第12話
「藤田。道を開けろ」
石島という人が低い声を響かせる。
「えー、面白くないなぁ。その子人質にしてリョウキボコボコにやっちゃえばいいのにー」
藤田の声を無視した石島が、こちらに向かってくる。
「テメェ逆らう気か?」
サヤカさんがそれを見て、私の体を押さえたまま、ナイフを石島の方へ向けた。
「あんたはもっと冷静に大局を見た方がいい。今その女を傷つけるのは悪手でしかねぇ」
「うっせぇんだよ!!
「俺は出て行かん。あんたの暴走を止めるのが俺の役目だと思ってるからな」
石島が落ち着いて返答するのを、リョウちゃんは扉の近くに立ったまま見つめている。
サヤカさんのグループの中で、この石島という人だけはまともそうに見える。
なんで不良になってるんだろうと思ってしまうくらい、しっかりとした考えを持っているように感じる。
それはリョウちゃんにも言えることだけど。
そうか。この人も、境遇から不良になるしかなかった人なのかもしれない。
私は再びリョウちゃんの身の上を思い出す。リョウちゃんだって、お母さんが出て行かなければ、今でも学校に通えていたかもしれないから――――。
ここにいる人たちは、多かれ少なかれ、そういう状況に置かれた人たちの集まりなん
だろう。
そう思うと、サヤカさんのように、他人を恨むようになるのも無理はないのかもしれない。
誰もが、リョウちゃんや石島のように強くなれるとは限らない。
「はぁぁ〜、もうみぃんなブァカばっかり。
藤田がこの状況に飽きたように、倉庫から出て行こうとする。
扉はリョウちゃんたちのグループに塞がれているので、諦めて踵を返し倉庫の奥へと引っ込む。
周りの不良たちもそれに感化されたのか、戦意を失くしたように再び土管や木箱の上に腰を下ろしていく。
「くそっくそっお前ら仲間が酷い目に合っても平気なのかよ! コイツらのせいであたしらが不利益被ってんだろが!」
「一度冷静になれ。がむしゃらに喚いたって、付いてくるやつぁいねぇよ。今この状況でやり合ったらどうなるかを考えな」
そう言いながら、石島は自身に向けられたナイフの柄を、サヤカさんの白い手ごと、大きな手のひらでガシリと掴んだ。
「離せよ!!」
サヤカさんはまだ喚いているけど、石島の力に敵うはずはなく、簡単にナイフを取り上げられてしまう。
「行きな」
石島が私に絡みついているサヤカさんの腕を解いて、私に向かってくいっと首を傾けて言う。
私はへばった腰を何とか浮かせて、不良たちの間を通り、リョウちゃんの元へ走った。
「ルカ。巻き込んでごめん」
リョウちゃんが走り寄った私に言うので、首を横に振った。本当はリョウちゃんの顔を見て安心感で泣きそうだったけど、何とか堪えた。
『助けに来てくれてありがとう』と言いたかったけど、何故か今は言えない。
リョウちゃんは私を庇うように、背中に回す。
――その瞬間、リョウちゃんの背中越しにサヤカさんの恨みがましい目に貫かれて、ふと複雑な感情が胸に渦巻いた。
(対立してるけど、サヤカさんは今もリョウちゃんのことが好き……なのかな)
考え方の違いから別れるしかなくて、それでも好きなんだとしたら、リョウちゃんに守られる私は……嫌なやつに映るよね。
でも――――
リョウちゃんの『巻き込んでごめん』という言葉は、私を部外者と認識してる故だ。
私だって、リョウちゃんに線を引かれてる。
私には、サヤカさんほどリョウちゃんの心の深い部分に近づけない寂しさがある。
リョウちゃんとサヤカさんは、もっともっと、他人が入り込めない深いところで繋がっていて、争い合っている関係なんだ――。
そう思うと、胸がズキンと痛む。
空き缶が散らかったリョウちゃんの部屋を思い出す。
几帳面で綺麗好きなリョウちゃんの……。
それに気付いてしまって、自分の立場を嫌と言うほど思い知って、リョウちゃんの背中の後ろで泣きたくなった。
私は、サヤカさんに恨まれる立場の人間ではないのに――――。
あれこれ考えている間に話がついたみたいで、私はリョウちゃんのグループの人たちと一緒に倉庫を出された。部活のバッグも一緒に取り戻してくれた。
グループの人たちと一人離れたリョウちゃんが近くのバス停まで送ってくれて、何ごともなかったかのように、私は他の乗客と共にちょうど到着したばかりのバスに乗る。
何も知らない乗客たちを見ていると、倉庫での出来事なんてまるでなかったかのようだ。
でも、確かに私の頭と体は恐怖を覚えていて、まだ思うように体が動かない。
どうやら倉庫は駅から少し離れているようで、もしかしたら私が気絶している間に車で運ばれたのかもしれないと思った。
リョウちゃんはグループの人たちの元に戻らないといけないようで、家までは送れないと謝られた。
「ルカ。気をつけてね」
そう言って、リョウちゃんはバスが発車するまで見送ってくれて、手を振ってくれた。
その仕草と表情が、なんだかバイバイと言われているように見えて、悲しくてまた泣きたくなった。
バス停まで送ってくれる時も、リョウちゃんは妙に口数が少なくて、今までよりもさらに線を引かれているように感じた。
無言で少し前を歩くリョウちゃんの背中が、何だか遠く感じて、辛かった。
『お前が困ってる時に何一つ力になってくれなかった、役立たずの』――――
サヤカさんの台詞が、脳にこだまする。
サヤカさんとリョウちゃんの関係に割り込むことはどうやっても不可能に思えて、やっぱりリョウちゃんと私は違う世界の人間だと割り切るしかないのかなと考え始めると、堪えていた涙が溢れて止まらなくなった。
バス停から遠ざかって、リョウちゃんの姿が見えなくなった後、私ははち切れそうになっていた涙腺を解放した。
近くに座っている人に見られていると分かっていたけど、声を堪えるのが精一杯で、私はバスの窓際の座席の上で前のめりになりながら、号泣してしまったのだった。
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