第5話 いざ適性チェック

「新規の方ですねー。それでは能力の測定を行うのでついてきてくださぁい」


 きちっとした印象の先ほどの受付嬢と打って変わり、こちらの受付嬢はのんびりした雰囲気で、浮かべる笑顔は平士まで気が抜けそうだ。胸元に付けられた名札にはタリンと書かれていた。


 彼女に案内された個室には机と椅子があり、机の上にはなにやらいかめしい機械らしき物が置いてある。


「そちらの椅子に座ってくださぁい」


 促されるまま平士が腰かけた椅子からは、たくさんの紐のようなものが機械へと伸びていた。


「ここで能力値を測定した後、ライセンスを発行しますよぉ。測定結果によってはこちらから適した戦闘スタイルをご提案しますねー」


 適した戦闘スタイルというのが、ゲーム中の素質に当たるのだろう。


 平士はそう考えながら椅子に座りつつ、そういえば、と首を傾げた。平士には自分の素質が分からないのだ。ゲームなら開始時点で素質を選んでいるし、それに応じた武器防具も初期アイテムに含まれているはずなのだ。


 平士がウエストポーチの中を覗いてみたり、腰や背中になにか装備してはいないかと今更になって見回していると、机を挟んで向かいに座ったタリンが紙を渡してくる。


「こちらにお名前と年齢を記入してくださぁい。代筆いりますかぁ?」


 平士はひとまず疑問を二の次にして代筆を断るも、ペンを手にしたところで硬直する。文字を書けないわけではない。むしろ自然にこの世界の文字を書き込もうとしていたことで、平士は自身が改めて遠いところに来たのだと感慨に耽っていた。


 しばし呆けていたものの、訝しげなタリンの視線に気付く平士。いそいそと名前の欄にヘイジ・オオヨドと記入し、年齢は神に言われた通り十五歳とした。


 平士は記入した名前を見つめる。漢字でもひらがなでもカタカナでもない。これより自分はヘイジ・オオヨドなのだと。少しの寂しさと未来への大きな期待を胸に、ヘイジは書類をタリンへと返した。


 書類を受け取ったタリンは、のんびりとした口調のまま説明を始める。


「ヘイジさんですねー。ここではヘイジさんの能力値の適性を測定しまぁす。測るのは総合力と体力、魔力、持久力、筋力、魔法力、技巧、敏捷の八項目ですよー」

 ヘイジがゲームで知る通りであったので、無言で頷く。


「あくまで各能力の成長のしやすさを見るものなのでー、いい結果が出てもハンターとして活躍できるかはヘイジさん次第ですよー」


 そういうものなのかと、ヘイジは得心した。ゲームではメニュー画面でステータスを確認できたので、そもそも能力を測るという要素自体なかったのだ。


「わかりました。気を付けます」


「はあい。それでは総合力から計測をはじめますねー」


 そう言うと彼女は、オペラグラスのような道具を取り出し目に翳す。レンズらしきパーツが幾つも重なって付いている、変わった道具だった。


「ここで結果が基準を下回った場合はぁ、素質無しと判定してハンターの登録は基本出来ませんからねー」


「はい……」


 ヘイジは生唾を飲み込む。


 原則としてハンターになれるのは、主に戦闘などによって一般的ヒト種の限界を越えて身体能力を成長させることが出来る、特殊な体質を持った人々のみである。この世界ではそういった人間を超人、普通の人間を常人と呼び分けていた。


 例外としてハンターの活動に役立つ技能を有する場合、超人でなくとも審査の上登録が認められている。しかしヘイジはそのような制度を知らない上、知ったところで活かせる技能も無い。


 つまりここで弾かれてしまえば、ハンターは叶わぬ夢となってしまうのだ。


「じゃあ始めますよー」


 強張るヘイジに対し、タリンは全く緊張感のない声を掛ける。


 どうやって計測するのだろう、とヘイジが緊張しつつ身構えていると、突如部屋が真っ白になった。


「えうっ。まっ、眩し!」


 ヘイジはそれが、目の前の機械が放つ光であることに気付く。真っ白な光はあまりにも眩しく、ヘイジは思わず声を上げて顔を背けた。


 一方タリンはというと。


「すごい! えっこれすごいですよ!」


 カシャカシャと沢山のレンズを出したり畳んだりしながら、オペラグラスのような道具のレンズ越しに光を凝視していた。のんびりした雰囲気だった先ほどとは打って変わって、興奮した様子でせわしなく動くタリン。


「こんなに強い光はそう無いですよ! オリヴィアさんを測らせてもらったときと同じくらいあるかも! ヘイジさん、これ絶対に一等適性が有りますよ! ヘイジさん!」


「お、おお!」


 人が変わったようにはしゃぐタリンに驚くヘイジだが、彼自身も心を躍らせていた。オリヴィアというのが誰なのかは知らなかったが、彼女の反応と一等という言葉を聞けば、おのずと期待は急上昇するというものだ。


 などと結果に胸を膨らませていると、突然光が消える。どうしたのかとヘイジがタリンに顔を向けると、彼女は相変わらず興奮した様子で目を輝かせていた。


「いやあすごい総合力ですね! それじゃあ能力値ごとの適性を見ていきますね! こっちの七つの光石で測るんですよ!」


 タリンは機械に並ぶ、薄白く半透明に濁った直方体の石を指して見せた。先程発光していたこぶし大の石が一つと、その隣に親指程の大きさの石が七つ並んでいる。七つのステータスに対応していて、それぞれの光り方で適性を見るのだ。


「こうして、よし! これでどれが一等か……、あれ?」


 不思議そうに首を傾げるタリン。彼女だけでなく、ヘイジも同じように首を傾げた。


 七つの光石のうち、三つが少し眩しいくらい、もう二つが豆電球ほどの柔らかい光で、残りの二つは光ってすらいなかった。


 先ほどと打って変わって随分と目に優しい光景に、ヘイジは困惑していた。


「おかしいですねぇ。少なくとも一つは、すごく眩しいくらいの光り方をしてもいいはずなんですけどぉ……」


 先ほどの道具を覗きながら考え込むタリンも困惑気味である。


「やっぱりこれ、変なんですか……」


 恐る恐るそう聞くヘイジは、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。


「そうですねー。もう一回測ってみましょうかぁ」


 再び最初から測定する二人。


「すごい! やっぱり一等級の光ですよ!」


「うおおお、頼む! ホントに頼むう!」


 そして数十秒後、再び七つの光石を見て首を傾げる二人であった。


 その後、測定器の不具合かも知れないからと、タリンの能力値を測ることになった。しかし光る七つの光石を前に、タリンは首を横に振る。ヘイジは光に目を細めながら肩を落とした。測定器の結果は正しく、不具合は無いようだ。


「……ええとじゃあ、測定結果を出すのでぇ。そのぉ、もう一度……」


「あっ、はい……」


 改めて椅子に居直るヘイジ。虚しく輝く光石を眺める二人は無言であった。


「ではぁ、結果をお知らせしますねー……」


 それはそれは気まずそうに、タリンは口を開いた。

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