第5話 貴族と領主の役割
庭の奥から、金属がぶつかり合う硬質な音が響いてくる。騎士たちが訓練している音だ。興味に駆られた俺は、音のする方へと足を向けた。
庭を抜けると現れるのは、広大な訓練場。砂地の広場を囲むように設置された武器架に
は、様々な剣や槍、防具が整然と並べられている。その中央では、複数の騎士たちが模
擬戦を繰り広げていた。
「もっと踏み込みを強くしろ! 敵に隙を見せるな!」
父エドモンドの鋭い声が響き渡る。青いマントを羽織った彼は、厳しい眼差しで訓練場
を見渡している。騎士たちはその言葉に従い、全身全霊で模擬戦に挑んでいた。
俺が近づくと、父はちらりとこちらを見た。
「ディルか。成人を迎えたというのに、どうもまだ気が抜けていないようだな」
「……周りが気を張ってるから、疲れてるんだよ」
今日も朝の訓練、フィオナからの座学とだいぶ絞られてからの散歩だった。もう1週間
ぶっ続けである。以前の教師なら教師も休むのだが……フィオナは休まないし、休みが
必要だと思っていない節がある。
俺がおとなになったら何とか労働基準法とかそういうのを作らないといけないのかもし
れない。嫌な異世界転生だな。
適当に答えながら、俺は訓練場の端に目をやった。そこには、3メートルほどのスクワ
イアエンジンが数機立っている。その筋肉を思わせる鋼鉄の装甲が太陽の下で鈍く光り
、静かに駆動音を響かせていた。
一機が動き出す。操縦席に座る騎士が見事な操作で機体を操り、槍を木製の標的に突き
刺していく。その動きは流れるように滑らかだった。
「スクワイアは便利だよな。これだけ力が強いなら、どんな相手でも押し返せそうだ」
俺の言葉に、父は厳しい声で応じた。
「力を引き出すのは操縦者だ。スクワイアを動かすだけの技術や心構えがなければ、た
だの鉄の塊にすぎん」
その言葉には重みがあり、俺は自然と頷いてしまった。
訓練場の端にいる一団が俺をじっと見ていることに気づいた。その視線は興味深そうな
ものから、値踏みするようなものまで様々だ。
「ディル坊ちゃん、剣術の腕はどうだい?」
声をかけてきたのはガストンだ。父の代から仕える古参の騎士で、厳つい顔つきながら、どこか親しみやすい雰囲気がある。
「まだまだだよ。姉さん相手じゃボコボコにされた」
俺が肩をすくめると、ガストンは豪快に笑った。
「フィオナ様には誰だって勝てやしねえさ。でも坊ちゃん、成人したからにはもっと気
合を入れなきゃな!」
「分かってるよ。……でも、なかなかうまくいかなくてさ」
俺が正直に答えると、ガストンだけでなく周囲の騎士たちも微笑んだ。
「実際エーテルを通して騎士を使うって、どういう感覚なの?」
「といっても、まだ坊っちゃんもエーテルを開いていないんだろ。」
「剣を振るうよりはお行儀よく座る方が得意なんだよ。いいだろ、教えてくれたって」
そういうと他の騎士たちも笑う。ガストンは勿体ぶって続ける。
「まあそう焦るもんじゃあない。体内のエーテルってやつに穴を明けないと結局外には
出せない。だがそう簡単に身体に穴を空けていいもんじゃない。分かるだろう」
そう。この世界にある不思議パワー、魔力、もといエーテルというのはどうも一定の年
齢を迎えたりしないと使えないようなのだ。だからナイト・ランナーには俺はなれない
。
「そう焦るなよ。坊ちゃん、そのうちスクワイアの模擬戦にも参加してみな。座り方は
、その時に教えてやるさ」
焦りがある俺をよそに、そんな冗談を言うと大人たちは皆どっと笑うのだった。
「いや、その前に……騎士達の動かし方も、まずは見せてやってくれ」
いつの間にか団長と話し込んでいた父が戻ってきてそういった。「明日は屋敷の外に出
るぞ」
朝早く、屋敷の中庭には馬車が待機していた。父は黒いマントを翻し、既に準備を整え
ている。
「ディル、今日の巡回では私の仕事をよく見て学ぶんだ。お前が成人した今、領主の務
めを理解することは避けられない課題だ」
「わかりました、父さん」
胸に少しの不安を抱きながらも、俺は馬車に乗り込んだ。
馬車の中では、父と代官のガイゼルが領地運営について話し合っていた。ガイゼルは村
の状況を詳細に把握しており、村人たちの声を代弁する存在だ。
