第4話 ハンターになります!

 気合を入れて歩き出したものの、街までの道のりはこれと言った問題もなく平穏なものだ。


 獣道を通り、いくつかの大きな岩の隙間を抜け、道なりに森を進めば街道が見えてくる。街道に出た所で既に遠くに街が見えており、そちらに向かって街道を進むだけであった。


 そうして歩いていると、日が傾く前に街のすぐ傍まで来ることができた。


「ハア。着いたあ」


 平士は大きく息をつく。見知ったゲームの世界だとは言われていたが、本当に街までたどり着けるか不安だったのだ。遠目に街があることは確かではあったが、全く知らない場所であったらどうしようかと、短い道のりに反して心はどっと疲れていた。


 目の前にそびえ立つ、三階建ての建物程の高さがありそうな防壁は見知ったものである。本来なら威圧感でも感じそうなものであったが、それを見上げる平士は安堵に包まれていた。


「しかしこの体は……」


 そう呟き、平士は自分の体を見下ろす。ここに来るまでの道のりは、時間的にはそれ程長いものではない。


 しかし平士は、通勤では最寄り駅から電車を使い、休日はほとんど家から出ずにパソコンに向かっていた人間なのだ。街に向かうのはそれなりの運動になるだろうと意気込んでいた。


 しかしいざ街に到着すると、全く疲れていないどころか、依然としていくらでも動き回れそうな絶好調ぶりで。


「これやっぱり、素質やステータスとかもちゃんとあるのか」


 素質はハンターの戦い方を、ステータスはハンターの各種能力値を表すものである。


 ハンターズライフではゲームを始めるときに、いくつかの戦い方の素質から一つを選ぶことになる。素質によって主人公の成長の仕方が変わるのだ。


 剣士の素質なら体力や筋力、魔術師なら魔力や魔法力というように、各素質に必要な能力が成長しやすくなっている。魔術師でも剣を使い続ければ筋力を伸ばすことはできるが、素質に適したステータス以外の成長は微々たるものだ。


 このようにハンターの能力は素質によって様々であるが、全ての素質に共通して言えることもある。ステータスを成長させた人間は、普通の人間よりも身体能力が優れているということだ。素質によって差はあれど、高い運動能力と生命力を持ち、頑丈な体になる。


 ゲームと現実は違うと結論付けた手前、慎ましくも生き延びることを目指したい平士であったが、ここにきて再び期待が膨らむ。


 平士は熱心なゲーマーであり、興味を持った事にはとことん行動力を発揮する性分だ。ハンターに希望を見出すのも無理のないことであろう。


 もっとも、娯楽の神の言う通りになるのはいささか癪であったが。


「よし、ちゃんとハンターを目指そう」


 力強く門に向かって歩き出す平士は、切り替えの早い男であった。


 平士は歩きながら、門の様子を見てみる。大型トラックが余裕をもってすれ違えそうな大きさで、左右には門番が二人ずつ立っている。その横にある建物は詰め所かもしれない。


 門の周りは、ごった返しているというほどではないが人の往来は多い。頻繁に出入りしている馬車らしき荷車を曳くのは、馬の背格好をしたトカゲのような生物。


「おお、ゲームの通りだ。人も沢山いる!」


 平士は思わず声に出す。ゲームの世界を現実に目の当たりにして興奮したというのもある。しかし同時に見知らぬ土地に転生して心細さを感じていた平士は、自分がこの世界に一人きりではないと分かって安心していた。あんな神でも、別れると案外寂しいものだ。


 門番は警備しているだけで、検問などはない。身分を問われると確実に困る平士は、さっさと街に入らせてもらうことにした。


 門をくぐると一気に視界が開ける。正面にまっすぐと伸びた幅広な道には、多くの人々が行き交っていて活気が感じられた。


「ここがファシュマンかあ」


 ファシュマンはゲームの舞台となる、主人公が訪れハンターとして活動する街だ。シエニス帝国の主要都市の一つであるこのファシュマンは、帝都と北部の各都市を繋ぐ交通の要衝として発展し、物流の拠点として栄えている。


