第24話
その映画の主人公は、親のいない小学生の男の子。
親戚の家に引き取られて、虐められながら日々を過ごしているところに、一匹の子犬と出会う。
少年は犬との出会いをきっかけに、優しさと希望を取り戻していく――――。
そのストーリーは、どうやってもリョウちゃんに結び付いてしまって、それも犬はゴールデンレトリバーで、もうどうしようもなかった。
(何でこの映画を選んじゃったんだろ……)
涙を止めて、トイレで化粧を直してから、気持ちを整えて神白くんのところへ戻る。
「本郷さんって、優しいんだね」
並んで映画館を後にしながら、神白くんが言う。
「え?」
「映画であんなに感動するなんて。感受性が豊かなんだ」
私の失態を、神白くんはすごく好意的に受け止めてくれているようだった。
だからこそ余計に、ものすごく罪悪感を感じてしまう。
デートなのに、他の男の人のことを思い出して泣くなんて、失礼すぎる。
私は俯きながら、神白くんの顔を見られないでいた。
「本郷さん?」
私がそうしていると、神白くんが心配そうに声をかけてくる。
「あ、ごめん! そ、そろそろご飯食べに行く?」
「うん、そうしようか」
そう言って、私たちは街中に出た。
こんなこと、神白くんに言えるわけがない。だから、何とか誤魔化すしかなかった。
「本郷さん、何か食べたいものある?」
「何でも大丈夫。神白くんは?」
「俺も何でも。じゃあ、まだ時間早いから、ちょっとこの辺歩きながら見てみよっか」
「うん」
まだそこまで寒くはなくて、歩くにはちょうど良い気候。
私たちは少し散歩するように道路沿いの歩道を歩きながら、時々気になる店に入ってみる。
(神白くんは、良い人だなぁ)
さっきのことを、あれ以来気にしないでいてくれてるし。まるで何事もなかったかのように普通でいてくれて、だから私も過度に気を遣わないで済んでいる。
そして、道沿いで私が少し気にする場所があると、すぐにそれに気付いて「入ろっか」と言ってくれる。
恋人がいるとすると、こんな感じなんだろうかと少し想像してしまう。
可愛いインテリアショップがあって、二人で見ていると、
「あれぇ〜? 瑠夏っ!?」
聞き覚えのある声がして、顔を上げるとスラリとスタイルの良い美人がこちらを見ていた。
「綾音っ!?」
「やっほー! 久しぶり! って」
出会って早々に腕を引かれて隅の方へ連行される。
「誰よ、あの爽やかイケメン! もしかして彼氏!? いつの間に!」
「ち、違うよ! 遊びに誘われて、今日が初めてのデートなの」
「ウッソ! もうそれ付き合うやつじゃん! も〜早く言ってよ〜! 今度の合コン瑠夏も連れてくって言っちゃったのに〜!」
綾音も高校卒業と同時に上京して、看護学科のある東京の大学に通っている。住んでいる場所は離れてるけど、今でもたまに会う仲だ。最近はお互い忙しくて、会えてなかったんだけど。
「勝手に約束しないでよって言ったでしょ?」
「だってぇ〜、瑠夏が来るって言ったら食い付きいいんだもん」
前に一度綾音の企画する合コンに参加したことがあって、その後はいろいろな人から何度も連絡が来て大変だった。なので今度は絶対に断ろうと決めていた。
「次は絶対行かないから!」
「そこを何とか〜! 別に彼氏いてもいいからさぁ」
「駄目でしょ」
なんて言いながら、待たせてしまっている神白くんの方をチラリと見る。
「あ、あの、本郷さんのお友達、かな?」
気付くと近くに来ていた神白くんが話しかけてくる。
それに対して、私が口を開く前に綾音が素早く反応した。さっきよりも二段ほど高い声で。
「あっ! はいっ♡ 瑠夏の“親友”の尾崎です〜。高校の時はずっと一緒にいて〜」
それを聞いて、神白くんは爽やかに応対する。
「あ、そうなんですね。僕は神白 悟と言います。本郷さんと同じ学科で学んでます。どうぞよろしく」
