第3話 盾となる家門
さてさて成人となってから数日後。というかぶっちゃけ訓練と勉強した翌日。
食堂の大きな窓から暖かな陽光が差し込む。昼食の時間だというのに、この広々とした
部屋には俺一人だけ。豪奢な装飾が施されたテーブルには、今日の食事が整然と並べられている。
スープの湯気が立ち上り、焼きたてのパンからは芳ばしい香りが漂う。チーズは切り分
けられ、グリルされた鳥肉はこんがりと焼き目がついて食欲をそそる。
前世からすると調味料や食事のレパートリーは少ない。だが人の手できちんと調理され
ていて食材もみずみずしくて。こんな食事が日常だなんて、前世の俺からすると信じられない。
「坊っちゃま、こちらのスープはいかがでしょう?」
メイドのリナが、慎重にトレーを運びながら俺の隣に立つ。彼女は茶色の髪を後ろで束
ねた、柔らかい雰囲気の女性だ。俺より少し年上だが、小さい頃から身の回りの世話を
焼いてくれていた。この屋敷で顔を合わせる機会も多く、俺にとっては家族とは違う意
味で安心感を与えてくれる存在だった。
「ああ、ありがとう。今日も美味しそうだね」
俺が軽く笑顔を向けると、リナは柔らかな笑みを返し、スープを静かにテーブルに置い
た。
「お坊ちゃま、午後はどのようにお過ごしになる予定ですか?」
続けて声をかけてきたのは家令のガレオンだ。彼は貴族に仕える者として完璧な立ち振
る舞いを身につけており、きっちりと整えられた制服姿も彼の厳格さを際立たせている
。この家の裏方を一手に支える頼れる存在だ。リナも背筋をのばした。
「午後は……多分、勉強の続きかな。姉さんに言われた本がまだ終わってなくてさ」
「それはよろしゅうございます。若き騎士にとって、知識を深めることは何より大切な
ことですから」
ガレオンの言葉は穏やかだが、俺は少し苦笑いを浮かべた。
(多分ここのところ詰め込んでるのを見てるから、反発しないか心配なんだろうな)
そんな事を内心で思う通算年齢3?歳。もう少し子供らしく振る舞ったほうがいいのだ
ろうかな、なんて嫌なガキみたいなことを考える。
昼食を進めながら、頭の中には昨日学んだ「王国の歴史」が浮かんでいた。
アストリア王国が建国されたのは、約千年前のこと。
それまでの時代は、「ヴァルスト災厄」と呼ばれる大異変に見舞われていたという。
(大異変……地球の歴史には見かけなかったイベントだよな)
パッと思いつく地殻変動や飢饉や疫病、といったものとは全く異なる。
ヴァルスト災厄。それは突如として現れた巨大な異形の生物、「奈落の獣(アビサル・
ビースト)」によるもので、大地を蹂躙され、多くの文明が破壊されたとされる。
奈落の獣――前世の俺にとっては、まるで映画やゲームの中の存在のようだ。だが、こ
の世界では現実に存在し、人々を脅かす恐怖そのものだ。
(前世で学んだ古代文明の衰退期……それに似ている気がするな)
ふと思い返したのは、地球の過去にあったとされる「文明の断絶」の話だ。何らかの大
災害や戦争が原因で、高度な文明が失われ、技術が途絶える。それに似た現象がこの世
界でも起きたのかもしれない。
いやそれも胡散臭い雑誌だとか本での話なので、眉唾物だが。
ただ、そのあたりを踏まえて「古き技術(オールド・テクノロジー)」――その断片が
駆動騎士として残された、と考えると辻褄が合う。
「駆動騎士は単なる兵器ではなく、『選ばれし者』が『誓い』を立て、その魂を注ぎ込
むことで真価を発揮する戦闘機械だった」
勉強で読んだその一文を思い出しながら、俺はスープを一口飲む。
騎士たちは駆動騎士を操り、奈落の獣と戦い続けた。結果として人類は滅亡を免れ、新
たな秩序を築くことができた。そして、それが現在のアストリア王国という形にまとまったのだ。
だが、駆動騎士はただの戦闘兵器ではない。それは王国の象徴であり、今や神聖な存在
として扱われている。
(とはいえ、ロボットが神聖視されるって、やっぱり違和感があるよな)
俺はパンをちぎりながら考える。地球の感覚では、どれだけ強力な兵器であっても、そ
