新生活の幕開け

森を抜け、セレナはフィリアに手を引かれながら歩いていた。


この状況を整理しようとしても、どこからツッコめばいいのか分からない。


(助けてもらったのは本当にありがたいけど、この人……初対面で守る守る言いすぎじゃない? どれだけ全力なの!?)


フィリアはさっきから片手をずっとセレナの手に絡め、何か満足そうに微笑んでいる。その表情に負けて、セレナもなんとなく黙っていた。


「ここで少し休もう」


森を抜けたところにある川辺で、フィリアがそう提案した。


(やっと休める……)


セレナは胸をなで下ろし、地面に座り込む。


「待っていてくれ。すぐに君のための昼食を用意する!」


そう言うや否や、フィリアは素早く鎧を脱ぎ、周囲に目を走らせた。


「えっ、用意って、どうするんですか?この辺何もないですよね……」


セレナがそう尋ねると、フィリアは自信満々に答えた。


「そこの川で魚を獲ろう」


「え、川に飛び込むんですか!? そこら辺に果物とかないですか!?」


「果物では栄養が足りない。君のような華奢な身体には、肉が必要だ!!」


「え……本当に飛び込むんですか!?」


セレナが慌てて止めようとする間もなく、フィリアは水辺に向かい、腰に下げた短剣を抜いた。


「すぐ戻る!!」


そう言うと、川の中に思い切り飛び込んだ。


「えっちょっと、フィリアさん!? 待って!? マジで!?」


水しぶきを上げながら魚影を追うフィリア。その必死さに、セレナは思わず頭を抱えた。


「君に最高の昼食を……ごぼっ……提供するために……ごぼっ……これくらい当然のことだ! ぶふっ、ごぼっ」


バタフライしながら喋りかけてくるフィリアに、セレナはさらに頭を抱えるばかりだった。


(異世界の人ってみんなこんな感じなの!?)





なんとかフィリアを川から引き上げたセレナだったが、フィリアの執念は止まらない。


「私は何があっても君に食事を……!」


「もういいですから! お腹空いてないんで、ホントに!」


「ああ、それはいけない! 君が健全に成長できるためにも食べるこは大事なんだ!!」


「いや私の話を聞いてください! ただお腹が空いていないだけですから!」


そんな押し問答を続ける中、ふと川辺の草むらから小動物らしき何かが顔を出した。


「きゅん!」と鳴いたそれを見て、フィリアと押し問答していたセレナはほっとした。


「ああ、可愛い! こういうのなら癒されますよね!」


だが、その言葉を聞いた瞬間、フィリアの表情が固まる。


「……なるほど、君が気に入ったのか」


フィリアは不穏な顔でその小動物をじっと見つめた後、一気に剣を構え──。


「ちょっと待て! 何してんの!? 絶対今の流れで剣いらないでしょ!」


「だが、君を狙う危険性がゼロではない」


「いやいやいやどこの世界の小動物が襲いかかるんですか!? 命の危険とかゼロですから!」


小動物はセレナの叫びを理解したのか、フィリアの視線に恐れをなして森の奥に逃げていった。


「ふう、危険因子が消えたな」


「危険じゃなかったから逃げたんですよ!? むしろこっちが悪者じゃん!」


セレナは頭を抱えた。こんな過保護な姫騎士がそばにいる生活、大丈夫なんだろうか。





川辺での珍事件を経て、ようやくフィリアの屋敷に到着したセレナ。


フィリアの屋敷は町の中に堂々と建っていた。


セレナが見上げても端が見えないほど大きく、美しく輝いていた。壁は白く磨き上げられ、門の両脇には見たこともないような彫刻のついた柱が立ち並んでいる。


「いやいやいや……これ、どう見てもお城じゃん!」


セレナは呆然と口を開けたまま、目の前の光景を見上げた。


「お城ではない。私の屋敷だ。さぁ、遠慮することはない、入るぞ」


「いやいやいや、ちょっと待って! 入るだけでもすごい緊張するんですけど!? 私、こんな豪華な場所に馴染めるわけないんですけど!」


「君にはこの屋敷では足りないぐらいだよ」


セレナの困惑をよそに、フィリアは手を引いて門をくぐった。


屋敷の中に足を踏み入れた瞬間、セレナはさらに目を見開いた。


床はピカピカの大理石、壁には豪華な絵画や装飾品が所狭しと飾られている。そして、天井からはこれでもかとばかりに輝く巨大なシャンデリアが吊るされていた。


(いや……ここ絶対テレビとかで見る高級ホテルよりも豪華なんですけど!?)


