第2話 昔話のその先に

 それは、今なお語り継がれる神話のような、本当にあった昔話。


 時は千年前に遡る。

 女神は人を創った。

 その頃は世界に魔力が満ちていた。魔族や魔獣がいて、今は失われた『魔法』を使える人間も存在したという。

 戦乱の時代だった。

 いつからか現れた魔王を筆頭に、魔族は人間の住まう地域に侵攻してくるようになった。

 それまではそれぞれが思うままに行き当たった人間を襲う程度だったから何とか対処できていたが、魔王という司令塔を得て、魔族は軍として機能するようになった。

 圧倒的な力の差。

 人類が滅ぶのはもう時間の問題だった。


 人を創り、見守り、慈しんできた女神は、悲しんだ。けれどどうすることもできなかった。

 魔族は、女神とは別の神が創造したもの。神々の間には、創造物に対する不可侵条約がある。

 神々は、自分の創造したものにしか手出しをしてはいけない。

 それは、絶対だ。それを破れば、その神は消滅する。

 不老不死と言われる神の、それは理といってもいい。

 そこで女神は、人に聖剣を与えた。

 大きな岩に刺さったそれを抜ける者が勇者となり、魔王討伐のためのパーティーを組むようにと。

 聖剣を引き抜いた勇者アトラスは、3人の同志に協力を仰いだ。

 僧侶イオエル、戦士アレス、魔導師ベラ。

 その選ばれたパーティーメンバーにも、女神からそれぞれに聖武具が与えられた。

 女神は自分から手出しはできないため、人間に「自分たちで何とかしなさい」と言ったのだ。


 かくして、勇者一行は魔王軍と闘った。


 戦闘は激しく、魔王を守るべく集まってきた魔族たちを散らしていた戦士と魔導師は何とか生還することができたが、魔王に直接対峙した勇者と僧侶は相討ちとなり、その命を落とした。

 魔王を喪った魔族は烏合の衆となり、少しずつ人間にその数を削がれ、魔王討伐から約500年後、とうとう魔族は滅んだ。

 世界はそれとともに魔力を失い、魔法のない人間の世界となって500年、それは今もなお続いている。


 アルティミシアは本を閉じた。


 本を読み終えたので、手元にあるランプの明かりを少しだけ小さくする。

 小さなことからこつこつと。節約は大事なのだ。

 王都からストラトス領に戻ったアルティミシアは、自邸の図書室にいた。

 今手にしているのは、幼いころからここにあった、子供用の挿絵付きの本。

 本は基本的に高価だ。

 だから家に図書室があるという環境は、とても恵まれていると言える。

 貧乏伯爵家ではあるが、調度や美術品が売り払われることはあっても書籍が売られることはない。


『知識は財産。人生を豊かにしてくれるんだよ』


 アルティミシアはそんな父が大好きだ。

 その影響で、アルティミシアは自分の部屋よりも図書室ここに入り浸っている。

 これは、何度も何度も読んだ本。でも、今まで気付かなかった。

 いや、気付けなかった。

「イオエルも、あの時命を落としていた・・」

 つぶやきは、ランプの向こう、薄闇に吸い込まれていく。


 アルティミシアに勇者アトラスの記憶がよみがえったのは、ほんの一週間前。

 王都につくった自領の特産物販売店の視察に行って、ミハイルと初めて出会った時だった。

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