第6話 迷子と獣の足跡



「……それでは手筈通りに。各自気をつけるように」


エドモンドの指示で捜索隊は3つの班に分かれた。父は騎士団を率いて中央ルート

を進み、俺は村の狩人たちと一部の騎士の混成軍で東側を捜索することになった。


先頭を歩くのは村で名高い狩人、アネット。彼女は背中に弓を背負い、身軽な革装備に

身を包んでいる。

外套を着込み表情はよく伺えないが、真っ直ぐな視線の人だ。無駄な動きの一切ない姿は、経験に裏打ちされた自信の表れだろう。


「よろしくお願いします、アネットさん」

俺が声をかけると、彼女はちらりとこちらを見て小さく頷いただけだった。

(……無口な人だな)

戸惑いながらも、俺は彼女に続いて森の中へ足を踏み入れた。


森に入ると、空気が一変した。密集した木々が昼間の光を遮り、視界は薄暗い。足元に

は湿った落ち葉が敷き詰められ、踏みしめるたびに微妙な音が響く。

「坊っちゃま、足元に注意してください」

同行している村人の一人が声をかけてくれた。俺は頷きながら、背後に目をやった。

護衛には2人の騎士が同行している。薄っすらと汚れた鎧を着込んでいる彼らはいかに

もという感じだが、その背後から歩くものは別だ。スクワイアエンジンがのしのしと歩いている。


スクワイアエンジン――全高3メートルほどの小型駆動騎士。機動性が高く、森や山と

いった狭い地形での作戦に適した機体だ。胴体には重厚な装甲が施され、手にはそれぞ

れ大振りの槍と盾を装備している。

(頼もしい限りだよな……しかし、こんな大きなロボットがいないと歩けないってこと

は、それだけ危険な相手がいるってことだよな)

低く響く駆動音が、わずかながら緊張を和らげてくれる。

「迷子になった子供は、森の東側にいるかもしれない」

アネットが低い声で告げる。周囲を警戒する彼女の目には、一瞬の油断もない。彼女の

先導にしたがって、俺達は歩いていく。

なにはともあれ子どもを探さないと。俺はあたりを忙しなく見回しながら、歩いていっ

た。



しばらく進むと、アネットが突然立ち止まった。弓に手をかけ、目を細めて周囲を見回

す。

「どうしたんです?」

俺が尋ねると、彼女は地面を指差した。

そこには大きな爪の痕が残っていた。それに近づくと、顔を近づいて匂いを書いだり指

先でなぞっていた。

「……エーテルがある。奈落の獣の痕跡」

その言葉に、俺は思わず息を呑む。

「成獣のものだな。爪の幅からして……かなりの大物か」

騎士の一人が呟くと、アネットが淡々と説明を始める。

「奴らは気配を消して近づいてくることもある。群れで動く場合もあれば、単独行動す

る場合もある。……このあたりは、すでに奴らのテリトリー」

(こんなに大きいのか、奈落の獣って……)

眼前の爪痕は大きく木の幹をえぐっている。まるで真二つにしてしまいそうなその一撃

で、木は傾いでしまっている。

足元の冷たい感触が、不安をさらに煽る。この森で奈落の獣と遭遇したらどうなるのか

――考えただけで寒気がした。

今回予め山に騎士団も総出で出ることになったのは、この奈落の獣の存在が大きい。

エーテルというのは普通の人には備わっておらず、使える人間も少ない。だがその気配

というやつは感じる事ができる。明らかに普通ではない気配。

それを感じ取っていた村人たちは、このあたりに奈落の獣が移動してきたのではないか

と警戒を強めていたのだ。しかし、広い森の中でどこにいるかまではわからない話だっ

た。今、このときまでは。

そんな顔色の変化に気づいたのか、騎士の一人が告げた。

「坊っちゃま、覚えておいてください。奴らは無差別に襲ってくるわけじゃありません

が、縄張りを荒らしたり、不用意に近づいたりすると……確実に狙われます」

(不用意に、か。俺たちは大丈夫なのか?)

背後を振り返ると、スクワイアエンジンの機体が光を反射しながら動いている。槍と盾

を構える姿は、どこか緊張感を漂わせる。

「……スクワイアがいてくれるだけ、少しは安心だよな」

そう呟きながら、俺は自分の役割を果たすべく、再び歩き出したアネットに続いた。


さらに森の奥へと進む中、小さな足跡を見つけた。

「これは……子供の足跡か?」

俺の呟きに、アネットが跪き、慎重に跡を観察する。

「……小さいし、力のかかり方が不安定だ。転びながら走ったか……あるいは、怯えな

がら逃げたか」

彼女の分析に、護衛の騎士たちも緊張を強めた。

「近くにいる可能性が高いですね!」

村人の一人が声を上げたが、アネットは手を挙げてすぐに静かにするよう促す。

「……待って。子供の足跡の横に別の痕跡がある」

彼女が指差した先には、巨大な爪の痕が残っていた。鋭く深い溝が地面を削り取ってお

り、先ほどのものよりも新しい。

「これは……近い」

アネットの顔が険しくなり、その場にいる全員の表情が引き締まる。

「まずいな。この状況じゃ、子供が見つかってもすぐに安全とは言えない」

護衛の騎士が剣の柄に手をかけながら低く呟く。

村人の一人にこの事を伝えるように走らせる。この人数でも危険なのだ。騎士の一人は

引きつった笑みを浮かべる。

「坊っちゃま、何かあれば必ず後ろに下がってください。護衛の責任は私たちが負いま

す」

彼も怖いのだろう。それが分かってホッとしてしまう。俺は頷きながら心の中に沸き上

がる不安を押し込める。

現状、下手に単独行動をとるよりかは皆と一緒にいたほうが安全だ。

(子供が無事だとしても、奈落の獣が近くにいる状況じゃ、帰るだけでも命がけだな…

…)


獣の気配――迫る脅威

足跡を追いながらさらに奥へ進むと、森の雰囲気が一変した。

木々の間から差し込む光がほとんど消え、周囲は不気味なほど静まり返る。鳥のさえず

りも、虫の鳴き声すらも聞こえない。

「……まずい。静かすぎる」

アネットが低く呟き、弓に手をかける。

「……全員、気をつけて」

その言葉に護衛の騎士たちは剣を抜き、スクワイアエンジンも構えを取った。機体の駆

動音がわずかに響き、その存在感が頼もしく感じられる。

その時だった。

低い唸り声が遠くから聞こえてきた。それは地響きのように低く、徐々に近づいてくる

のがわかる。

「近い……」

アネットが身構え、視線を鋭く森の奥に向ける。

「奈落の獣だ」

その言葉が告げられた瞬間、全員の緊張が最高潮に達した。

スクワイアの操縦者がコックピットで指示を待つ。

「準備はいいか?」

護衛の騎士が確認の声を上げると、スクワイアの槍がスムーズに動き、盾が森の奥を正

面に据えた。

「来るぞ……」

俺は震える手を握りしめ、必死で心を落ち着けながら森の奥を見据えた。

(頼むから、なんとか乗り越えられる状況であってくれ……)

そうして、そいつは姿を表した。

戦いが始まる。



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