Lupinの夜

麻生 凪

Lupinの夜

 東京銀座の一角にあるバー「Lupin」。その扉を開けると、薄暗い照明の中に浮かび上がる三人の影があった。太宰治、坂口安吾、織田作之助。戦後の文壇を賑わせた無頼派の三人が、ここで酒を酌み交わしていた。


「おい太宰、今日は何を飲むんだ?」

 坂口安吾が笑いながら問いかける。眼鏡の下の瞳はいつもどこか鋭く、しかしその奥には優しさが垣間見える。

「今日はウイスキーだな。最近、少し疲れてるんだ」

 太宰治は浮かない表情で答える。彼の目には、どこか遠くを見つめるような憂いがあった。

「疲れてるって、また何かあったのですか?」

 織田作之助が心配そうに尋ねる。彼はいつも仲間のことを気にかけていた。

「いや、ただの執筆疲れさ。新しい作品を書いているんだが、なかなか進まなくてね」

「女疲れの間違いじゃねえのか」

 安吾がボソリ言う。太宰は思わず苦笑いを浮かべた。

「どうでもいいが。まぁ、それなら今日は思いっきり飲んでリフレッシュしようぜ」

 安吾がグラスを掲げる。


「乾杯!」


 三人はグラスを合わせ、夜の始まりを祝った。話題は自然と文学や人生のことに移っていく。


「そういえば、座談会の日の写真、覚えているかい?」

 太宰がふと思い出したように言う。

「カメラマンが君たちばかり撮って、『僕も撮れよ!』って酔いどれながら叫んだやつさ」

「もちろん覚えていますよ。安吾さんの背中も写ってた」

 織田が笑う。

「あの時の太宰さんの顔、今でも忘れられないですよ」

「そうだったな。あの写真、俺も実は結構気に入ってるんだ」

 安吾も微笑む。

「あの瞬間が、俺たちの友情を象徴しているような気がする」

「友情か……」

 太宰はグラスを見つめながら呟く。

「これからもずっとこうしていられるといいな」

「もちろんですよ」

 織田が力強く答える。

「私たちは同士です。どんな時でも、こうして集まって語り合えます」


 夜は更けていく。三人の笑い声と語らいが、バー「Lupin」の静かな空間に響き渡る。


「またか……」

 織田作之助がにわかに腕をまくりあげてヒロポンを打つのを見ながら、坂口安吾が呟く。

「最近は酒よりもこれにかぎります」

 織田は整然と答えた。

「そういや毎日打つっていうじゃないか、良くないよ。時に織田作、君は少し執筆にひたむき過ぎやしないか?  体調はどうなんだ」

 太宰治が神妙な顔つきで問う。

「ヒロポン、ビタミン、救心。我ながらけったいな信仰ですよ」

 織田は笑いながら言った。

「創作をヒロポンなんかに頼って……、何に怯えているのやら。そんなものを使わなくたってお前さんは心に沁み入る作品が書けるのに」

 安吾は言い終わると、一気にグラスを呷った。

「死ぬなよ……」

 太宰は蚊の泣くような小さな声で呟いた。無論、二人には聞こえていまい。



《参考文献》

「安吾巷談 麻薬・自殺・宗教」

 坂口安吾

「織田君の死」

 太宰治

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