れを崇めることはない。兵器はあくまで道具でしかない。だが、この世界の人々は違う。
理由は明白だ。駆動騎士が人類を滅亡の危機から救ったという実績が、彼らにとって特
別な意味を持っているのだろう。さらに、それを操縦する「選ばれし者」である騎士が
、機体に誓いを立て、その魂を共鳴させることで力を引き出す――それが、人と機械の
融合という神秘的な要素を生み出している。
「坊っちゃま、お飲み物をお持ちしました」
ふとリナが声をかけてきた。彼女はティーカップをそっとテーブルに置き、微笑む。そ
の優しい表情に少し安心する一方で、俺の頭の中では先ほどの疑問がぐるぐると回って
いた。
(これほどの力を持つ駆動騎士が、もし悪用されるとしたら……想像しただけでも恐ろ
しいな)
漆黒の翼の巨大な姿が、俺の脳裏に再び浮かぶ。その力は、王国にとっての「盾」とし
ての役割を果たす一方で、ひとたびその使い方を誤れば「剣」として他者を脅かす存在
にもなりうるのだろう。
俺の家――レイブンシュラウド家も、この駆動騎士(ナイト・エンジン)と共に歴史を
刻んできた。
建国時から存在する「八大騎士家」の一つとして、その名を王国に知らしめてきたのが
レイブンシュラウド家だ。特に、この家門が誇る黒い駆動騎士――「漆黒の翼」は、そ
の重厚な装甲と圧倒的な防御力で知られている。
戦場では常に最前線に立ち、盾として味方を守る存在。それが漆黒の翼の役割だ。無数
の刃や矢が降り注ぐ中、味方を背にして屹立するその姿は、多くの騎士たちにとって象
徴的な光景だったという。
家のモットーは「翼広げ、闇を切り裂け」。どんな暗闇の中でも希望をもたらす導き手
――それがレイブンシュラウド家に与えられた使命だった。
(まさに「盾」の家門ってわけだ)
だが、この家も一枚岩ではなかった。
300年前――「分裂戦争」と呼ばれる内乱が王国を揺るがした時、レイブンシュラウド家は重大な過ちを犯した。
「裏切り」。それは家の一部の者たちが、王国から離反したことを指す。その結果、家門に代々受け継がれてきた駆動騎士の一機が失われ、家そのものの信頼が揺らぐ事態を
招いた。
王国からの監視が厳しくなり、レイブンシュラウド家はかつての栄光を失った。そして
今なお、「再興」という名の重い課題を背負わされているのだ。
父も、姉も、そして俺も――この家に生まれたからには、その責務から逃れることはできない。
(盾としての役割を果たすことが、俺たちの宿命ってわけか)
俺は心の中でそう呟いた。だが、それと同時に、見えない重圧が肩にのしかかってくるのを感じる。
スープの最後の一口を飲み干しながら、俺は窓の外を眺めた。
庭の端では妹のエミリアが他のメイドたちと共に花壇を整えている。彼女たちが柔らか
な笑顔で楽しそうに話しながら作業を進める姿は、この家に流れる平和そのものを象徴
しているようだった。
だが、その平和を守る役割が、自分に託されていることを考えると、胸の奥に複雑な感
情が湧いてくる。
(本当に、この家の責務を俺が背負えるのか……?)
転生してきたばかりの頃は、この世界での生活がどこか冒険物語のように思えた。けれ
ど、現実は決して甘くない。特に、この家の背負う責務は、あまりに重すぎる。
「選ばれし者」――そんな大層な存在に、俺がなれるのだろうか。
(でも……この世界に転生した以上、何か理由があるはずだよな)
視線を庭から遠くへ移すと、鬱蒼と茂る森が目に入った。あの森の向こうには奈落の獣
が潜んでいる。危険で恐ろしい存在だが、その先に広がる未知の世界も確かにこの世界
と地続きなのだ。
(俺が背負う責務。それはこの家の盾となること、そして……)
色々と難しいフレーズが浮かんでは消えていく。結局あれこれ考えはするのだが、しか
しのんびりした陽気についあくびが浮かんでしまう。
(……まあいいか。徐々にやっていこう。のんびりとね)
そんな事を思いながら、今しばらく穏やかな午後を楽しむのだった。
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