魔法の世界だから君からすればファンタジックなスキルもあるけど、要はそういう事なんだよ。アイテム製作系のスキルだって、ちゃんと素材とか道具を用意しないといけないしね」


 思ったよりも現実的なスキルの存在に、ヘイジは納得したような、夢を否定されたような複雑な気分になった。しかしその上でゲームで見たようなスキルがあるあたり、やはりどこまで理屈を突き詰めても異世界なのだと実感する。


「それで本題に戻るけど、当然ながらこの世界に銃や軍用装備をぽんと出せる魔法は現状存在しない。あってもあんな無造作に出すのはまず無理だろうね」


「そりゃそうかあ」


 当然の話であった。故にスキルと称して銃などを出すのは、この世界に置いても異質に映ると考えた方が良いらしい。


「まあ、魔法ってことにすれば大体何とかなるんじゃないかな」


 結局そういう事らしかった。


「おい。まあ分かったよ、ありがとう」


 神様がそう言うのなら、と半ば諦めたヘイジ。とは言えここにきてようやく武器を手にできたことは、ヘイジにとって当然喜ばしい事でもある。しかしその顔は暗い。


「あースキルもそうだけど。そもそもの話、俺銃の構造とかあんまり知らないまま、見様見真似でモデリングしたんだよね。これちゃんと使えるの?」


 ヘイジは一般的な人よりも銃への興味や知識があったものの、エアガンを使った経験は無く、パーツ単位で銃の構造を理解しているわけでも無かった。手にしている物が扱いきれない銃や、銃ですらないガラクタでは困るのだ。


 そんなヘイジの懸念を、娯楽の神は何でもない事のように笑う。


「あはは。そのへんは流石にサポートしてるから大丈夫だよ。娯楽の神様のご加護ってところだね。使い方も分かるでしょ?」


「あっ確かに……」


 ヘイジは先程の自分が自然に銃を操作していたことに気付きはっとした。この世界の言語を扱えるのと同様、娯楽の神のサポートが行き届いているようでありがたい限りである。


 ヘイジは礼を言おうかとも思ったが、そもそもすべての元凶が彼女だったことを思い出して口を閉ざした。


 そんなヘイジの内心を知ってか知らずか、娯楽の神は悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開く。


「一応言っておくと、銃士や火力を持つ存在は君しか居ない」


「なるほど?」


「君の不思議パワーに嫉妬した奴がいても、背後から銃で撃たれるなんてことはないから安心しなよ」

「怖いこと言うなよ」


 しかし特異性に目を付けられるというのは、無視できない問題ではあるのだろう。ヘイジは自身の能力を使う中で懸念すべきことに思考を巡らせる。


「でもこの世界の人間も大概ヤバいし、銃なんか無くてもサクッと殺されちゃうかも」


「怖いこと言うなよ……」


 脅しつけるような事を言って、からからと笑う娯楽の神。


 遊ばれていることに気付いたヘイジは、聞き流すように画面に視線を移す。


 ヘイジはしばらくステータスを睨んだ後、表情を緩めて息を吐く。銃士としてスタートするために必要なものは揃っていた。今の能力は最低限の物であったが、特獣と戦って火力を成長させればヘイジが追加した他のスキルも使えるようになるだろう。


「さっきはどうなることかと思ったけど、これなら何とかなりそうだ」


 現状は希望と期待を持つのに十分なものであり、ヘイジはかなり前向きになっていた。


 娯楽の神は表情を明るくしたその様子を見て、満足そうに頷く。


「それはなにより。君は類稀な一等級のステータスを持っていて、君のハンター生活はまだまだこれからだからね。それじゃ、応援してるからね、銃士ヘイジ君」


 娯楽の神は楽しそうに悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うと、瞬きのうちに姿を消した。


「ホント、急に来て急に居なくなるよな」


 ヘイジは苦笑しながら右手に視線を落とす。そこには確かに拳銃が握られていた。


 グリップを握る手に力が籠もる。生きる為には、ハンターとして活動していけるだけの強さがいる。しかし強くなるには、戦って経験を積むしかない。


「いや、いきなり本番は無いよな」


 とはいえ初っ端から特獣と戦うような無謀さはヘイジには無い。ヘイジはやや昂っていた気持ちを落ち着ける。適当な場所で自身の能力を検証する必要があるだろう。


 ヘイジは窓の外に目を向ける。いつの間にか日が落ちていたようだ。街灯は無く建物から零れる光に淡く照らされた道を、ランタンらしき光がまばらに行き交う。光に浮かび上がる人々の中には、スーツを来ている人もスマホを持っている人も当然いなかった。


「……」


 思い出したかのように疲労と寂寥に襲われたヘイジは、ベッドに身を投げ出すと魂が抜けたように眠った。

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