【 試 験 】 「貴方の適性を確認させて頂きます」

中村 青

「今から試験を受けて頂きます」

 ハッと目を覚ました瞬間、飛び込んできたのは見慣れない真っ白な天井と壁だった。あるのは僕が横たわったベッドのみの狭い部屋。


 そう、そこには本来有るべき窓も扉も見当たらない、不気味で特殊な作りの部屋だった。


『やっとお目覚めになりましたか。早速ですが、これから貴方に試験を受けて頂きたいと思います』


 直接、頭の中に響くような声。身体を起こしてみると、すぐ近くのスピーカーから声が聞こえていたことが分かった。


「あの、申し訳ないですが、僕は何故ここにいるのでしょうか? それに試験って?」


『それは試験が終わってからお話し致します。ちなみに今回の試験は、をした方に受けて頂いております。つまり、貴方は⬛︎⬛︎⬛︎ガ——⬛︎⬛︎⬛︎ガ——をされた方ということになります。ですが、ご安心ください。とても簡単な問題なので、何も心配することはございません』


 肝心なところでノイズが入って、大事な部分が聞き取れなかった。だが、スピーカーの声主も問題ないと言っているから大丈夫だろう。僕は了承し、静かに出題を待った。


『それでは問題です。貴方の目の前に一人の老人がいます。大きな荷物を抱えて困っているようです。貴方はどう致しますか?』


 困った老人がいる……?


「もちろん助けてあげます」


『了解致しました。では、それが深夜でもでしょうか? 貴方は友人とお酒をたしなみ、気分良く帰宅していた途中です。目の前に困っている老人がいた時、貴方はどう致しますか?』


「そりゃ、助けますよ! どんな時でも困っている人を助けるのが普通でしょう?」


 しばらくの沈黙の後——……再びスピーカーから声が聞こえ出した。


『それでは質問を変えます。もし困っているのが老人でなく、若い女性なら? 貴方はどう致しますか?』


「わ、若い女性……?」


 僕は段々と、普通ではないシチュエーションに恐怖を覚え出した。

 しかし、この秘密は誰も知らないはずだ。

 だって、起こした僕ですら本当なのか夢だったのか曖昧で、証拠も何もないのだから。だから、だから——……


『愉しいお酒を浴びるように飲み、記憶が曖昧になるほど泥酔した貴方の前に、美しくて若い女性が困ってうずくまっていたら、どう致しますか? さぁ、お答え下さい』


「た、助けます! もちろん助けるに決まっているじゃないですか!」

『嘘を吐くな! テメェは助けるんじゃなくて、快楽をぶつけだけだろうがッ! 散々女の身体をもてあそんだ挙句、首を絞めて殺したのを知っているんだからな‼︎』


 暴言と共にベッドの裏を蹴られ、僕は酷くすくみ上がった。

 何だ、何が起きた! 僕以外に誰もいないはずなのに、嘘だろう? この声はスピーカーから流れていたのではないのか⁉︎


 慌てて身体を起こして、下を覗き込もうとした時だった。

 逃しやしまいと、瞬時に手首を掴んできた手。その後にゆっくりと姿を見せてきたのは、ドロドロと顔の皮膚がただれた妖怪のような人間だった。


 目蓋を削がれて剥き出しになった目が、憎しみを込めて僕を射抜くように睨んできた。


「助ける? あぁ、貴様が答えたように助けてくれりゃー、こんなことは起きなかっただろうな。あの事件の後も何事もなかったかのように過ごしていたお前にとって、石で躓くよりも大したことではなかったのだろう。だが、自分は到底許すことなどできない。貴様を何十回、何百回と苦しめてから殺して——……そして、自分も死ぬ」


「ひ……ッ! ま、待って! 僕だって最初は助けようと思ったんだ! けど!」

「言い訳は不要だ! まずは貴様の足の腱を削ぎ落として、逃げないようにしてやろうか?」

「嫌だ、嫌だァ! 嫌だああああァ——ッ‼︎」



 ——それからの記憶は酷いものだった。


 今思えば……あの女性を見かけた時から、試験は始まっていたのだろう。人間は日々、試されながら生きているんだ。


 そして僕のように答えを間違えた人間に待っているのは、きっと救いようもない地獄。




   【 完 】


「人を呪わばあな二つ。皆様も、くれぐれも選択を誤らぬように……」

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【 試 験 】 「貴方の適性を確認させて頂きます」 中村 青 @nakamu-1224

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