といってもガイゼルが殆ど話しっぱなしで、父は要所を確認したり頷いたりするぐらい
だが。そんな様子を見ていたのに気づいたのか、父は言った。
「村の管理はガイゼルが中心となって行っているが、最終的な責任は私にある。領主と
いうものの役割をきちんと感じるんだぞ」
父の言葉には、全てを引き受けるという覚悟が滲んでいた。
馬車が村の広場に停まると、父が静かに馬車から降り立った。その後ろに続いて俺とガ
イゼルも地面に足を下ろす。広場には村長グローヴェルをはじめ、村の代表者たちが待
ち構えていた。
「エドモンド様、ようこそお越しくださいました!」
グローヴェルは小柄で丸みを帯びた体型だが、刻まれた皺と太い指は長年村を支えてき
た証のようだ。
「村の収穫は順調だったようだな」
父の低い声が広場に響くと、村長は深々と頭を下げた。
「はい。おかげさまで今年も無事に冬を越せる量を確保できそうです。ただし、冬の間
に森から獣が降りてこないかが心配でして……」
その言葉に、護衛の騎士たちが互いに目配せをする。
「それについてはガイゼルに詳細な報告を上げさせる。警戒を怠らないように」
父が毅然とした言葉を発すると、グローヴェルは再び深く頭を下げた。
父と村長が話し込んでいる間、俺は広場を離れて村の奥へ足を向けた。細い道を進むと
、村人たちの日常が目に入ってくる。
簡素な木造の家々が並び、屋根はわらで覆われている。庭先では女性たちが収穫した野
菜を仕分けていたり、薪を割る男性がその傍らで作業をしていたりする。子供たちが手
伝いながら笑い声を上げているのを見て、自然と胸が温かくなる。
「お兄ちゃん、領主様の息子なんだって!」
突然背後から声をかけられた。振り向くと、10歳くらいの少年たちが俺を興味深そうに
見つめていた。
「そうだけど……何か用か?」
俺がそう言うと、一人の少年が恐る恐る口を開いた。
「剣術って、やっぱりすごいの?」
「まあ、それなりにはな。まだ姉さんには勝てないけど」
そう答えると、少年たちの目が輝き始めた。
「じゃあ、ナイトも動かせるんだよね? すげえなぁ!」
「ナイトエンジンか……まだ訓練中だけど、いずれ動かせるようになるよ」
少年たちは「やっぱりすげえ!」と歓声を上げ、一目散に走り去った。その姿を見送り
ながら、俺は少しだけ誇らしい気分になった。
村の端へ足を運ぶと、一機のスクワイアエンジンが立っていた。その黒鉄の装甲が冬の
日差しを反射し、不気味なほど静かだ。
「村の警備にはスクワイアエンジンを一機配備しています」
ガイゼルが隣に立ちながら説明を続けた。
「領地全体をカバーするには数が足りませんが、ここに配備されていることで、村人た
ちも安心しています」
村人たちが遠巻きに機体を見つめている。そこには畏敬と恐れが入り混じった感情が浮
かんでいた。
「これを動かすのって、やっぱり大変なのか?」
「ええ。操縦には高度な訓練が必要です。スクワイアエンジンは機動力に優れています
が、その分、騎士の判断力が重要になりますから」
父もこちらに近づきながら言葉を添える。
「まだお前には荷が重いが、いずれはこうした機体を操る立場になる。領地の未来を守
るためには必要な力だ」
その言葉に、俺はスクワイアエンジンの赤いモノアイを見上げた。
(俺にも、いつかこれを操る時が来るのだろうか……)
父と村長が話を終える頃、若い男性が慌てた様子で広場に駆け込んできた。
「村長! 子供が……山の方で迷子になったらしいんです!」
その言葉に、場の空気が一変した。父も村長も険しい表情を見せる。
「いつから行方がわからない?」
「昼前に山に入ったきり、まだ戻ってきません! 家族が探しましたが手がかりがなくて……」
父は素早くガイゼルと護衛の騎士たちに指示を出した。
「ガイゼル、詳細を確認しろ。捜索隊を編成し、周囲の状況を探れ」
「了解しました」
護衛の一人がスクワイアエンジンに搭乗し、駆動音を響かせながら山の方向へ進んでいく。
「ディル、お前も来い。現場で何が起きているのか、自分の目で見て学べ」
俺はその言葉に力強く頷き、捜索隊に加わることになった。
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