第4話 騎士の役割


屋敷の庭を歩くと、冷たい風が頬を撫でた。冬の気配が漂い、空気には乾いた清々しさ

があった。広い庭のあちこちには、枯れ葉を集める庭師や冬を越す準備を進める使用人

たちの姿が見える。

その中で、俺は一人、木々の間をゆっくりと歩いていた。

(こうして一人で考え事をする時間も悪くないな)

成人を迎えたばかりの身として、騎士や領主の責務についての思索にふけるのは当たり

前の話だ。いや、もっと前から考えて入るが……これからのことを考えると、自分に何

ができるのかを整理しておきたいという気持ちが強かった。

そんな俺の後ろから、柔らかな声がかかる。

「坊っちゃま、またお散歩ですか?」

振り返ると、そこにはメイドのリナが立っていた。彼女は今は庭仕事をしていたようで

、手には摘み取った花や草が入ったバスケットを抱えている。

「ああ、少し頭を整理したくてね」

俺が答えると、彼女は小さく微笑んだ。その笑顔は素朴で親しみやすい。彼女の穏やか

な物腰には、雇用関係ともちょっと違った温かさがあり、俺にとっても気軽に話せる存

在だ。最近ふとした瞬間に、彼女を異性として意識してしまう自分がいて、どうにも落

ち着かない気持ちもある。転生してからそういう性欲はとんとなくなっていたのだが、

思春期に入るせいだろうか。

「ご一緒してもよろしいですか?」

リナがそう尋ねると、俺は軽く頷いた。

「ああ、いいよ。むしろ話相手がいてくれると助かる」

彼女はバスケットを脇に置き、並んで歩き始めた。その歩調は俺と自然に揃い、周囲の

静けさに溶け込むようだった。

「坊っちゃま、最近は領地の話をよくなさいますね。何か理由が?」

リナが不意に問いかけてきた。その声には、親しい間柄だからこそ口にできる軽やかさ

と、俺を気遣う優しさが含まれている。

昨日の食堂でもそうだったが、最近になってあれこれ皆に話しかける量を増やしている

。まあ「成人になったので」とかこつければ色々とこれまで聞きづらかった話も踏み込

んで聞きやすくなる、という打算もあるのだが。

「成人したし、少しは領主の息子らしく振る舞わなきゃと思ってさ」

俺が肩をすくめながら答えると、彼女はクスッと笑った。

「坊っちゃまは、もう十分立派ですよ。でも、ラヴァーナ領のことをもっと知りたいと

思われるなら、私たちでお手伝いできることがあればおっしゃってくださいね」

俺たちの領地――ラヴァーナは王国北部に広がる森林地帯だ。広大な森が大部分を占め

ており、村々はその森の中や周辺に点在している。この森はただの木々の集まりではな

い。特産品である木材や薬草、希少な動植物が採れる重要な資源だ。

(ラヴァーナは自然の恩恵を受けているが、その分、開発が難しい場所でもある。だか

ら農業の規模も限られているんだよな)

広い領地を守るには、それ相応の労力と知識が必要だ。それを俺の家――レイブンシュ

ラウド家は代々果たしてきた。

庭の小道を歩きながら、リナが続けた。

「領民の方々は、冬の準備で忙しいみたいです。最近も、北の村から保存食作りを手伝

ってほしいというお願いが来ていました」

彼女の言葉を聞きながら、俺は頭の中で領民たちの日常を思い描いた。

ラヴァーナ領の平民たちは、主に農業や林業で生計を立てている。主食は大麦やライ麦

を使ったパンで、干し肉や乾燥野菜を使ったスープが日常的な食事だ。保存が効く食材

は冬を越すために欠かせない。

(食生活は質素だが、なんとか暮らしていけているのは父さんのおかげだろうな)

レイブンシュラウド家は税率を低く抑え、領民の負担を減らしている。そのおかげで、

彼らは余剰を蓄え、冬にも備えることができるのだ。

前世ではあまり見なかったまともな政治ごとをしている大人というやつが父親で、ほん

と良かったなと思う。悪徳領主とかだったら、こんなにのんびりとした暮らしは楽しめ

ないだろう。

「領民の皆さんは、お父様やお坊ちゃまを信頼しておられますよ。『レイブンシュラウ

ド家がいる限り、この地は守られる』って、よく聞きます」

リナの言葉に、少しだけ胸が熱くなった。ありがたい言葉だが、同時にそれは俺にも向

けられているのが分かったからだ。

(信頼されるのはありがたいけど、それだけ責任も重いな)