綾音の目は例の如くハートになっている。イケメンに対する条件反射のようなものなのだろう。
そんな綾音は、意外にもなかなか彼氏を作らない。高校の時付き合っていた彼氏と別れて以来。
大学で出来た友達と頻繁に合コンを開いているらしいのに、そこにはなかなか良い人はいないそうだ。
少しの間三人で話をして、「じゃあお邪魔しちゃ悪いから。瑠夏。また連絡するね」と、綾音は私に手を振り、神白くんにお辞儀をしてそそくさと店を出て行った。合コンの件は誤魔化されてしまった気がするので、後でしっかり断っておこう。
綾音と別れた後、少し店内を見て回ってから、私たちも店を出た。
「楽しそうな人だね、お友達」
「いつもあんな感じなの」
笑って会話をしながら、何気なく周辺の店を見る。
『本日オープン』
目の前に飛び込んできたオシャレな看板の文字に引かれて、その店の前で立ち止まる。
「Cafe & Bar Luminous(ルミナス)」
あまり大きくはないけど、こじんまりしながらもセンスの感じられるオシャレなイタリアン風の外観の店が、陶器の店と花屋さんに挟まれながら、存在感を放っている。
「へー、本日オープンだって。入ってみる?」
神白くんが、店をじっと見る私に言う。
何だか分からないけど、すごく惹かれる。
「うん」と頷いて、私たちはその店に入った。
「いらっしゃいませ〜」
中から可愛らしい顔をした高校生か大学生くらいの男性店員が近付いてくる。綺麗にセットされた短い金髪、耳にはピアス、大きな丸い瞳。まるでアイドルのような容貌に、きっちりめの黒の制服を着ている。
お昼時なので、店内には何組かのお客さんが入っている。
内装も凝っていて、間接照明がところどころ雫のように天井から垂れている。
外から見るよりも中は広々としているように感じる。空間の使い方が上手いのか。
白熱灯がメインで使われているので、昼間だけど少し薄暗くて、イタリアンレストランのような雰囲気。奥にはカウンターがあって、その前の棚にズラリとカラフルなお酒のボトルが並んでいる。
カウンターの上部からワイングラスが垂れ下がっているところがバーらしい。
「二名様ですね? こちらへどうぞ」
二人席に案内されて、濃い色の木製のテーブルに置いてあるメニューを見る。
数は多くないけど、やはりイタリアン風のメニューが多い。私はきのこリゾットを注文することにした。神白くんはパスタにするらしい。
「いい感じのお店だね。夜はバーになるのか」
「ね。夜にもまた来てみたいかも」
「えっ!? あ、そ、そうだね!」
何故か神白くんが慌てて水を飲んで、むせている。
リードしてくれたり、テンパったり、神白くんはほんとに面白い。
しばらくすると、先程の店員が料理を持ってくる。
「当店は本日オープン初日でして、来ていただいたお客様には、店長からご挨拶させていただいています」
そう言った店員の後ろから、もう一人男性がやってくる。
金髪の店員の背後から現れたその姿を見て、私の心臓は一瞬で凍りついた。
――――見間違いなんかじゃ、絶対にない。
見覚えのあるくっきりとした幅広の二重の目に、シュッとした輪郭、整った鼻と口。
°.°『じゃあね、ルカ。元気で』°.°
いつかのセリフが唐突に脳裏に
もう会えないと思ってたのに。何で――――……
「本日はご来店ありがとうございます。店長の葛木で――――……って、ルカっ!?」
少し背が伸びて、以前と同じ茶色い髪を後ろで一つ括りにしている大人になったリョウちゃんは、まるで久しぶりに会った友達に声をかけるかのように気軽に、私の名前を呼ぶ。
いろいろなことを突っ込みたいけど、声にならない。
私は石像のように固まったまま、目の前に立つ黒い制服姿のリョウちゃんの姿を、ただ見つめていた。
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