第2話

翌朝になっても、テレビは昨夜のニュースで持ち切りだった。殺人病警戒アラートや政府への疑念が討論されているチャンネルもあった。美雪は友達と一緒に朝練する約束をしているからと一足先に徒歩で学校へ向かった。


 登校は徒歩か、毎日決まった時間に寮前に来るバスに乗るかの二つで僕は基本バス登校、美雪はバスと徒歩をその日の予定によって変えている。朝食のコーンスープと食パンを食べ切り、テレビを消して寮を出る。


 外は朝から雪が降っていて、そこそこ風も強く、朝の半ばぼんやりとした頭を一瞬で覚ます寒さだ。目の前にはマイクロバスが止まっていて、開いたドアから乗車していつもの最後部の席に座る。暖房の暖かさが身体にじんわりと染み込んでいく──。


 街中は白い空気に満たされていて、所々雪が積もり始めていた。この中でも徒歩で行き、朝練とは美雪も活発なら友達もそうなのかもしれない。


 バスは途中いくつか別の寮に止まり生徒が乗ってくる。その中で一人の女子生徒が僕の隣に座る。黒いショートボブの髪に、黒い瞳と伏せがちで控えめな目元、背筋を伸ばして座っている姿が凛とした雰囲気を放っている。


 この生徒は千里朱音、僕が美雪以外で唯一交流があるクラスメイトだ。


「おはよう、東野くん今日は美雪さんと一緒じゃないのね」


「ああ、友達と朝練とかで先に登校したよ」


「ふうん、元気があって羨ましいわね。私なんて毎朝起きるのが辛すぎてそんなことやろうと思えないもの」


 そう言って彼女は小さくあくびをして、目元をかく。凛とした外見とは裏腹に朱音は何事も怠惰で真面目に訓練するより、寝て過ごしていたいみたいな生徒だ。


「僕もだよ、休日でも学校の夢を見て目覚めると最悪な気分になる」


「私は常々、人が猫になる病が流行ってほしいと思ってる」


「それはそれで大変なことになりそうだけど、殺人病よりはマシだね」


 朱音は「全くだね」と言って大きく頷く。猫になって一日十七時間寝て過ごすというのが朱音の思い描く理想らしい。前方に学校が見えてきた。隣から小さなため息が聞こえた。


 教室の窓際、一番後ろの隅にある自分の席に座り今日の授業予定を思い出す。たしか、一年生同士の模擬戦闘の時間があった気がする。


 前方の席では美雪が友達と楽しそうに話している。対して僕はあまりクラスメイトとの交流に積極的ではないため、それを一人でぼんやりと眺めている。


 学校での普段の僕らの距離は、どこかお互い違う世界に生きてるみたいに、遠い。こういう時は僕と美雪が恋人関係であることが信じがたいことに思えてしまう。


「東野くん、毎朝そんなに美雪さんを眺めて嫉妬に駆られてるくらいなら混ざりに行けばいいんじゃない?」


 隣の席の朱音が気だるそうな声で言った。


「無理だよ、僕が行ったら変な空気になりそうじゃないか」


「ああ、確かにそうかもしれないわね」


 朱音は教師が入ってきて模擬戦闘の相手の組合せを話し始めると、申し合わせたようにまため息をつく。朱音の相手が僕だったからだ。


 美雪が相手ではないのは珍しいことではあるけどないこともない。


「東野くん、頼むからたまには、ひらひら避けないで欲しいな」


 僕はある理由で戦闘に対殺人病素質を使わない。得意のナイフと回避能力だけで戦う。基本は避け続けて急所にカウンターを飛ばすという戦法だ。朱音は対殺人病素質で身体の柔軟性を高めて変化に富んだ攻撃をする。


「朱音の攻撃を避け続けるのは美雪よりも難しいから、いつか勝てる日が来るよ」


「早く来てくれると良いんだけどね・・・・」


 教師は一通り組合せを話し終わると通常の授業を始めた。模擬戦闘をする体育館はさぞ寒いんだろうなと想像して、僕もため息をついた。

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パンデミック 崩れる日常の中で 深見 @fukami123

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