セレナがパニックになっていると、奥の扉から数人の使用人らしき人々がやってきた。


黒い燕尾服を着た男性やメイド服を纏った女性たちは、一斉にフィリアに頭を下げた。


「おかえりなさいませ、フィリア様。それと……お客様ですか?」


「うむ。彼女はセレナだ。今後、ここで共に過ごすことになる。」


「えっ、共に!? 今、なんか重大な事をさらっと言いませんでした!?」


セレナは目を丸くするが、メイドは淡々と微笑んで頭を下げた。


「それは良いことでございますね。すぐに客間の準備をさせていただきます」


「客間じゃなくて普通の部屋でいいんですけど!? あと、私ここに住むなんて聞いてないんですけど!?」


「安心しろ、セレナ。ここにいれば何も心配することはない」


「いやいや、私はこの状況を心配してるんです!」


すると、執事らしき男性が前に出た。


「私達一同全力で歓迎いたします。セレナお嬢様」


「いや私お嬢様じゃないです!!」





「さあ、ここが君の部屋だ」


フィリアに案内され、セレナは広い扉をくぐった。


そこには、豪華すぎる寝室が広がっていた。大きな天蓋付きのベッド、光沢のある金色の家具、そして窓からは庭園の美しい景色が見える。


「いやいや、何これ!? 完全にプリンセスルームじゃないですか!」


セレナは目の前の光景に呆然と立ち尽くす。


「当然だ。君が安心して休めるよう、最上の環境を整えた」


フィリアは胸を張って自慢げに言った。


「いやいや、これ豪華すぎて逆に落ち着けないんですけど!? 私には6畳半のワンルームで十分なんですけど!?」


フィリアはそんなセレナの叫びをスルーし、部屋の紹介をする。


「ここにある家具はどれも一級品だ。ああ、安心してくれ、もちろんベッドはセレナがいくら飛び跳ねても壊れないぞ」


「いやそんなことしないし、なんで私が飛び跳ねる前提なんですか!?」


「子供はベッドで飛び跳ねるんじゃないのか?」


「子供扱いしないでください!! 私、中身は大人ですから!!」


「ハハハ!! 君は可愛いうえに面白いな!!」


「冗談じゃないです!!」


「まぁいい。今日はゆっくり休むといい。何かあったら、すぐに私を呼ぶんだぞ」


「いや今日で色々ありすぎたんですけど……」


セレナが小さく呟いたが、フィリアは気にせず部屋を出て行った。


扉が閉まり、部屋に静寂が訪れる。


セレナはようやく深い溜め息をつくと、改めて部屋を見渡した。豪華すぎる調度品の数々、そして中央に堂々と鎮座する大きなベッド。


「……これ、本当に私の部屋なの? はぁ、考えても無駄ね、今日は休もう……」


セレナはベッドの横に立つと、そっと手で布団を触れてみた。


「うわ、めっちゃフカフカ……!」


予想以上の触り心地に、思わずそのまま布団に倒れ込む。身体が包み込まれるような柔らかさに、思わず頬が緩んだ。


「なにこれ、天国……?」


一度寝転ぶともう起き上がりたくなくなり、セレナはそのまま仰向けでぼんやりと天井を見つめた。


しかし──フィリアの言葉がふと頭をよぎる。


『いくら飛び跳ねても壊れないぞ』


「いやいや、さすがに飛び跳ねたりしないでしょ……」


セレナはそう呟きながらも、チラリとふかふかなベッドに目をやる。


(でも……試しにちょっとだけ、ちょっとだけなら……)


セレナは起き上がると、そっとベッドの上に立った。


「……誰も見てないし、ちょっとだけなら……!」


小さくジャンプする。


ふわっ……!


予想以上の弾力に驚き、もう一度跳ねてみる。


「これ、すごい……!」


調子に乗ったセレナは何度か連続で飛び跳ねる。柔らかすぎず、しっかり支えてくれる感覚が心地よく、止めどころが分からなくなった。


「フィリアが言ってたの、これかー! アハハ!」


セレナはその場でぴょんぴょん跳ねながら、無邪気に笑ってしまう。


しかし──ふと我に返った。


「……いや、これ私、完全に子供じゃん!!」


飛び跳ねた勢いでそのままベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。


「……何やってんだろ、私……」


こうして、異世界での新生活は、豪華すぎるベッドと共に始まったのだった。

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