騎士として皆を守るのが努めだが、守るにしたってただ外敵から守ればいいってもんじ

ゃない。王国との関係も重要だ。

税率を抑えられているのだって、今年は豊作できちんと王国に収める必要量の作物が取

れており、またこの地域を守りつつ周辺にも目を光らせているからだ。成すべきことを

して、それが認められているから今の在り方が認められている。

俺はふと、平民にとって「騎士」という存在がどう映っているのかを考えた。

この国では、騎士は単なる戦士ではない。領主の下で領地を守り、時には農民を導く存

在だ。そして、駆動騎士を操る家門の騎士は、さらに特別な意味を持つ。

俺はふと、平民にとって「騎士」という存在がどう映っているのかを考えた。この国で

は、騎士は単なる戦士ではない。領主の下で領地を守り、時には農民を導く存在だ。そ

して、駆動騎士――ナイトエンジンやスクワイアエンジンを操る家門の騎士は、さらに

特別な意味を持つ。

「リナ、騎士って領民にとってどんな存在だと思う?」

俺が尋ねると、リナは少し考えた後、言葉を選ぶようにして答えた。

「そうですね……騎士様は『頼れる守護者』だと思います。特に駆動騎士を操る家門の

方々は、領地全体を守る盾のような存在ですから」

盾か……それはまさに、レイブンシュラウド家にふさわしい表現だろう。我が家は常に

防衛の最前線に立つことで領地を支えてきた。歴史を勉強しても、様々な大戦と言われ

る歴史にはレイヴンシュラウドの名が出てくる。

(そのうち俺の名前が、ディルムッド・オーディン・レイヴンシュラウドの名が刻まれ

る事が……ないと良いんだけれどなあ)

そんな事をついつい思うのだったが、ついでに

「そういえば、スクワイアエンジンについてはどう思う?」

俺が問いかけると、リナは少し驚いたように首を振った。

「そうですね、もちろん見たことはありますが、駆動騎士様は私たちには遠い存在です

から……どんなものなんでしょう?」

スクワイアエンジン――それはナイトエンジンの補助機として設計された、小型の駆動

騎士だ。全高約4メートルで、人間とナイトエンジンの中間に位置する存在とも言える。農作業や運搬といった実用的な面でも活躍する一方、戦場では隊列を組む重要な役割を担う。

「どういうもの、という意味では小型だけど、かなり強い機体だよ。でも、あれもまた

、使う人間次第なんだよな」

そう呟きながら、俺はスクワイアエンジンの操縦訓練で苦戦している自分を思い出した。

(まだうまく動かせないのは、俺の未熟さのせいかもしれない。でも、いつかはあれを

思い通りに操縦してみせる)

「そうですね……騎士様は『頼れる守護者』だと思います。特に駆動騎士を操る家門の方々は、領地全体を守る盾のような存在ですから」

庭の一角に立ち止まり、俺は目の前に広がる花壇を眺めた。リナが摘んだ花々が美しく

咲き誇っている。

「坊っちゃまは、本当に領地のことをよく考えていらっしゃいますね」

リナがふと呟いた。彼女の声には、不思議な温かさがあった。

「……当たり前だよ。この家に生まれた以上、俺にも責任がある。皆を守る責任が」

そう答えると、リナは少し驚いたように目を丸くした後、ふんわりと笑った。その笑顔

に、一瞬だけ心が揺れる。

(こんなに近くで見つめられると、さすがに緊張するな……)

「坊っちゃまなら、きっと立派な騎士になれますよ。私も……信じてます」

その言葉がどこか熱っぽく、そしてプレッシャーのようにも聞こえた。俺はその期待に応えたいと思いつつ、

「う、うん」

前世から女の子に慣れないまま過ごしてきたウン十年の男らしく、冴えない答えを返すのだった。ほんと俺というやつはもう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る