後編
第22話
―― 四年後 ――
獣医学課程のある東京の大学に入学して、二年弱。
私は毎日勉強に明け暮れる日々を送っている。
好きだったバスケも、最近は全くしていない。
それほどに、勉強することが多くて大変だ。親元を離れて一人暮らしをしているけど、バイトなんかはする暇がなくて、資金は親に頼り切っている生活。
大学は六年制なので、長く親にお世話になることになる。
今は心苦しいけど、一生懸命勉強して、立派な獣医師になることが最大の親孝行になると思って、頑張っている。
「本郷さん!」
講義終わりに大学構内を歩いていて、突然後ろから声をかけられる。
振り返ると、同じ獣医学課程の講義を受けている
神白
学部の中の学年トップクラスの成績で、高校までは陸上選手だったスーパーマン。
加えて、モデルのようなスタイルの良さと容姿を持つ、大学一の爽やかイケメンと評される完璧な人。
あまり話したことはないのに、どうしたんだろう。
「神白くん」
「あー良かった! 追いついて。これ、忘れてたよ」
神白くんの開いた手の上を見ると、大きめサイズのMONO消しゴムが乗っていた。消しゴムケースには、サインペンで『本郷瑠夏』と書いてある。
「あ」
「机に置きっぱなしだったよ」
「ありがとう!」
私はアセアセと消しゴムを受け取り、鞄の中のペンケースに仕舞う。
わざわざこれを届けるために走って追いかけて来てくれたなんて、神白くんはなんて良い人なんだろうと思う。
私がお礼を言って歩を進める前に、神白くんは後頭部に手を当てて、少し言いにくそうに言う。
「あ、あのさ、本郷さん。いきなりなんだけど、この後時間ある、かな?」
「え? ……うん。少しなら」
「ほんと!? じゃあ、少しカフェでお茶でもどうかな!?」
「うん。消しゴム届けてくれたし、私奢るね」
「あ、いや、そういう意味じゃ……でも、良かった! 俺良いとこ知ってるんだ! こっち!」
(これから帰って勉強するつもりだったけど、少しなら良いよね)
そう思って、意気揚々と先導してくれる神白くんに付いていく。
「ほんとだ。美味しい」
「でしょ!?」
神白くんが連れて来てくれたのは、童話に出てくる可愛い木の家のような外観の本格派珈琲店。
外観のお洒落さもだけど、内装もかなり凝っていてセンスが感じられる。
店長直々に淹れてくれたオススメ珈琲をいただいて、私はホッと息をつく。
最近、夜中まで勉強することが多くて、珈琲は生活に欠かせなくなっている。
前は全然飲めなかったのに。
「ここの珈琲、夜中の勉強中に飲むとバチッと目覚めるんだよね」
神白くんはハハッと爽やかに笑う。のぞく前歯は全て真っ白だ。珈琲を毎日飲んでても。
「ほんと? 買って帰ろうかな」
神白くんとの会話は、共通点が多くて楽しい。
今まであまり話したことはなかったけど、仲良く出来るかもしれないと思う。
店長の淹れてくれる珈琲の味は出せないけどね、と神白くんはまた笑って言う。だから、ここの常連になっているのだと。
少しの間、珈琲を飲みながら他愛ない話をする。
「本郷さんは、何で獣医師を目指してるの?」
ふと、聞かれた。
私はシロのエピソードを思い出しながらも、「動物が好きだからだよ」と当たり障りなく答える。最近はいつもそう。
実を言うと、リョウちゃんに関わるエピソードは、私にとって軽いトラウマになっている。
リョウちゃんが去ったあの日以来ずっと――――。
リョウちゃんは、あれから番号を変えて、メッセージアプリのアカウントも消したのか、全く連絡が取れなくなった。
本当に、忽然と姿を消してしまったのだ。
あの三棟三階の団地の部屋は、今もずっと空き部屋になっている。
まさに立つ鳥跡を濁さずというように、リョウちゃんは綺麗に消えた。
ブライツを解体したという噂だけを残して――――。
「そうなんだね」
神白くんは、ニコニコと私の話を聞いてくれる。
「神白くんは? どうして獣医になろうと思ったの?」
何となく同じ質問を返してみる。すると、神白くんの表情がわずかに曇ったような気がした。気のせいかもしれないけど。
「あんまり人に言わないんだけど、本郷さんにはなんか話せそう。長くなるけどいい?」
おどけたようにハハッと笑った顔を見て、やはりさっきのは気のせいかと思う。
神白くんは穏やかでいて、気遣いの出来るタイプだと話してみて分かった。本当に完璧だ。
「俺はさ、実は、最初は獣医になる気なんて微塵もなかったんだ」
優等生っぽい外見から、意外な言葉が出た。
「そうなんだ」
「うん。うちは代々医者の家系でね。父も兄も、叔父も、みんな医者。だから、俺も医者になるんだと思ってた。でもさ、ある日運命に逆らってみたくなっちゃって。陸上選手になって、オリンピックで金メダル取る! って家族の前で宣言したんだ。父は猛反対。ほとんど勘当状態で、一生懸命陸上の練習をした。まあいいとこまでは行ったんだけど、オリンピックで金メダルはさすがに無理だなって。限界を感じてさ。カッコ悪いけど、父に平謝りして何とか許してもらって、そこから獣医学部を目指したんだ。何となく、医学部は嫌だなって。最後の反抗心で。子供だよね。こんなもんだよ。優等生なんてもてはやされてる俺の正体は……って、なんか全部話しちゃったね……恥ずかしいな」
話を聞いた後、私は思う。
(神白くんって、こんなに喋る人だったんだ)
声をかけられた時から思っていた。
教室では、仲間内以外の人とほとんど喋っているところを見たことがないから。
人気があるし、友達とは和気あいあいと話してるのは見たことあるけど、ほとんど初めて話すただの同級生に、こんなに流暢に話す人だったなんて意外、と思ってしまう。
同時に、なんだか可愛いと思えた。
照れながら、アセアセと珈琲を飲む姿が。
「すごいなぁ」
「え?」
思わず口に出してしまった。
「私なんて、
心からそう思う。
神白くんは天才な上に、すごく努力家なんだ。
「え!? い、いや、そんなことないよ! 本郷さんだって、成績トップクラスじゃないか! すごいよ、そんなにび、美人で成績も良いなんて。あと、噂で聞いたけど、バスケも上手いんだって?」
神白くんの言葉を聞いて、少し驚く。
(どこから聞いたんだろう)
「バスケは最近は全然やってないんだけどね。もう大分なまってると思う。中学では全国大会まで行ったよ」
「えっ! すごいじゃないか! 本格的な文武両道だね」
「神白くんが言う?」
思わず可笑しくてアハハッと笑ってしまった。
神白くんは、一瞬ボーッとして、目が合うと顔が真っ赤になった。
(……え?)
「あの、さ、本郷さん。前から思ってたんだけど、」
神白くんが、真っ赤な顔で身を乗り出す。
「お、俺と、友達になってくれないかな!?」
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