第一話 『スタンド・バイ・ミー』 その1/究極の白のなかで


 果てのないものは、この世にありはしないはずだけど。もしかすると、この白い森だけは例外なのかもしれない。


 どこもかしこも、枯れた白い木々だらけ。葉っぱのいない、とがった枝の先にはどこか勢いを感じられて、なんだか空に突き刺さりそうで痛々しい。


 はたしてどれだけの木が、ここにあるのか。


 それを数える方法はなさそうだが、とんでもない数が生えていることだけはわかる。視界の果てまで、すべてが白いからだ。遠くにある木なんかは、輪郭がぼやけてしまい、周りの木に溶けあってしまっている。


 ここでは地面に転がっている落ち葉さえも、何の色もなくてまっ白だった。


 降り積もったそれらは雪の色にも似ていない。より色の抜けきった無色かつ、透明である。どこか作り物じみた無機質さがあって、まるでガラス細工の親戚みたいだ。


 雨のせいでしめっているのか、踏みつけられても音さえしなかったけれど。とにかく。ここの落ち葉は、落ち葉であるための資格さえも失っているみたいに思えた。『落ち葉の抜け殻』とでも言えばいいのかもしれない。


 ここは、本当にさみしいところだ。何もかもが空虚な白い色をしている。今日の空が、くすんだ灰色であることが救いに感じられるほどに。


 究極の白は。


 きっと、世界の果ての色なのだと、少女は結論づけた。


「さみしいところだわ」


「ああ。それに、こんな大きな異界は、初めてかもしれない」


「見通せないからね。地上から見るより、この『都』は大きいの」


「物理現象が、適合していないんだろう」


「かもね。時間のながれも、おかしいって、言われていた」


 ……無言の木々のあいだを、すでに四時間も馬での探索をつづけている。懐中時計によればだ。だが、この懐中時計の針も、世界を飛び越える術を使ったあとでは、度々、狂ってしまった。


「過ぎた時間が、そのままじゃないかも」


「じゃあ、人々に残された時間も、どれだけ消えたのか。急ぎたいが……」


「ダメ。この子が、かわいそうだよ。私たちふたりを乗せているのよ」


 この馬はよく走ってくれていたが、無理はさせられない。こちらに残された馬の数は少ないはずだから。疲れて倒れてしまわないように、しっかり休ませながら使おう。つぶすわけにはいかない。


「わかっている」


「なら、いいわ。焦りは禁物。ここは、焦ったヤツから死んでいく場所だから」


「キツイな。僧兵たちだけで、よく耐えた」


「……耐えられては、いない。壊されて、死んでいきながら、もがいていただけ」


「救援が遅くなってすまない。いや、救援どころか……」


「……聖騎士が、敵になった」


「『都』をあなどっていたわけではない」


「ええ。だと思うわ。今回は、敵が強すぎるだけ」


「それでも、戦うぞ。聖騎士が、どういうものかを証明してみせる」


「……焦らないでね」


「犬死にするつもりはない。この場所は、君の方がくわしいんだ。従うよ」


「素直でよろしい」


 今は馬をゆっくりと歩かせよう。


 荒れていた呼吸も落ちつき、ちょっとだけ汗をかいていた馬の背中もかわいている。この白い森の風は、かなり冷たく乾燥していた。馬に乗る少女の吐く息まで白かった。北方の春は遅いとはいえ、もう四月の二十五日だ。それにしては寒い。


 おかしなことだ。


 そろそろ、異常な現象にはなれっこになっているけれど。


「『都』について、レクチャーしてあげる。『寒さ』は―――」


「―――敵の訪れを告げている」


「知っていたんだ。聖教は、まるで、この事態を予期していたみたいね」


「かもしれないし、勤勉なだけかも。征戦のせいで、神学者たちは『理由探し』に夢中だから」


「理由探し?」


「異教徒たちを、征服していい理由だよ。露骨に言えば、殺していい理由」


「それは、乱暴かもね」


「そう言ってくれると、あの戦いで苦しんだ兵士と、聖騎士が救われる。オレたちの被害者たちもだ」


「……変わった英雄さんね。征戦を否定しているって、怒られると思ったんだけど」


「そんなことはない。戦争に、良いものはない。苦しくて、怖いところだ」


「あなたでも、怖かったのね」


「ああ」


「……それでも、また、ここに来た」


「正しいことを、したくて。君もだろ?」


「ええ。助けたいから、がんばれてる。大昔の、古い日記なんてものを、頼りにしてね。ふう。また、寒くなってきた」


 この場所に世界でいちばんくわしいはずの男、修道士レン・イエバス。彼の遺産、『イエバスの手記』によれば、気温の低下は警戒すべき『前ぶれ』らしい。


 邪悪な敵が、すぐ近くにいるかもしれないとのこと。「注意せよ。『悪魔』は命のぬくもりを奪い取るものだ」。少女はながいまつげをもつ青い瞳で、果てなく広がる白い木々のあいだを見回した。


 邪悪な者のあやしい影は見つからなかったものの、静かな白い木々にはついつい不吉な連想をしてしまう。白衣を着た、やせこけた医者だとか。「特殊な生まれの君から、血を採取したい」。あるいは、邪教の儀式で使われる背の高いロウソクだとか。「我に永遠の命をあたえてくれ!」。


 色々と連想の旅はつづいて、あげくの果てには……あの溶けかけの雪を思い出していたのだ。


 三年前の冬のこと。雪ですべって転げた馬車の事故を見たことがある。



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