 領主を務めるトラニア公爵家にとって重要な権力基盤ということもあり、政治的にも経済的にも安定した都市であった。


 都市を囲む森の内、北から東にかけて面する森は遠くに見える山脈につながっており、特獣の主な生息地となっている。近郊の森はまさに初級エリアといった感じで最弱レベルの特獣ばかりだが、奥に進むにつれて強力な特獣が現れだすのだ。


 いかにもおのぼりさんという様子でせわしなく周囲を見回す平士は、看板に目をやり、住民の声に耳を傾けながらあることに気付く。


「なんて書いてるかも、なんて言ってるかも分かるんだな」


 平士は今になって、ゲーム中では独自の言語が使われていたことを思い出した。驚くべきことに、自分がこれまで口にしてきた言葉も日本語ではなかったのだ。


 平士は娯楽の神の顔を思い浮かべて表情を強張らせる。まるで自分が知らぬ間に作り替えられているかのような不気味さだった。しかしすぐに、言葉が一切通じない可能性もあったのだと気づいて顔を青くした。


 ゲームで見知った世界とは言え、今から全く新しい言語を覚えるなど平士にはとてもできそうにない。むしろこれくらいは娯楽の神にやってもらわないと困るというものだ。


 平士はゲームの流れに則って、宿を取ってからハンターになるためギルドへと向かうことにした。


 記憶を頼りに歩いていくと、無事に宿を見つけることができた。ゲーム内ではマイホームを得るまでの繋ぎであるが、マイホームのことなど考える余裕のない平士には、重要な生活拠点となるだろう。


 ゲームでは外観しか見られなかった平士にとって、宿の内装は目新しいものばかりだった。ロビーをせわしなく見回していると、受付に立つ非常に恰幅のいい中年女性が胡乱な視線を寄越していることに気付く。気まずくなった平士は、慌てて部屋を確保しギルドへと向かった。


 再び記憶を頼りに街を歩くと、すぐにハンターギルドが見えてくる。


「おお。大きいな」


 それは石造りで四階建ての建物だった。大きく切り出された白い石材が積み重なり、とても頑丈そうである。


 入り口にある重厚な木の扉は開け放たれており、ロビーと思しき広間の中央奥には受付が並んでいる。


「ここで俺はハンターになる……。よし!」


 平士は気合いを入れてギルドへ踏み入ると、受付に立つ女性へと話しかける。


「あの、すみません」


「こんにちは、ようこそファシュマン庁舎別棟総合窓口へ。どのようなご用件ですか?」


 キビキビと対応するクールな受付嬢。平士は、そういえばそんな名前だったな、と内心苦笑する。


 一般にギルド呼ばれるこの組織は、ハンター達によって結成、運営される組合ではない。実のところは、ハンター向けの依頼の円滑な管理と斡旋、およびハンター自体の管理と統制を目的とした行政機関である。


 しかしハンター間ではギルドで通じることが多いので、それほど浸透していなかった。平士は少し気勢をそがれたが、受付嬢に目的を告げる。


「ハンターになりたいんですが」


「特別認定討ハンターの新規登録申請ですね。身分証明書となるものはお持ちでしょうか」


「にんて……。あっはい、それです。えっ身分証明書?」


 平士はまず聞くことのないハンターの正式名称に困惑するも、次の言葉に頭が真っ白になった。


 当然であるが平士はそんなものを持っていない。ここまで歩いて来てもかかなかった汗が額を伝う。


「ひ、必要なんですか?」


 縋るように質問を返す平士。


「お持ちでない場合もハンターの登録は可能です。ですが国認団体の会員証等、身分証明になる物をお持ちの場合はハンターライセンスとの紐付けが推奨されております」


 受付嬢は不審がるようなこともなく、真面目そうな表情で滔々と説明する。


 ここで撤退なんてことにはならないようで、平士はほっと息を吐いた。


「あ、そうなんですね。身分を示せるものは何もないです」


 言語化してみると怪しい男でしかないな、と自嘲する平士。しかし事実そうなのだから仕方がない。

 実のところ、国民全員に適応される身分証明書という制度は存在しない。貴族でもない限りは、身分を証明できない人間の方が圧倒的に多いのだ。


「かしこまりました。向かって右手の受付へお進みください」


 示された方を見てみると、また別の受付があった。平士は礼を言ってそちらへと向かい、ハンターになりたい旨を伝えた。

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